ついに新曲が完成!!!
竜岩祭に向けて練習開始です♪
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蓮美が栗花落の家にお泊りしてから数日後、栗花落はあれから多少調整を加えた新曲の楽譜とテスト音源をバンドメンバーに共有した。バージョンはもちろんピアノ伴奏のもの。栗花落は、バイオリンを手に取らなかった。
メンバーはすぐに個別パートの練習に入ったが、唯一事情を知る蓮美はどこかやきもきした気分で目の前の楽譜に向かう。
(でも、今は私にできることは何も無いから……とにかく、自分のパートをきっちりこなせるようになっておこう)
既に、打てる手は打ったのだ。これ以上、じたばたするのはバンドの足を引っ張ることにもなりかねない。
それに、今はもうひとつの差し当たった問題のほうをどうにかするのが大事だった。
「どうぞ」
茶の間のテーブルを挟んで、着物姿の涼夏の母親が淹れたてのお茶を勧める。蓮美は、気おくれしたように会釈を返してから、隣に座る涼夏に視線をくべた。
とにかく、もう一度お母さんと話してみませんか。
蓮美が涼夏にそう提案したのは、二日ほど前のことだった。結局、栗花落のマンションに出向くことなく蓮美のアパートに居候し続けている涼夏は、今だフェスへのゲリラ参加の方法に悩んでいた。
もちろん、飛び入りOKのステージなのだから力ずくで立つことはできるだろうが、それではカドが残る。涼夏はそれでもいいという考えだったものの、流石に蓮美はじめ他のメンバーが断固として反対した。
すると折衷案――つまるところ涼夏が母親を怒らせたのが原因なのだから、謝って許して貰えば良いのではないかと。そういう話になったのだ。
「謝るんじゃねぇ、交渉だよ」
自宅に帰るまでの道中も涼夏は頑なにそう言っていたが、同行することになった蓮美はすっかり頭を下げる気満々だった。
問題は、どういう話の流れで謝罪とお願いに持っていくかだ。
慣れていない蓮美が、どう話を切り出すべきか言葉を詰まらせていると、涼夏の母親が座布団から降りるように下がって、畳の上に両手をついた。
「この度は、涼夏がご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした」
「えっ!? あ……いえ、そんなことは」
思いがけない先生謝罪に、蓮美は余計に狼狽えて涼夏と母親とをしきりに見比べる。
「そちらの家にご厄介になっているのですよね? 家の問題をよそ様のしわ寄せにするようなことになってしまい、言葉もありません」
「わ、私は、そこまで迷惑というわけでは」
「ご本人がどう思うかではなくケジメの問題です。どうぞ、お受入れください」
そう頑なに言い切って、涼夏の母親は深く頭を下げた。
「ハッ。結局は、対面の問題だろうが。謝罪しとけば取り繕えるって」
自分のことで蓮美に頭を下げる母親の姿を目の当たりにして、涼夏は視線を逸らしながら吐き捨てるように言う。母親が、頭を上げて涼夏を睨んだ。
「その通り、対面のために頭を下げているんです。客商売っていうのはね、信用が全てよ。間違ったことをしたなら謝罪する。私は、人として当然のことをしているまでだよ」
「じゃあ、謝罪ついでにフェスの参加も認めてくれよ」
「間違えたのは保護者としてのあなたへの監督不行き届きについてです。音楽祭の件は、これとは別の話です」
問題のフェス参加について触れたはいいものの、どちらも強硬姿勢でにらみ合ったまますっかり膠着してしまう。
「涼夏さん! 交渉に来たんですよね? そんな喧嘩腰じゃダメですよ!」
「交渉?」
「お優しい言葉で言えばな」
母親の眉がピクリと動いて、涼夏が食って掛かりそうな様子で机に身を乗り出す。
蓮美は「あ、マズったかな」と顔をしかめ、大きなため息をついた。
もちろん、今でも謝罪しに来た気マンマンの蓮美だったが、涼夏をなだめるためとはいえ「交渉」と口にしてしまった以上は、こういう話の流れになってしまうことを懸念するべきだった。
「こっちの要件はフェスに出ることだ。ただ、別に家の許可なんか無くたって、出ようと思えば方法はいくらでもある」
「申し訳ないけれど、運営さんには声をかけさせていただきました。ウチの娘が伺っても受け入れないでくれと」
「方法はいくらでもあるんだよ。それこそ、世間体を捨てれば何でもな」
そう前置いて、涼夏が挑戦的な笑みを浮かべる。
「悪目立ちしたら困るのはあんたらだろ?」
「ずいぶんと安い脅しを言うようになったわね」
「あたしは世間体を気にしない。あんたは気にする。どっちが有利かって話だよ」
「涼夏さん、それただの脅迫……!」
余計にこじれそうだったので、流石に蓮美がストップをかける。
「ええと、だから、つまり交渉というのはですね……?」
しかしながら、はじめから交渉材料などない彼女にその先のプランなどない。本当ならば謝り倒して温情を願うはずだったのにと、頭の中をぐるぐる思惑ばかりが巡る。
「どうせ平行線なんだ。許すか、ゲリラか、答えはふたつにひとつしかねぇよ」
「あなたはそれでいいでしょう。でも、他のメンバーも賛成しているの?」
母親の視線が蓮美に向く。
蓮美は息を飲んで固まるが、つられるように涼夏の視線も自分に向いたことで、渋々頷かざるを得なくなった。
「涼夏さん……基本的に強引ですけど、やってることはバンドにとって正しいことばかりなんです。だから今回も、涼夏さんがやると言うなら……私は協力したいなと」
蓮美の言葉を、母親はじっと黙って聞いていた。
その視線は、どこか値踏みするようというか、試されているかのようにも感じられる。居心地の悪さに席を立ちたかったが、フェスに参加できないのは蓮美としても困るので、立ち向かうしかないのだと腹をくくった。
「涼夏さんは、音楽に対しては本気だし、嘘をつきません。乱暴に見えるけど誠実なんです。そのおかげで私は、今ここで音楽をしていられています」
「微妙にけなしてないか、お前」
「褒めてるつもりです! とにかく……今回の挑戦的な動画とかも、確かに乱暴だけど、でも集客対決という内容自体はフェスの趣旨に合っていると思います。明確に勝者を決めないだけでフェスってそう言う側面を持っているハズですし」
「つまり、涼夏の一連の行動には正統性があると?」
「それは……」
髪切りだ何だは、蓮美も流石にやりすぎというか、悪乗りが過ぎるなと思うところがある。ただ、ペナルティボックスとイクイノクス――涼夏と向日葵の関係を思えば、単なる売り言葉に買い言葉ともとれる。
それは蓮美がふたりのことを知っているからで、何も知らない一般人からしたら、やりすぎであることは変わらないが。
「話の争点は、涼夏が周りの迷惑をひとつも考えずにいるということです。成功すれば、家や音楽祭の関係者に迷惑をかけて良いと思っている。親として、そんな考えを認めるわけにはいきません」
「イイコちゃんなだけじゃダメな時もあんだよ。音楽の道は、少ない枠を奪い合う道だ。時には、誰かを蹴落として出し抜く必要だってある。綺麗ごとばっかりでやっていけない世界なんだよ」
「それと、他人様に迷惑をかけていいという話は、全く違うことよ。あなたの責任で、あなた自身に迷惑がかかるだけなら何も言わない。好きになさい。けれどウチの旅館や、イベントを盛り上げようと頑張っているスタッフ、商工会、そういった人たちを巻き込むなと言っているのです」
「だからよ――」
「そもそも」
涼夏の言葉を遮り、母親の凛とした声が響く。
「そうやって迷惑をかけて手に入れた少ない枠だというのに、あなたは簡単に手放した。サマーバケーションのことです」
その言葉に、涼夏が初めて息を飲んだ。
喉を詰まらせたような短い嗚咽がこぼれ、奥歯をぐっと噛みしめる。
「あなたはまだ若い。メンバーと折り合いが付かずに前のバンドを辞めたのも、私にとってはしょうもない理由かもしれないけれど、あなたにとっては大事なことだったのかもしれません。それでも、一度始めたことをあんなふうにみんなに迷惑をかける形で終わりにする人間を、どうして信用できますか?」
「それは……」
珍しく、涼夏が言葉を選ぶように押し黙った。
「結局あなたは、見通しが甘いのよ。その場しのぎの道を進んでいるから、人様に迷惑をかける博打のようなことをしなければならなくなる。そのうえ、博打が外れた場合にどうするか、どうなるかを全く考えていない」
返す言葉のない涼夏に、母親は畳みかけるように語る。
「いい加減、大人になりなさい。プロになるとは技術だけでなく、そういうことも言うのではなくて?」
痛いところを突かれたのか、涼夏は眉間に皺を寄せて視線を降ろす。小さく肩が震えるのは、噛みしめる奥歯に力を込めすぎているからだろう。
母親に直接言われなくても、涼夏自身がよく分かっている。
自分がこれまで、どれだけ運が良かったのか。
環境に恵まれていたか。
人に恵まれていたか。
もちろん、プロに通用するだけの――いや、それ以上の技術を身に着ける努力はした。
ベースしか無かったから、それが自信になるように。
「……い、良いんです!」
突然声が上がって、涼夏は顔を上げた。
「涼夏さんは、それで良いんです!」
蓮美が、必死の形相で母親に食って掛かっていた。
「お母さんの言っていることは、きっと全面的に正しいと思います。大人なら、そうあるべきだと私も思う……でも、そんな涼夏さん、嫌です!」
母親は、やや面食らった様子で蓮美を見つめる。
涼夏もぎょっとした顔で、蓮美が何を言い出すのかと視線を送る。
「私は、涼夏さんが、今の涼夏さんだから一緒に音楽をしたいんです! 確かに、関係ない人に迷惑をかけるのは良くないと思う。でも、私たちにならいくらでもかけてくれていい。それがバンドじゃないですか。涼夏さんが足りないところは、メンバーで補えばいい。私だって、それなら苦にならないから。だから……涼夏さんは今のままで良いんです!」
一気にまくし立てて、蓮美は息を切らせながら、温くなったお茶を一気に煽った。それからひとつ深呼吸をして、胸の内に湧き起った言葉を力いっぱいに吐き出す。
「だって……ロックだから!」
言い切って、彼女は荷物を手早くまとめると涼夏の腕を引っ張り上げるようにして立ち上がる。
「帰りましょう。帰って練習しましょう。フェスまで時間無いんですから」
「お、おう」
その勢いにすっかりたじたじの涼夏は、一度だけ母親を一瞥する。すっかり蓮美の勢いにやられた母親は、何か言いたそうに口を開いたまま、肝心の言葉が出ずに固まっていた。
仕方なく、蓮美に引っ張られるまま実家を後にした。
「蓮美さ……お前、あたしと出会ってから日に日にバカになってないか? あたしのせいか?」
「え!? そ、そんなこと無いと思うけど」
言いたいことを言ってスッキリしたのか、涼夏の言葉で素に戻った蓮美は、腕組みするような格好になっていたのを慌てて手放して距離を取る。
そんな彼女を訝し気に見つめていた涼夏だったが、やがて噴き出したように笑みを湛えた。
「ロックだから――いいじゃねぇか。テメーもすっかりロックンローラーだな」
「そりゃ、ロックバンドやってますから」
涼夏が拳を差し出すので、蓮美も自分の拳をコツンと合わせる。
そう言われるのはちょっぴり嬉しかったが、結局何も話が進んでいないことに気づいたのは、スタジオでの練習を終えて家に帰ってお風呂に入って、電気を消していざ眠ろうと布団に入った時のことだった。
(……やっぱり私、馬鹿になってるかも)
今になって、涼夏の言葉が心に響く蓮美である。