「結論だけ言うと交渉は決裂した」
スタジオに集まったバンドメンバーの前で、涼夏がぶっきらぼうに宣言する。
交渉とはもちろん母親とのことで、言葉の足りない彼女の代わりに蓮美が補足する。
「半分は……というか、むしろだいたいほとんど私のせいというか。涼夏さんのお母さんとの話し合いは、延々と平行線でにっちもさっちもいかない感じになっちゃって……」
「話すだけムダだって分かったのが一番の収穫だったな。つーわけで、当日はゲリラで殴り込むことにした」
モヤつく蓮美の隣で、涼夏はいっそ清々しい表情で笑みを浮かべながら手を打つ。
対照的なふたりの様子を見て心配になるのは当然ながら他のメンバーだ。
「その、具体的な策はあるのかな?」
「策っつーか、単純な話だけどな。お前と蓮美と……いや、あたしを除いた他のメンツに動いて貰う」
涼夏にひとりずつ指を指されて、尋ねた千春はクエスチョンマークを浮かべて首をかしげる。
「お前らで架空のジャズバンドを組んでエントリーしてもらう。ボーカルにサックス、キーボード、ドラムの構成で、いかにもぽいからな」
「それで?」
「その枠をあたしがジャックして、実際はペナルティボックスとして演奏する」
「ああ、確かに単純明快な策ですね」
千春は腕組みをして唸った。
不正な方法ではあるが〝ステージを演る〟ことが目的なら確実に成功しそうな案ではある。
「一回ステージに上がっちまえば中止させることもできねーだろ。後は盛り上げてやりゃこっちのもんだ」
「だとしたら、SNSでの宣伝はできないよね……? 私たちが演奏するって、みんなわかるかな?」
SNS担当大臣の蓮美は、ゲリラ策のその点が兎に角気がかりだった。
宣言してから不意打ちすることはまずありえない。つまり、ペナルティボックスは竜岩祭に出場することも、その時間も伏せたまま本番に臨むことになるのだ。
「イクイノクスとの集客勝負なんだよね? 宣伝しないで勝てるとは思えないんだけど……」
「あの炎上バズがあったから、直接的な宣伝をしなくたって興味あるヤツはある程度来てくれるだろ。それよりもフェスは、その時点ではあたしらに興味のねーその他大勢の客を、現地でどれだけ呼び込めるかの方が大事だ」
涼夏は、空中に両手で〝興味のあるヤツ〟の小さい円と、〝その他大勢〟の大きな円を描いて力説する。
「ステージが始まれば、遠巻きに音を聞いて気に入ったヤツは来てくれる。だが、あらかじめ人が集まる導線を作っておくのが肝心だ」
「呼び込みってことね。東京に居た時はよく、道端でライブのチラシを配ってるアイドルや芸人さんを見たわ」
「とはいえ、それもゲリラでやるってんじゃ大っぴらにチラシ配ったりはできない」
「じゃあ、どうする?」
挑戦的に尋ねる栗花落に、涼夏もいくらか半信半疑の様子で頭をかく。
「ステマっきゃねーだろな。結局、博打になるが」
ステルスマーケティング。要は、宣伝っぽくない宣伝ということだ。
無関係の有志を装って商品の高評価レビューをしたり、SNSを拡散するアカウントを雇ったりなんていう悪い側面で有名だが、今回の場合は出演予定の無いバンドのステージに客を促すという、至極難解なミッションを果たさなければならない。
どうしたらよいものかと一同が頭を悩ませていると、緋音が「あ」と小さく声をあげる。
「この間見たアニメで……えと、現代に転生した大昔の軍師が、売れない歌姫を人気にするために得意の策を打つって作品なんですけど」
「何だよそのピンポイントなテーマのアニメ」
「うう……すみません、すみません。ただそのアニメで、意図的に人を配置して、道をふさいだり、別のものへの興味でステージの近くに人を集めたりとかやってたので……そういうの、できないかなって」
緋音が目を輝かせながら語るが、聴いている涼夏はあきれ顔で肩を落とした。
「そういうのはアニメの中だからうまくいくもんだろ」
「そ……そうですよね……すみません」
「でも、信用できる人に協力を求めるのはアリだと思うな」
正論を言われてしょげる緋音の背中を、千春が支えるようにして撫でる。
「火の無いところには何とやらっていうし、サクラくらいは集めても良いと思う。もちろん、ちゃんと楽しませるつもりで」
「サクラなぁ。軽音サークルの奴らは何人か来てくれるかもな。千春も、あの後輩たち呼べるか?」
「吹奏楽部コミュニティは、呼べたらかなりの戦力になるね。話はしてみるよ」
「栗花落は、店の客とか呼べねーのか?」
「それより、お店の女の子に声をかけてお客さんごと連れてきて貰ったほうが、あとあと同伴料が取れてお店的にはありがたいわね」
「抜け目ねーな。だが、ひとりよりふたり動員できるのが良い。採用だ」
案を出してみると意外と方策は見つかるもので、涼夏、千春、栗花落の三人が、それぞれのコミュニティを活かした集客法をやんやと語り合う。
その輪から一歩離れた位置で、寂しく肩を寄せ合う蓮美と緋音である。
「私たち、完全に戦力外だね……」
「そう……ですね」
緋音は言わずもがな、バンドのメンバー以外にまともに話をする友達が居ない。
蓮美の方は大学に友達こそいるが、先の三人ほどまとまった人数に働きかけるだけのコミュニティには属していない。
「蓮美さん、わたしよりはお知り合いが多いでしょうし……学科で声をかけてみるとかは?」
「うーん……ちょっと気が引けるかな」
それこそ、市民ステージを運営する先輩たちに迷惑をかける立場なのだ。
涼夏のように「嫌われたっていいさ」の気持ちを持てるほど、蓮美のメンタルは鋼じゃない。
「それよりも、SNSでそれとなく呼びかける方法が無いかなっては思うんだけど……涼夏さんの炎上のおかげで、せっかくフォロワーは増えたから」
蓮美の手元のスマホでは、ペナルティボックスのSNSアカウントが開かれている。
炎上したプチバズ投稿以外、実に当たり障りのない練習中の写真付き投稿しかされていないタイムラインは、目に見えて「いいね」やコメントを含む反応が減っている。
「このままだと飽きられて忘れられちゃいそうで」
「SNSは、私もよく分からないですね……基本的に見る専門なので」
「私も普段はそうだよ。でも、分からないからって何もしないわけにもいかないかなって」
支えると宣言した手前、涼夏とバンドのためにできることをしたい。
改めてその気持ちと覚悟を持てただけでも、彼女の実家へ出向いたのには価値があったのかもと、蓮美は改めて自分に言い聞かせた。
「蓮美さんもいろいろ考えててすごいです……私だけが、ほんとに無力で」
「だ、大丈夫だよ。緋音さんは、居るだけでもかなりの宣伝になってるから」
それは適当な励ましの言葉ではなく事実だ。
動画やSNSのコメントでも「あの美少女ボーカルは誰だ」とたびたび話題になっているのを目にしている。
涼夏の言う「顔採用」にも一定の意味はあったんだと、彼女の天性の嗅覚みたいなものにメンバー一同改めて関心したものである。
とにかく、まずは目の前の風景を遠巻きにパシャリ。
プライバシーは守りたいので、あまり顔とかがハッキリ写らないような画角で写真を撮ってSNSにアップした。
新曲の披露に向けてメンバーも気合十分です🔥
動画もアップするから楽しみにしててくださいね!
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