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第77話 ブチあげろ

 ペナルティボックスのステージはこのあとすぐ!

 メンバー一同気合十分です🔥

 絶対に負けられないフェス対決

 市民ステージに応援に来てくださいね!!

 #ペナルティボックス #ペナボ #竜岩祭 #音楽 #邦楽

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 舞台裏で出番を待つメンバーの写真をアップして、蓮美はひとつやり遂げた心地で辺りを見渡す。楽屋とは名ばかりのステージ脇に建てられたテントでは、音響係が沢山の機材に囲まれて作業をしている。


「緋音さん、大丈夫?」

「ううん……頭が痛いです」


 しばらく眠っていた緋音は、つい先ほど準備のために起こされる形で意識を取り戻した。さっきまでの前後不覚な状態に比べればマシだが、まだふらふらで、千春がつきっきりで介助をしている。

 蓮美とて病人にあまり無理はさせたくないが、かといってステージを先延ばしにすることもできず、新しく買ってきた水を手渡す。


「歌えそう?」

「はい……二曲分なら、なんとか」

「セットリスト変更になって1曲目は休めるから、無理しないでね」


 蓮美は蓮美で、涼夏と栗花落が考案した新しいセットリストの対応に追われている。そうは言っても変わったのは1曲目だけで、個人的な負担として最初の予定よりも楽になったくらいだ。

 大きな要因となったのは、テントの隅でパイプ椅子に座り、入念に弦の張りをチェックしている栗花落のヴァイオリンなのは言うまでもない。


「栗花落さん、そのヴァイオリン」

「ふふ……あなた、思った以上にお節介さんだったのね。先生が言ってたもの。わざわざ連絡をくれた〝小さな巨人〟によろしくって」

「小さな巨人……?」

「それだけ存在感のあるプレイヤーってことでしょう。誉めの語彙力が少ない先生に、羨ましいわね」


 栗花落がお返しと言わんばかりに意味深に笑むので、蓮美は苦笑しながら視線を反らした。市民ステージでは、前の出番であるおじさんバンドが、身内らしいかぶりつきの客の前でやや下品な歌詞の曲を演奏している。

 フェスの客席はたいてい、かぶりつきに固定ファンが集まり、その一歩後ろに「知ってるから見に来た」くらいのにわかファン。最後方に、通りがかりに立ち寄った流動客となるのが一般的だ。

 目の前のバンドも、かぶりつきの十数人以外は通りがかりのオーディエンスのようだが、それにしても人が多いように思える。少なくとも、昼間の人がまばらな市民ステージの様子とは大違いだ。


「あれ、もしかしなくても私たちを見に来てくれた人たちかな?」


 蓮美が口に出すと、涼夏がやや不満げに頷く。


「だろうな。だがメインステージに対抗するには全然足りねぇ」

「何人くらい集まれば勝てるんだろう」

「さあ、数えたことねーから」

「ええー」

「だが、サマバケの時よりも全然少ない」


 厳密な数を知っているわけじゃないが経験はある。

 数えたわけじゃないが、ステージから見渡したオーディエンスの盛り上がりは覚えている。

 こんなもんじゃない。イクイノクスがサマーバケーションほどの客を集めるかは未知数だが、少なくとも今目の前に待機しているオーディエンスの数じゃ勝てない。


「あれ、なんか増えてきたような……?」


 蓮美の驚いたような声に、涼夏も改めて客席を見渡した。


「言われてみりゃ、確かに」


 他のステージが終わって移動してきたのか、やおらぞろぞろと人の波が市民ステージ周辺に集まって来ている。場末の小さなステージのキャパはとっくに越してしまいそうな勢いで、演奏が始まる前からぎゅうぎゅうとすし詰めになってしまいそうな状態だ。


「わっ、どっからこんなに」


 目を丸くする蓮美につられて、他のメンバーも立ち上がって何事かと周囲の様子を眺める。タイミングを同じくして、千春の後輩のひとりがテントへと駆け込んできた。


「すごい人です! 先輩、例の作戦もう始めちゃっていいですか!?」

「あ、うん。お願い! これ、私のスマホ。ログイン状態にしてるから」

「分かりました!」


 後輩は、千春のスマホを受け取るとあわただしくステージの方へと駆けて行った。


「千春ちゃん、何するの?」

「ステージが小さいぶん、物理的じゃない手段で拡張しようと思ってね」

「うん……?」


 千春の答えではイマイチ理解できなかった蓮美だったが、仔細を確認している場合ではない。いよいよ出番がやって来たのだ。


「うし。じゃあ行くか」


 涼夏の言葉に、メンバーそれぞれが確かな意思で頷く。

 ここまで来たら、何を憂いても仕方がない。

 あとはもう、ステージの上ですべてを出し尽くすだけである。




 日の落ちたステージは、ライト無しでは演者がシルエットしか見えない程度の闇に包まれている。その中でパッと中央だけを照らすスポットライトの輝きに、栗花落がひとり躍り出た。

 ロックフェスのステージにいきなりバイオリン片手に現れた彼女に、客席の奇特な視線が集まる。栗花落はそんな視線をものともせずに弓を番えて弦へと走らせた。音がひとつ辺りを満たすころには、客席はすっかりと彼女の演奏に心を奪われていた。


 変更したセットリストの一曲目がこれだ。

 栗花落のバイオリンソロによる『FIREWORK』のセルフカバー。

 観客に他のバンドとの違いを主張しつつ、どうか一度「ペナルティボックスで演奏する自分」を確認させて欲しいという、彼女のたっての願いによるものだ。


 伸びやかで情熱的な彼女のバイオリンの音色に、リズムを取るようにささやかなドラムだけが重なる。もとは向日葵が書いた涼夏のためのロックナンバーだったが、栗花落が奏でるそれは完全にクラシックアレンジで、花火に重なる恋心よりも、消えていく輝きの儚さが強調されているように感じられた。

 躍動感たっぷりに駆け抜けるように一曲を弾き終えると、客席からは歓声ではなく万雷の拍手が鳴り響く。栗花落は満足げにお辞儀をすると、ステージ全体のライトがつくのと同時に本来の自分の持ち場へと戻っていった。


「ペナルティボックスだ」


 栗花落と入れ替わりに、マイクを取った涼夏が短く自己紹介をする。客席の「おっ」と小さな歓声が上がるが、言わずもがな、今日のイベントの「渦中の人」の登場によるものである。


「あー、まあ、今ここに居る奴らのどのぐらいが知ってるか分からないが、今日、あたしらはある勝負のためにここに立っている」


 そう言って、涼夏ははるかロッジの向こう。闇夜に煌々と輝くメインステージを指さす。


「向こうでステージを行ってるイクイノクスと対バンのフェス対決だ。あっちはメジャーデビューしたてのホットなバンド。ウチは、いくらかSNSでバズっただけの無名バンド。てめーら、何を思ってウチの方に来た? 逆張り好きの天邪鬼か?」

「あはは……」


 メンバーの自虐的な笑みがこぼれるが、事実だから仕方がない。だからこそステージを取り囲む勢いで集まってくれたオーディエンスには感謝しかない。栗花落の演奏を聴いて、何事かと途中から集まって来た人たちも同様だ。


[一つだけ言えるのは、テメーらは見る目があるってこった。今日、あたしらは、竜岩祭に爪痕を残そうと思って来たんじゃねぇ。爪痕じゃ足りねぇ」


 涼夏は、ひと呼吸おくようにベースを短く掻き鳴らす。


「――ロックケンカしに来たんだ」


 ようやく涼夏節の乗り方を見極めて来たのか、客席がわっとアガる。ハコの空気がノッて来たのを感じて、涼夏はパチンと指を鳴らした。次の曲の合図だった。


「さて、テメーらもだらだら話を聞いてるよりさっさと音楽浴びたいだろ? そのためにここに来たんだろ?」


 煽るように客をノせて、涼夏はステージ上で不敵に笑む。手癖のようにベース弦をつまむ指先は、彼女自身もボルテージが上がっている証拠だ。


「それじゃあ改めて、さっきは栗花落のインストだけだったからな。季節外れの花火をぶち上げるぜ――『FIREWORK』ッ!」

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