「……あ、シュンタローです。よろしくお願いします」
海月につられるように、隣のモヒカン青年が最敬礼の角度でお辞儀をする。
「シュン君はね~、海月の運命の人なんだよね~」
「…………そういう設定だったっけ?」
「設定じゃなくってそうなの!」
イチャつきにしか見えないやり取りを見せつけられた面々は、ただ茫然として見守るばかりである。ようやく気を取り直した蓮美が、思い切って声をかける。
「あの、それで、何かご用ですか?」
「え? 用事? あれ、なんだっけ?」
「いや……僕は知らないよ」
(……一人称、僕なんだ)
「あ、とりあえず竜岩祭! 見たよ! すごかった!」
勢い任せというか、華奢な身体からは想像もつかないようなバイタリティで声を張る海月は、鼻息も荒くして興奮気味に語る。
「りょーちゃんも、ひまちゃんも、ちゃんとバンドやってたんだなーって嬉しくなっちゃった! 私は、あのあとすっかり離れちゃったから。受験もあったし」
「海月……さんも、大学生なんですか?」
「うん。都内の看護大だよ。ゆっても、まだ入ったばっかの一年生だけど」
「え、同い年!?」
サマバケの最後のひとりのメンバーを、すっかり涼夏たちと同じ一個上だと思っていた蓮美は、面食らった様子で後ずさる。
「え、でも都内の大学生って、学校は? 今日、金曜日」
「あー、ウチの親がものすごい過保護でね。週末は家に帰ってこーいって、定期券準備されちゃって」
「定期って……まさか新幹線の?」
「そう、新幹線。お金の無駄だよねー。マンションの家賃とかもあるのに。毎週末片道二時間半とか面倒だし」
「そ、そうなんだ……」
「でも、おかげで毎週シュン君に会えるからいいよね~」
「…………それ、親御さん的には良いのかな?」
いろんな意味でスケールが違いすぎて、蓮美はすっかり気後れしてしまい、口数も減っていった。
「で、結局何しに来たんだよ」
そんな彼女たちに物申せると言えば、涼夏を置いて他にはなく。彼女のめんどくさそうな視線を向けられた海月は、やたら目を輝かせて満面の笑みを浮かべた。
「そうそう、その感じ! 懐かしいなあ。ここにひまちゃんの怒号が飛べば完璧なのに」
「喧嘩売りに来てるなら買ってる暇ないから帰れよ」
「ええー。もうちょっと旧友と語り合おうよう」
猫なで声でひじをつつく海月に、涼夏はうんざりした顔で距離を置く。
海月はむくれ顔で唇を尖らせた。
「もお~。そこまで言うなら用事思い出したけど、またあとでいいや。確かに練習の邪魔はしたくないし」
すでに邪魔なのだが、という言葉を誰もが飲み込む。
これ以上、何か言葉を返せば長くなるに違いないと、直感で理解したのだ。
「今は、りょーちゃんの新しいメンバーの顔を見れただけでよかったよ。応援してるから。りょーちゃんは、またあとで連絡するから」
「面倒ごとならしなくていいわ」
「面倒ごとじゃないよ! いい話! のはず! たぶん! じゃあ帰ろっか、シュン君」
そう言って、海月は笑顔で手を振りながら、モヒカン青年を連れてスタジオを後にした。
すっかり台風一過の装いの室内で、涼夏の大きなため息ばかりが響いた。
「昔のツレが悪いな」
「ああ、いや……でも涼夏さんと向日葵さんの間に挟まれるには、あれくらい強くないとダメなんだなって納得もしたかな」
「たしかに」
千春の言葉に、涼夏以外の全員が同意する。
涼夏だけは意味がよくわかってない様子で首を傾げたあと、すぐにどうでも良さそうな顔で楽器に向き直った。
「すっかり出鼻くじかれちまったけど、クリパまでも時間あるわけじゃねーんだ。さっさとやるぞ……って、緋音はまた凹んでんのか!」
「ひぃ! すみません!」
涼夏に怒鳴られて、部屋の隅で小さくなっていた緋音が飛び上がって起立した。
どうやら、海月の「竜岩祭」の言葉でまたトラウマが刺激されてしまったようだった。
「お前よぉ、そんなんで今後のライブどうすんだよ」
「すみません……! が、頑張るので……!」
「そもそも、クリパだってお前の提案でセット組んだんだぞ。本人がそんなんでどうするんだよ」
「そうですよね……! すみません、すみません……」
「栗花落さんの今回の曲、面白いよね。ゴスペルっぽいっていうか。ちゃんと聖歌っぽいパートがあって」
「ふふ、ありがとう。テーマが『聖歌ロック』だったから、それっぽくしてみたの」
今回、珍しく緋音から曲の提案があった。
そのものずばり、クリスマスコンサートだから聖歌っぽい曲にしたい、とのこと。
話を聞いてすぐに、栗花落以外のメンバーは、緋音が過去に聖歌隊に属していたものの風邪をひいて舞台に立てなかったことを思い出す。
それで過去を取り戻せるならと、とんとん拍子で話は進んで栗花落の新曲『成果ロック』と、ほかクリスマスっぽいカバー曲を数曲組み合わせた当日のセットリストが完成した。
市民コンサートならオリジナル曲よりも誰もが聞いたことがある曲のカバーのほうが良いだろうというのは、話を持ち掛けてくれたタツミから直々に提案されたことだった。
「おら、念願の讃美歌だぞ。気合い入れて歌え!」
「ひぃぃぃぃ!」
涼夏に首根っこを掴まれて、緋音はスタジオのど真ん中へと連れ出される。
ちょっとかわいそうだったが、練習が進んでいないのも事実なので、ほかのメンバーたとは「がんばれー」と心の中で小さくエールを送って見守った。
ただひとり、やはり蓮美だけは浮かない顔のまま、じっとサクソフォンのリードを見つめる。
(こんなこと、してる暇あるのかなぁ……)
それでも吹けと言われたら吹く。
自分がペナルティボックスのリードパートなのだという矜持を忘れたつもりもなかった。