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66.継承

『また思い出しているね。勇者のことじゃない、これは、オヤジ殿とかーちゃん殿の』

『うっせーさわんじゃねーよ!!』

 わめき返す以上にできることはなく、義人はごまかしたい余りに初代へと踏み込んだ。

 されど膝ががくついて、踏ん張れなくて。

 故にこそ倒れ込むような、まさに無様としか言い様のない姿勢から繰り出したジョルトブロウはされど、盾へと変じた光に真っ向から受け止められ、手首の先にぐぢり。異様な音と激烈な痛苦が爆ぜる。

『ぐがああぁぁああぁぁっ!!』

 全体重をかけた一打であればこそ、ダメージは容赦なく彼の実体なき肉体を打ちのめした。

 抑え込もうとすれど体が勝手に跳ねる。

 制御ができず、思わず前へのめった義人はがくり、膝を折って情けなく四つん這いを演じさせられたのだ。


 それをすがめた目で見下ろした初代は、光の形を二丁拳銃さながらに変じさせる。

『使命を果たさずに死ぬというならしかたない。君の魂の残り滓は私を保たせる燃料として使わせてもらうよ。今度こそ私の遺志を継いでくれる三代めが現れるまでのね』

 かくて必死で姿勢を立て直そうとする義人へ、弾と化した光を撃ち込み撃ち込み撃ち込んだ。


『がああぁぁあぁあっ!!』

 一方の義人は弾に抉られながらも身を転がし、跳ね起きて。上体を左右へ振るウィービング己を逃がそうとあがいたが、結局のところなにもできはしない。

『ぎっがっがっ!』

 必死で丸め、固めた彼という存在に無数の風穴が穿たれる。そこから目に見えぬなにかが――魂がこぼれ出て、歯を無理矢理に引き抜かれるような苦辛が彼を苛み、霞ませていく。


 自在に形を変え、数多の敵を討ち破り来た王者の力。

 こうして相対してみれば瞭然だ。

 己に、初代の絶大なる力へ抗する術などあろうはずがないことは。


 俺ぁ今度こそ死ぬ。

 ちげーな。ケムリみてーに消える。

 義理も人情も大事な約束も、なんもかんもなくなっちまう。


 なんもなくなる?

 マジで言ってんのかよ?

 約束したんだよ。約束したことぜってーやりきるって。

 俺ぁ誰だ?

 クソみてーなキラキラネームの小僧かよ?

 ちげーよ、そんなんじゃねーんだよ。

 俺ぁよ。

 俺ぁ。


 義人は歯を食いしばり、アップライトに構えを取り直した。

 キックボクシングとボクシングに共通する基本の構え。

 オヤジとかーちゃんが頭の悪い己へ考えるを要さなくなるまで擦り込んでくれた、闘うがための姿勢。

 おかげで思い出せた。

 あの日オヤジと交わし、かーちゃんに背を押されて踏み出した、あのときの覚悟を。


『俺ぁ、クソダセーことしねーんだよ』

 痛みが意気に塗り潰される。

 視界が晴れ、しかと見えた。初代が撃ち出した光弾の軌道と、これから撃ち込もうとしている軌道すらも。

『俺ぁ、どなた様もほっとかねーんだよ』

 上体を横へ振り込み、すべての弾道から己をもぎ離した義人は行く。どこへ? 前へ前へ前へ。

 歩を刻むごとに苦しみが身勝手へと塗り替えられる。

 ああそうだ。「ねー」のはすべて、己の都合だから。地獄の責め苦を受けた程度で投げ出すような、そんな「クソダセーこと」はしない。

 なぜそこまでして己を貫くのか?

 わかりきった話だ。


『義理と人情ぉっ! 義人ですっ!!』


 もっと強く意気を燃え立たせろ。

 もっと強く身勝手に踏み出せ、

 己というものすべてを込めて、掛けて、握り込んで、叩きつけろ。


『義理と人情、最後までそれか。君は本当に馬鹿な小僧だよ』

 迫る義人へやわらかな表情を向けた初代は光を右腕にまとわせ、渦巻かせた。


 あれはすべてを無へ帰す力だ。

 触れるばかりで義人は砕け散り、霧散するだろう。

 だが恐れはしない。

 その失われた拳へ覚悟が沸き立ち、決意の重さが据わった。


 馬鹿? 上等だぜ。

 小僧? 上等だってーの。

 俺ぁ変わんねー! 馬鹿な小僧、押し通して忍んでやっからよ!


『押忍!!』


 踏み出した義人へ襲い来る初代の拳はまさに、光の竜巻と表すよりない代物だ。

 その力の波動に当てられるばかりで肌が焦げ、身が崩れゆく。

 損なわれながら、散らされながら、消されながら、己のすべてをかけて忍び、変われぬ己を押し通して、右の“拳”を直ぐに直ぐに直ぐに――




『押して忍ぶで、押忍。実に美しい意気じゃあないか』

 初代がほろりと微笑んだ。

 己が拳に被せられたクロスカウンター――眼前で静止した義人の拳ならぬ右拳を見やりながら。


『どうして殴らなかったんだい? 私としては相当努力をして悪人を演じた、つまりは嘘をついたつもりだったんだけれどもね』

 明かされた義人は仏頂面で右腕を引き、返した。

『手がねーのに殴っちまったらダメだろ』

 言い終えてからはたと気づいた顔になって、

『って、ウソだったんかよ!? やばい。マジわかんなかった』

 初代は酸っぱいものを口へ詰め込んでしまったかのような、なんとも言えない顔をする。

『うん、そうじゃないかなと薄々思っていたから、それはもう丁寧に説明してみたんだけれどもね。竜魔の苦労が少しだけわかった気がするよ』

『じゃーなんでウソついたんだよ? ズルする気だったんじゃねーのかよ? ズルしねーヤツぁウソつかねーだろ。マジでズルしてーからウソついたんじゃねーのかよ?』

『君の過去は非公開事項が妙に多いからね。せめて心根だけは知っておきたかったのさ。と、君の疑いが同じところを巡り始めていることにそろそろ気がついてくれないか』

『なんかよ、ウソついてたってウソついてんじゃねーのかよ? そういやアンタ、いきなり出てきたわけわかんねーヤツだし。やっぱズルしてーからウソついて』

『うん、なにもかも私の浅慮が招いたことだと承知はしているんだけれども、お願いするからもう黙れ単純馬鹿小僧』

 ここからもう少しごたごたするのだが割愛して。


『とにかくよ、手があってもアンタは殴んねーよ。義理が立たねーからさ』

『頑迷な上に義理堅いんだなぁ』

 初代は右腕に滾る光を掻き消し、ゆるく握った両手を義人へと示す。

『君が君の義と情とを押し通すにはこれが要る。そうだろう?』

 気づけば初代の両手は消え失せ、義人のそれが復活していて。安堵すると同時、どうしても堪えきれずに言ってしまった。

『でも俺、アンタの力、便利遣いしたくねーんだよ。ガチでやりてーんだ。俺のまんまでさ』

 すると初代の魂、あるいは思念の残り滓は神妙な顔で言い返してきたものだ。


『君のガチは君だけのものか?』


 まともな人間ではない己をなんとか人間の域に押し込んでくれた敬愛する先輩、花子と同じことを問われ、虚を突かれた。

 いや、わかっている。

 いやいや、わからなければならないのだ。

 己がこの殴るより能のない己を貫くためには、他者の力を借りなければならぬことを。

 事実、異世界へ来てからも花子、セルファン、聖女王、そしてカラスナの世話になりっぱなしで。

 だが、それでも。


 俺ぁわかりたくねーんだ。

 わかっちまったら俺ぁ俺じゃなくなっちまう。

 オヤジとかーちゃんに約束した俺に、なれなくなっちまう。


 己が頑迷さに心乱す義人へ、初代は苦笑する。

 眼前の単純バカがそんな己であり続けるがため、おそろしいまでに耐え忍んで己を押し通してきたこと、いくらかなりとはいえ追体験してきたのだから。

『騙すまではいかなくとも、君を説得するのは本当に難しいね。結局その美しい志に阻まれて、染み入る前に打ち砕かれてしまう』

 だがしかし。

『そんな君だからこそ、私はこの両手と使命を託したいとマジのガチで思うんだ』


 眼前の単純バカは真っ向から初代の言の葉を受け止める。

 一字一句、けっして聞き漏らさぬように。ただ聞くばかりでなく、魂へ刻み込むように。

 傾聴などという域を遥かに超えた意気をもって直向きに、初代の心と向き合って。


 ああ、本当に純粋で美しいな、君は。

 竜魔だけでなく、勇者の心持ちもわかるよ。

 君はいつだってマジで、ガチなんだ。

 それを眼前で見せつけられてしまえば……同じ男として魅入られるよりない。

 だけれどもね、だからこそだよ。

 純粋だからこそ君は強く、脆い。強さは身を、脆さは心を、それぞれに苛むだろう。

 私の願いがそんな君へさらなる責め苦を強いることはわかっているんだ。

 それでも。

 君が美しい君であるからこそ、私は私を背負わせ、抱え込ませてやる。

 もう君を騙しはしない。疑うことも、惑わすことも、試すこともだ。

 私は決めてしまったからね。

 私が捜し求めてきたただひとりは他の誰でもない、君だ。


 しかして初代は義人の耳元へ、己が使命をささやきかけた。

『――それって』

 思わず眉根を跳ね上げた義人へ、初代は自嘲を込めてうなずいて、

『ああ、私はそれを果たせなかった。手の内に私という意識が遺されたのは、つまるところ無念のせいさ』

 おそろしいまでの悔恨をかろやかな言の葉で和らげながら語る。

『そうして私は探してきたんだよ。私の身勝手な無念をマジのガチで丸ごと担いでくれる大馬鹿野郎を』

 実際のところ、彼がどれほどの苦辛を抱え込み、独りで数百年を過ごしてきたものかなど知れようはずがない。

 共感できるとは言わないし、言えないけれど、それでも。

『無念はやだよな。俺も、無念とか、あるからさ』

 あのときとあのとき、ふたつの無念を初代と重ね合わせ、噛み締めた。


 俺ぁほっとかねーとか言っといて、てめー騙してほったらかしちまった。

 後悔しかねーよ。毎晩夢で見ちまって、のたうち回っちまう後悔後悔後悔!

 ……今度こそまちがわねー。

 もうぜってー自分のこと騙さねー。マジでほっとかねー。

 だからってどうすりゃいーのかよくわかってねーけど、もうぜってー後悔しねー。

 そんだけガチで約束すっから。

 ガチのガチで。


『アンタの使命、俺がガチで継いだぜ』

 決意を込めたサムズアップを両手で演じる義人へ、初代はこの上なく爽やかで暑苦しい笑顔を向けた。

『こんなことを言えた義理はないんだけどもね。でも君の世界じゃ袖すり合うも他生の縁って言うらしいじゃないか。まあ、私には手がないから、すり合わせられる袖もないわけだけども……ガチで、頼む』

 返すべき言葉に義人が迷うことはない。

『押忍』


 託されたものはただの言葉などではない。

 ひとりの男が死してなお抱え込んできた一途な思いだ。

 両手をくれた初代の義にもとらぬがため、情をもって果たす。義理と人情、義人の名へかけて絶対に。


 と、ここで初代が思い出したように告げてくる。

『これから君がどのような生き様を描き出してくれるものか、特等席で見守らせてもらおう』

『押忍』

『と、始めは言うつもりだったんだけれどもね』

『押忍押忍?』

 手のない両腕を胸の前で組み、したり顔をうなずかせつつ、初代は言ったものだ。

『なにせ君という男は自身の馬鹿さに祟られてあっけなく死にかねないからね。放っておけない、いや、私はもう放っておかないよ』

『おいー? それってアンタの都合だろ? でもよ、俺にも都合あんだって!』

 あわてて言い返したが、初代はかぶりを振り振り拒絶した。

『私は私を押し通すだけのことだ。それが押忍の心なんだろう? そして是が非でも連れて行ってもらうよ、君が目ざす約束の地へまで』

 なかなかにいいことを言ったはずが、それだけでは済まさない。初代は出現当初の暑苦しさを最大に発揮して義人を抱きすくめ、ウザ絡む。


『あーぎゃーぐぇー! ちけーよウゼーよキめーよ成仏しろよーっ!!』

『はっはっは。私が成仏したら手も消えてしまうかもしれないぞ?』

『うえ? あー、じゃー、なんかこう、うまいことうっすくなれよー!』

『私という存在が薄くなると手も取れてしまいかねないけれども、いいのかな? これを機会になかよくしようじゃないか』


 そんな中、初代の輪郭が霞み、ほろほろと闇へ溶け消えていく。

『おっと、もう時が来たらしい。では、元気に生き返った後には私と私の使命をよろしく』

『って、俺どーやって生き返ればいいんだよ!?』


 それは上の女性陣がうまくやってくれるさ。


 再び、暗転。


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