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帰りたい(315回目)  メイナード・グランダと監獄の最期(第4部1章完)

 アタシは急いで足元にいるおっさんにつかみかかった。


「おいメイナードのおっさん、お前あの入り口の虫退かせ! お前の命令なら出来んだろ!」


 今さっき「名前覚えとくぜ」とか言っておいてこれは、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「その言葉に、私が従う必要はなかろう……」

「ここで仲良く下敷きになって死ぬこたねぇだろ! アタシが担いで洞窟出てやっから、道を開けろ!」


 どうせ捕虜になるにしても、今ここでおっさんを見捨てていくのは寝覚めが悪い。

 脱出するついでに助けたって、バチは当たらねぇハズだ。


「甘い、な。流石にそれでは、合格点は、やれん……」

「そんなこの期に及んで合否なんて────」

「クレアちゃん危ない!」


 急にセルマに抱えられて、そのままアタシたちは地面を転がった。

 見ると、飛んできた“爆岩虫”がおっさんの胸半分を潰している。


「な、何してんだよ!!!」

「勘違いする──な……私がいる限り、充全に、たたかぇ……な、い」


 動く方の手を、おっさんは天井に向ける。

 滴る血が指先から流れて、頬からつたった。


 虚ろな目でぽつぽつと、おっさんは言う。


「ラディウスさん、私は合格でしたか……」

「おま────」



 小さい爆発が起きた。威力はとても小さくて、アタシたちのいる場所には幸いにも、風と音が通り抜けるくらいだった。

 けれど土煙が晴れると、“爆岩虫”に挟まれたメイナードのおっさんの身体が燃え上がっていた。


 顔に暖かいものが触れて、拭うとそれは血飛沫だった。おっさんの血だ。


「っ────!」


 入口の“爆岩虫”がゴロゴロと転がって、人が通れるくらいの空間が出来た。

 人間と契約した魔物は、契約者が死ぬと、同じ様に命を落とす。


 じゃあおっさんは、死んだ、のか。



「っ! そうだ感傷に浸ってる場合じゃねぇ! 逃げるぞセルマ!」

「う、ん────」

「セルマ!!」


 返事もろくにしない間に、セルマが倒れた。


「あれ、おかしいな……ごめん、身体動かないや……」

「なっ……」


 セルマはこの基地へ来て、ずっと防音魔法や気配遮断魔法を使い続けていた。

 それに加えて捕虜たちの回復、さっきの戦闘、慣れないワープ魔法の使用────


 むしろここまで戦えていたのが不思議なくらいだ。


「クレアちゃん、後で行くから、先に逃げて……!」

「うっせ」



 セルマを担いで、横穴へ歩く。アタシだって体力の限界だ、そんなに早くは移動できない。

 けどこんなとこで死ねないだろ。力を振り絞って岩を登る。


 おっさんが岩を動かしたおかげで、頑張れば横穴から出れる隙間はありそうだ。


「畜生! さっさとこんなとこ出て、ふて寝してやる────うわっ!?」


 洞窟全体が動き、床が傾いて横穴が上に競り上がっていく。

 周りの岩やレンガも崩れ始めて、アタシはバランスを保てずに滑り落ちた。


「くそっ、ボード!」


 けどそれも、ぷすりと間抜けな音を立てて、魔力欠。身体が浮いて、基地の中へと落ちていく。

 心臓を捕まれたようなきゅうっとなる感覚が、全身に広がって、思うように動けない。


 死ぬ────!




   ※   ※   ※   ※   ※



「ん?」


 死んでなかった。気がつくと、アタシは空を飛んでいた。

 いや、飛んでいると言うより、浮いている?


 隣を見ると、セルマも同じように横でぐったりとしていた。



「君たちは、本当に無茶するよね。全く誰に似たんだか」

「リアレさん!!」


 “精霊天衣”で人獣一体となったリアレさんが、アタシたちを両脇に抱えて跳んでいた。

 森よりも高くジャンプしながら、アタシらを運んでくれているんだ。


 周りを見るといつの間にか基地も脱出して、外へ出てこれたようだ。


「ホントはアルフレッドさんと別れてから、すぐに君たちに追い付くつもりだったんだけどね。敵が邪魔してきて、少し手間取ってしまった」

「いや、助けに来てくれてありがとうございます。正直死ぬかと思った────そうだ、セルマは無事なのか!?」

「気絶してるだけだよ、魔力切れ。今回は大分頑張ってくれたみたいだから仕方ない」


 可哀想に、憧れのリアレさんに抱かれてるんだ、起きてたら大興奮だったろうに。


 それにしても今回は任務前に集中できてないんじゃないかと疑ってしまって申し訳なかった。

 セルマは本当ならめっちゃ強い、むしろ基地攻略ではアタシよりも役に立ってた。


「そうだおっさんは!? アタシらが戦ってたメイナードっておっさんもいたんだ!」

「────助ける余裕はなかった。それにあの様子じゃ、もう手遅れだった。分かってるだろう?」

「そうっスか……」


 あの崩れた岩の下に、おっさんは眠るのか。

 アタシたちにも余裕がなかったとは言え、出来れば死体だけは拾ってやりたかった。


 これが仕事で、こうなることは分かってたとは言え、何だかやるせねぇ────


「そうだ! あのおっさん最期に『ラディウス様』って名前を言ってたぜ」

「その男とは、現在アルフレッドさんが戦闘中だ。少し地面に降りるよ」


 リアレさんは地面に着地し、周りを見渡す。


「少々不味いな。事は一刻を争う、キャンプに今すぐ戻って、早めに逃げた方が良さそうだ。あれを見てみなよ」

「なぁっ!? 嘘、だろ…………」


 振り返ると、潜入するときアタシたちが入った崖が大きく抉れていた。

 そこで顔をもたげる、一匹の大きな岩の塊────


「“マウンテン・キャタピラー”を改造して、基地にしていたのか。今さら動き出したのは、証拠隠滅を図るためか。

 なんとか捕獲したいんだけど、少し難しそうだ」

「ありゃ無理だろ……」


 アタシたちが潜っていた基地の正体は、巨大な岩で出来た芋虫だった。

 首をもだげるだけで地面を崩し、木々をなぎ倒ししながら、さっきまでアタシたちが居た辺りを破壊している。


 けれど、目に飛び込んできたのはそのさらに向こう。

 岩の巨大芋虫を飲み込もうとする、山ひとつ分もあるだろうかと言う巨大な黒い液体─────



「なんだよあれ!? 化け物、なのか!?」

「それに関しては僕も、今基地を出てきたばかりだから分からない。情報は受けていたけどね。ただ少なくとも、禍々しいものであることは確かだ」

「あぁ、何となく分かる……」


 黒い液体が、芋虫に覆い被さり、少しずつ身体を侵食していく。

 痛いのか生物的な本能なのか、さらに芋虫はのたうち回って、その衝撃で地面が揺れる。


「何てパワーだよ……」

「それだけじゃない、事態はもっと芳しくないよ」


 リアレさんにつられて見上げると、空の一点を中心に黒雲が渦巻き始めていた。ものすごい早さで周りが暗くなる。

 そして送電感知を使うまでもなく、ビリビリと肌を焼くような魔力の流れが、その雲の中心へと向かっている。


「なんだよあれ────」

「あの雲の中心にいるのが、【翠玉の魔人】ラディウス・ラドルライザーだ」


 何となく、今日世界が終わるんじゃないかと思ってしまった。




       ~ 第4部第1章完 ~








NEXT──第4部第2章:迷宮森林のデンジャラスソーサリーⅡ



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