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閑話(8):ヒルベルトの危機一髪!

一髪目:無一文のヒルベルト

 オレ、ヒルベルト・セッツロは後悔していた。

 時間だけはたくさんあるから、どっかで間違ったハズだと思って色々考えてみたら、オレの失敗は多分、オードロークの街を出た時だ。



「し、死ぬ……」


 ヴェイス村という小さな村に着いた時には、オレはもう歩けない程疲弊していた。

 ダメだ、もう動けない。地面に突っ伏して意識が遠退くのをただ待つ。


 多分縁もゆかりもないこの村が、オレの最後の地だ。

 せめて誰か、手厚く供養してくれねぇかな────



「おわっ! ビックリした! どうしたの君!!?」

「ん……」


 声をかけられた。見るとオレより少し年上の男性が、こちらを覗き込んでいる。


「死ぬ、助けて……あと水をくれ……」

「み、水だな! ちょっと待ってろ!」


 騒ぎを聞き付けて、村の人も集まってきた。けれどその辺で、景色がぐるぐると回り始めて、もうこれでオレは人生終わりだと悟った。


 そして遠退く意識の中で、オレはここまでの道のりを、走馬灯のように思い出すのだった。




   ※   ※   ※   ※   ※



 テイラーの記憶を読み取ったオレは、オレはルーキバトル・オブ・エクレア2回戦のレースが終わった日、街を出た。

 記憶を読み取った限り、エリアル・テイラーは大きな戦いに出ようとしている。協力者もいるみたいだけれど、それでは万が一がないとも言いきれない。


 だからオレは、戦力として最も信頼できる人物────オレの所属する隊の隊長でもある、王国最強の兵士アルフレッド・クレイグに協力を要請することにしたのだ。


 アルフレッド隊長は国の一番北西、オードロークの街を拠点に国境を守っているので、国のほぼ南端に位置するエクレアから彼に会いに行くには、国を横断しなければいけなかった。それも出来る限り最速で。



 オレはまず国内最王手の輸送会社の娘、双子のクララとアリアに声をかけた。


「な、何するんですか先輩!」「そんなの無茶ですよ!」

「いいから協力しろ!」


 2人を半分脅すようにして、オレは超速達便を手配。運ばせた物は────オレ自身だ。


 それでも国の北までは一本で行くことが出来ないから、それぞれの拠点を経由し経由し。

 オレがオードロークの街に着いたのは大会から7日後のことだった。



「すみません、と言うことで、何とかアルフレッド隊長に会わせてくださいませんか!? エクレアの街が今ヤバいんです!」

「そうは言われてもなぁ、アポイントがない人間は街に入れるのも出来ない。君がアルフレッドさんに危害を加える可能性もあるわけで……」

「こ、このっ!」


 いや、街の門番はその仕事をしているだけだ。

 彼に怒ることは間違っていると、自分に言い聞かせる。


「そう言うことだから、ここには近づかんでくれよ」


 そう言って、彼はオレの方を軽く押した。

 けれどそんな時間がないことは明確だ、ここで引き下がるわけにはいかない。


 オレはメガネを取って、もう一度門番に向き直った。


「今、街に彼はいるんですか?」

「それも教えられないなぁ」


 いないのか。オレの能力は、目を合わせることで他人の心を読むことが出来る。

 言葉にはしなくとも、彼の眼が言っている。


 アルフレッドさんは、ここにはいないのだと────



 しかし困った、遠征にでも行ってしまっていたら、会うのには更に時間がかかるだろう。


「彼は、いつ帰ってきますか?」

「いやぁ、それも教えられないなぁ──って、だから街にはいないと……!」

「もうすぐ?」


 その時、門の外側が騒がしくなり始めた。

 見ると何台かの馬車が入ってきているところだった。


 この国最強の男が、帰ってきたのだ。


「おっとナイスタイミングじゃあないですか!」

「うわっ、最悪のタイミングだ……」



 オレはアルフレッド隊長に謁見しようと、彼に走り寄る。

 しかし門番さんはオレの前に出ると、その間に壁を作った。


「ダメだっていってるだろう!? すみません隊長!」


 すると騒ぎに気付いたアルフレッドさんが、馬を降りてこちらへ歩いてきた。


「んー、いいよ。ただいま。君は誰かな?」

「は、初めまして! アルフレッド隊に最近入隊しました、ヒルベルト・セッツロです!」

「ほぅ」


 オレの言葉に全く動揺することなく、彼はオレに詰めよった。


「こーんにちは新人クン。君は確か、エクレアの街に常駐してくれている子だったね」

「はい!」

「君にはエクレアの街を任せているはずだよね。何でここにいんの? 何かあった?」


 言葉や口調は、柔らかい。彼の口調はそれはもう、子供を諭す大人のように穏やかだ。

 けれど、その眼の奥に確かに暗い警戒を帯びている。威圧感だけで潰されてしまいそうになる。



 これが国最強の男の迫力なのか────


「あ、あの実はですね……」

「申し訳ありません隊長!」


 オレを遮るようにして門番さんが跪く。

 クッソ、オレはアルフレッド隊長と話がしたいんだが!?


「隊長、先程エクレアの軍人であるこのヒルベルト・セッツロがこの門に来ました。なにやら緊急の用事があるらしく、7日前にエクレアの街を立ち、ここへ来たそうです。しかし、隊長へのアポイントがないため、私の独断でここで待たせていた次第であります!」

「えっ……」


 門番さんの言葉にオレは驚いた。しかし彼は眼だけでオレを諭し、暗に「黙っていろ」と押さえつける。


「なる程ね。ソーロが言うならそれだけの案件なんだろ。面会予約はないけど、まーいいでしょ。話を聞くよ、控え室を用意してくれ」

「はっ!」


 ソーロと呼ばれた門番さんは、すぐに門の傍らにある事務所みたいな所へと行く。オレはその後ろについて、彼に耳打ちした。


「な、なんで協力してくれる気になったんですか!?」

「君は強くて若い戦士のようだから、ひとつ忠告しておいてやるよ。あまり他人に、不用意に身体は触らせない方がいい」

「あ……」


 そう言えば、肩を軽く押されたことを思い出す。

 あの時に何かされたのか?


「オレの能力は【ライ・デテクター】、身体に触れた相手の言葉が嘘か本当か、見分ける能力さ。君が嘘を言っていないのは確かみたいだから仕方ない、信じてやろうと思ったのさ」

「なる、ほど────」


 ただ今回はたまたま上手くいったけれど、もし彼が悪人だったり敵の間諜スパイだった場合、どういう悪用をされていたか。想像するだけでゾッとする。

 不用意に触らせない方がいいって、そう言うことか。


「あ、ありがとうございますっ! その、協力していただいて!」

「────お前、アルフレッド隊長説得できなかったらどうなるか分かってんだろうな。オレの首まで跳びかねないんだぞ?」

「うっ……必ず説得して見せます」




   ※   ※   ※   ※   ※



 それで彼を何とか説得できたオレは、エクレアの街まで帰ろうとして手元にもうお金がないことに気付いた。


 まぁ本来なら緊急の文書を運ぶ時用の超速達便を手配して、人間を運ばせたんだ。逆によくオレの手持ちで賄えたと思う。

 もし帰れたら、双子にはお礼を言わなければならない。



 けれど街には入れないし、お金もないのでオレは国のほぼ最南端であるエクレアの街まで徒歩で帰ることを余儀なくされた。


 その結果動けなくなって、見知らぬ村で力尽きたのだ。

 こんなことなら泣きついてでも、街で誰かにお金を借りればよかった────



「ん……?」

「あ、ようやく目を醒ました! 良かった!」


 気付くと、オレは暖かいベッドに寝かされていた。

 そして若い女性が、オレを覗き込んでいる。とても美人で、明るい感じの人だ。目線で心を読んでみたけれど、敵意がありそうな感じでもない。


「女神だ……」

「ちょ、ちょっとやめてよ! ねぇ、旅人さんが目を覚ましたわよ!」


 その声に呼ばれて、男性が部屋へ入ってきた。


「良かった! 目を覚ましたんだね!」

「貴方は!」


 街の入り口でオレを助けてくれた男性だった。

 どうやら彼には命を救われてしまったらしい。


「あ、ありがとうございました!」

「いいんだよ。どうせ僕も借りている場所だ」


 何とか命を繋いだらしい。親切な人たちで助かった。


 けれどこれからどうしたものか、エクレアの街まで帰るにしても、交通費は必要だ。

 ここで日銭を稼がしてもらえればいいんだけれど────


 そんなことを考えていると、奥からもう一人男性が現れた。


「よーやく眼を覚ましたか。お前さん、随分とボロボロだけど何かあったのか?」

「あ、貴方は────!!」

「ん? 何だお前さん、オレの事知ってんのか?」


 そこにいたのは、アデク・ログフィールド。国を救った【伝説の戦士】その人だった。



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