そこにいたのは、アデク・ログフィールド。国を救った【伝説の戦士】その人だった。
「ん? 何だお前さん、オレの事知ってんのか?」
「おおおぉ、オレ、アルフレッド隊b-1級のヒルベルト・セッツロです!」
「はぁ、アルフさんとこのが、何でこんなとこに?」
そう言いつつ、アデクさんは興味もなさげに椅子へと座った。
「アデク、カレン。とりあえず僕は、宿の人に彼が目を覚ましたことを伝えて来るよ」
「あぁ、そうしてくれ」
「ヒルベルト君だったね。本当に無事で良かった!」
そう言い残して、オレを助けてくれた男性は、そのまま部屋を出ていった。
「あの、何から何まですみません……」
「いいのよ。とりあえず果物でも剥きましょうか。村の人がお見舞いに果物をくれたの。て、あれ!?」
見ると既にアデクさんが置いてあったリンゴにかぶりついていた。
「ちょっとそれ、村の人が彼にくれた物でしょう? 勝手に食べちゃダメ!」
「これは村の人から『お見舞いの品です』つって渡された。んで、オレらも療養中。な、問題ないだろ?」
「もう……」
呆れたように溜め息をつく彼女は、こちらに向き直る頃には笑顔に変わっていた。
「あ、遅くなってごめんなさい。私はカレン・マイラー。今はエクレアでカフェの店長をしているわ」
「ど、どうも……」
何で軍の幹部とカフェの店長がこんなところに?
この雰囲気、2人だけなら旅行だろうかとも思ってしまいそうだけれど、先程の彼がノイズだった。雰囲気的にどうやら、旅は3人連れ(か、それ以上)らしい。
けれど、とりあえず確かなことは、この人達は、オレにとって命を繋ぐ鍵になるかもしれないってことだ!
「あ、あのさっきの質問にお答えする形になるんですけど、オレはエクレアの街付けのアルフレッド隊なんです」
「へー」
アルフレッド隊は大規模ゆえに、彼のお膝元であるオードロークの街以外にも、常駐する兵士がいる。
オレはエクレアの街担当であり、アルフレッド隊長とも先日が初対面だった。
「それで、先日街で事件があったのは知ってますか?」
「色々聞いてるが、色々ありすぎてどれの事言ってんのか分かんねぇよ────」
「アリーナ襲撃事件の事です」
その話を聞いて、彼のリンゴを食べる手が止まった。
どうやら事件の概要と事の顛末は、
「その時、アルフレッド隊長が参上しアリーナを救ったことは、ご存知ですよね?」
「あぁ」
「オレは彼に協力を要請するため、エクレアからオードロークまで行ったんです」
アデクさんの手は完全に止まっていた。少しは興味を持ってくれたらしい。
けれどそこで先に口を開いたのは、意外にも黙って聞いていたカレンさんの方だった。
「つまり、貴方はエリアルの協力者だったわけね」
「そ、そうです。えっと、エリアル・テイラー最高司令官をご存知で?」
「────えぇ」
その言葉は、それ以上の含みを持たせた返答だった。
テイラーと何か関係があるのか、この人は?
少し、覗いてみるか────
「おい、眼鏡取るんじゃねぇよ」
「え?」
「お前さん、心を読める能力持ちか何かだろ。そしてその眼鏡はその能力を封じる術がある」
なぜバレた!? もしやアデクさん自身も、心を読める能力持ちか何かだったのか?
聞いたことはないけれど、オレにもあるくらいだから、【伝説の戦士】にそれくらいの能力が備わっていてもおかしくない。
「違うな、お前のような能力持ちは常に人の腹を探るように動きやがる。
そんで、ここへ連れてくる時に見たその眼鏡。エリアルも持っていた、魔願封じの眼鏡だろ」
「そう、ですけど…………」
そこまでバレてるんじゃ、隠し通すのは無理か────
じゃあもう止めだ、最終手段を使うしかない。
「すみませんでしたカレンさん、勝手に心を読むようなことをして。最高司令官に関するデリケートな話題でしたので、慎重になりすぎていました」
「いいのよ、彼女は私の店でアルバイトをしているの」
「そう、なんですか…………」
そりゃあ、よく知っている子がある日突然、最高司令官だったなんて聞かされたら複雑な気持ちにもなるだろう。
先程のオレの疑問は解決された。
けれど話が逸れたことに苛立ったらしく、アデクさんが机を蹴る。
「まだるっこしい、つまり何が言いてぇんだよ!」
「お、お金貸してください! 出来ればエクレアまでオレを連れてって!」
「えぇ…………」
あまりに単刀直入な頼みに、イライラしていた彼の顔がみるみるドン引きに変わっていった。
「た、助けてください! オードロークへの片道だけで文無しになってしまったんです! エクレアまで送ってくださいこの通り!」
「────驚いた、幹部になってからオレに金をせびいて来たヤツは初めてだ。失せろ」
「そっ、そこを何とか!」
ここで彼に慈悲をもらえなければ、オレはここで働いて金を稼がなければならなくなる! そんなことをしてしまえばさすがに無断欠勤で軍をクビになる! 最悪死ぬ!
生きるか死ぬかの最後のチャンス、逃してなるものか!
「お願いします! この通り!」
「送ってやることもできねぇし、金も貸せねぇな」
「アデク! いいわ、お金なら私が出すから貴方は街に────」
そう言うカレンさんを、彼は手で制した。何で制しちゃうんだよ。
「オレらがお前を街まで送れねぇのは簡単だ。オレらは要人護送中だ」
「そ、そうだったんですか!?」
「だから余計な荷物を引っ張ってくわけにはいかねぇ。
任務の内容を軽々話すのも主義に反するが、お前さんが怪しい行動をしたら即殺してやるって条件で教えてやる」
そんな制約を勝手に交わされるこっちの身にもなってほしいけれど、彼らがここにいる理由はおかげで何となく予想がついた。
「つまりアデクさんとあの男性は、カレンさんを護送するために、ここにいると?」
「いや、アイツを護送するためにカレンとオレが出張ってる。こう見えてこいつは元軍人で腕利きだから」
「いえい!」
そう言って、ピースするカレンさん。結構お茶目なんだな────
「んで、金を貸さねぇのも簡単だ。オレよりも、もっと適任がいる」
「適任……?」
アデクさんが扉の方を見るとそこには、先程オレを助けてくれた男性がいた。
「ただいま。結局どうなった?」
「こいつ、今アルフさんをエクレアに呼びに行く帰りだったんだと。んで、帰りの金がなくて行き倒れてた。だから金貸してくれと、オレに言ってきやがった」
「えっ、それは申し訳ない、じゃあ僕がお金あげるよ! ここの宿泊代と食費諸々。あと軍人だよね、良ければ街まで僕の護衛手伝ってくれないかな」
「いいんですか!?」
それは願ってもない提案だ。この際お金を貸してくれるなら、誰でもいい!
ついでに任務の対象にしてくれるなら、合法的に街まで帰れるわけだ!
「いいよね、アデク」
「まぁお前さんが言うならいいよ」
「じゃあ決まりだね」
そう言うと、彼は手を差し出してきた。握手を求めているらしい。
「僕の名前はレオン・ノリス。今も昔も、無名のしがない剣士だよ」