レオンと名乗った彼は、どうやら剣士らしい。
「てか、今お金をくれるって言いました? そんな貰えませんよ、必ず返します!」
「いやそれに関しては、エリアル・テイラーの協力者と言うだけで僕は、君に資金援助をする理由に充分足りえるんだよ」
なんだ、この人もテイラーの知り合いなのか。顔広いなぁ、彼女。
どういう知り合いか気になったので、今度は直接聞いてみることにした。
「あの、彼女とはどう言ったご関係で?」
「オレと彼女は故郷からの知り合いでね、もう8年近くになるのかな?
そして詳しくは言えないけれど、あの子は妹とオレの恩人でもあるんだよ。それで、君は彼女の恩人なんだろう?」
「そこまでではないと思いますけど……」
けれどどうも国で流れている情報を見る限り、アルフレッドさんのすんでのところでの登場は、確かに国を救っていたらしい。
一応、僕もテイラーの役には立ったと言うことは、間違いないだろう。
「君が彼女に協力してくれたのなら、オレは君に援助する義務があるはずなんだよ。理解してくれたかな?」
「ま、まぁ……」
オレに親切にするのは恩返しだから、恩を感じる必要はないと言いたいのか。
「まぁレオン、お前さんがいいなら、付いて来んのはいいや。ただセッツロ、オレはお前さんに聞いときたいことがある」
「何でしょうか?」
こうなったら、とことんまでアデクさんと話し込んでやるとオレは心に決めた。
さらっと現れたけれど、考えればこの人は軍の幹部のひとり。話を出来る機会なんて滅多に無いんだ。
ただアデクさんには、嘘があまり通用しなさそうだ。先程釘を刺されて能力も使えない。
あくまで誠実に、正直に向き合わないと、オレの今後のキャリアにも影響しそうな気がする。
「聞きてぇのは、お前さんの能力についてだ。エリアル・テイラーの記憶を読んだのか?」
「はい────」
オレの能力【マインド・リーディング】は、相手に自身の能力の名前を教えることで、対象の過去の記憶を1度だけ読み取ることが出来る。
「他者の記憶を読み取る能力、ありふれちゃいるが強力だ。汎用性においては、右に出るものはないと言っても過言ではないだろう。
じゃあ、それはどこまでの記憶を読み取ることが出来る?」
「全て────の、つもりだったんですけど……」
オレの奥義は、相手の記憶を
それは物心ついてから、今に至るまで。本人が記憶してきた全ての自称を頭にインプットできる。
正直、特大の情報量が突然頭に流れ込んでくるせいで、いつも吐きそうな感覚と目眩に襲われる。
今まで使った回数も、テイラーを外して2度。必要なくなった後は知り合いに頼んで、その記憶に忘却の魔術をかけて貰う必要がある。
これでも能力のおかげで多少は耐性が付いているようで今のところ精神崩壊はせずに済んでいるけれど、オレとしても出来るだけ使いたくない技だ。
「しかし、エリアル・テイラーの記憶は、全てを読めなかった。違うか?」
「……………………」
質問を被せたアデクさんに、オレは言い淀む。そうだ、彼の言うことは当たっている。
確かにあの時、オレは彼女の記憶を全て読み込むつもりで能力を使った。
けれど結局読み取れた記憶は、断片的なものだった。
3年前テイラーが最高司令官に半ば強引に任命されたこと、バルザム幹部が敵と結託して大会を襲おうとしていること、味方は少ないこと────
むしろ、それ以上はなにも分からなかったと言って良い。
本人は意識していないようだったけれど、オレは記憶を読み取ろうとして、彼女に
「やはりそうか、もういい」
「あの、どうして理由を聞いてもいいですか? その口ぶり、まるでこうなることが分かっていたみたいじゃあ、ないですか」
「お前さんに教える義理は、無いんじゃないのか?」
アデクさんはオレに、冷たい視線を送る。
「そうですが、知りたいです」
「知ってどうする?」
「どうも。強いて言えば、今後の参考に」
しばらく迷ってから、彼は背後のカレンさんとレオンさんに視線を送った。
それに合わせて、2人が頷く。
「僕は理由に、大体の予想がついている。何せエリーとは、付き合いが長いからね」
「私もよ。多分アデクと同じ結論に至っていると思う」
それを確認して、アデクさんは面倒くさそうに話し始めた。
「エリアルの能力は知ってるか?」
「えっと、確か【コネクト・ハート】とか記憶で回想してたような? 本物を見分ける能力とか、ですかね?」
それで最高司令官の正体まで、声を聞くだけで見破っていたのだからすごい。
「違うな。エリアルの能力【コネクト・ハート】は、意志がある者と心の繋がりを作る能力だ。偽物を見分けるのも、その力の応用だな。
普段はその能力を、会話に使ってるみてぇだが」
そういえば、猫の精霊とよく会話をしているのを見かけた。
契約精霊にしても熟練しすぎていると思ったのだけれど、能力を使って補強していたのか。
「転じて、強制的な心の繋がりを断ち切る事にも使えるようになったのだと、オレは考察した。
本人はどうやらただ声に関する精神干渉を防げるだけだと、思ってたらしいがな」
「なるほど……」
少しずつ彼女の能力が成長して、あの極限状態でついに記憶を読み取ろうとしたオレを、弾き返したというわけか。
それにあの衝撃、彼女の能力がもう少し熟達していたら、ただでは済まないのはこちらの方だったかもしれない。
「その回答で充分か? 覗き見野郎」
「え、あぁ、はい……」
覗き見野郎と言う呼び名はあまり気持ちのいいものではなかったけれど、間違いはないので否定しずらい。
微妙な顔をしてると、見かねたレオンさんが声をかけてくれた。
「ま、あの子もあぁ見えて色々あるんだよ。ボーッと口開けて死んだ魚の眼をしてるけど、あれで結構大変な思いしてきてるんだ」
そう言って、彼はカレンさんの方を伺った。
「私に気を遣わなくてもいいわよ、彼女の他と違う雰囲気は、何となく感じてる。
過去に何があったのか、あの子から直接教えて貰ってはいないけれど────そこもあの子のいいところの、ひとつだから」
レオンさんは安心したようにオレの方に向き直ってから、にっと笑って見せた。
「ま、最高司令官だけどそう言うの彼女は気にしないと思うからさ! 良かったら仲良くしてやってよ!」
「えぇ、なんですかそれ……」
この人もこの人で、結構難しいこと言うんだなぁと思ってしまった。
※ ※ ※ ※ ※
その後オレは村の宿で3日ゆっくり休んで、ついに出立の日がきた。
しかし、アデクさん達に会いに行こうとすると、村の人たちに呼び止められる。
「ヒルちゃん、もういっちまうのかい?」
「アンタここに住みなよ! 家の宿ならいくらでもただで使わせてやるからさ!」
「おめぇがいなくなっちゃ、寂しいょぅ……家の娘と婚約するって話はどうなったんだい……」
口々に言われて、オレは参ってしまった。
「おばあちゃんごめんね、仕事あるから行かなきゃなんだ。女将さんもすみません。
あと大将、娘さんはオレ何かより良い男探してやってください!」
そもそも酔った勢いで彼に勧められただけで、婚約するなんて話してないし。
ただ軍を引退したら、街を離れてこの村でのんびり暮らすってのも、悪くはないかもな────なんて思ってしまった。
意図しない滞在だったけれど、数日の間にこの村の人たちには本当に良くして貰った。素直に、別れが惜しい。
そんな涙ながらの村人達の挨拶に花を咲かせていると、レオンさんがやってきた。
「いたいた。ヒルベルト君、人気だね~!」
「すみません、すぐ行きますんで!」
どうやら中々来ないオレを見かねて、迎えに来てくれたらしい。
「ここでの生活も、いざ考えてみると悪くなかったんじゃないのかい?」
「はい、アデクさんに言われてから、ここでは能力を使うのを止めてました。けれど、見ず知らずのオレでも、人ってこんなに暖かく迎えてくれるもんなんですね」
眼鏡を手に入れるまで、散々人の心が読める事で苦労してきた。
けれどいざ使わないと決めてしまうと、人とのコミュニケーションをを、その能力に頼りきっていた事に気付く。
その事に気付けたという意味でも、貴重な日々だったと思う。
「ま、いつか休暇でもとって、また遊びに来ればいいよ」
「そうですね」
「っと、急がないと。君を呼びにきたのに、のんびりしてる場合じゃないな。これじゃアデクに僕までドヤされるんだよ」
彼に付いていくと、村外れの空き地にアデクさんとカレンさんが待機していた。
「遅ぇよ」
「ごめんなさい。ここから駅屋まで徒歩で行くんですよね?」
「そんなのんびりしてられっか」
アデクさんはそう言うと、空を見上げた。
すると突然辺りに突風が吹き、木々が揺れる。
「うっ、何だ!?」
「悪いなりゅーさん。傷はどうだ?」
風が止み、目を開ける。すると、そこには視界を覆う程巨大な影────
「ドラゴン!?」
「驚いたでしょ、“ローア・ドラゴン”だって。僕もこの種類は、彼のパートナーで初めて見た」
これに乗って移動するのか。これなら、エクレアの街まではそう時間はかからないだろう。
「これで、ようやく帰れるのか……」
「えっ、アデクもしかしてあの事伝えてなかったの!?」
何か不吉な言葉がカレンさんから聞こえた後、アデクさんが「しまった」という顔をした。
「やべ、忘れてた。おいセッツロ、悪いがまだエクレアには帰らねぇ。これから戦場に行く」
「はぁっ!? どういう事ですか!?」
耳を疑う情報に、オレは幹部に対してなのに詰め寄ってしまった。
「お前さんは知らんだろうが、今から迷いの森ってとこで戦争が起んだ。
療養後だってのに、人使いの荒いことにオレらを駆り出そうってことらしい」
「えぇ……」
彼は珍しく、若干申し訳なさそうにしながら村の方を指差した。
「どうする? ここに残ってもいいんだぜ?」
「いっ、行きますよ! 戦争でもなんでも、付いてってやりますとも!」
「はっはっは! 威勢が良いじゃねぇか!」
ここに来てから、一番いい声でアデクさんが笑った。
ついでにオレの背中を一撃、バシッと叩く。
「いてっ!」
そしてオレが肩を落としていると、それをさするようにカレンさんとレオンさんが手を添えてくれた。
「いやぁ、知らなかったとは悪かったね。なるべく君に迷惑はかけないようにするからさ」
「ごめんなさいね、アデクには後でキツく言っとくから……」
目指すは迷いの森と、そこで起きる新たな戦争。
そこで待ち受けるのは、地獄かそれ以上か。
そしてオレが街に帰れるのは、一体いつになるのやら────
「テイラー。君のせいでなかなか思い出に残りそうな旅に、なってしまったじゃあ、ないか?」
そうぼやきながら、オレはドラゴンへと乗り込んだ。