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第4部第2章:迷宮森林のソーサリー

帰りたい(316回目)  クレアボバッジ


 セルマ、クレアが幹部2人と敵基地に侵入し始めた頃、私は彼らに通信機で指示を出すため、指令室に座り込んでいた。

 近くにはハーパーさんや、アダラさんも待機してくれているとはいえ、一瞬も気が抜けない状況で緊張感が続く。


 通信機越しで声を拾い、その音の響きから基地の構造や敵の数を関知する作業を続ける。

 正直、こんな形で能力を行使し続けた事がなかったので、精神的な付加がかなり大きい。


「エリーさん……」


 心配したスピカちゃんが、額に滲み出た汗をタオルで拭ってくれた。


「ありがとうございます」


 一方、基地の攻略は順調なようだった。セルマの防音魔法と気配遮断魔法が優秀なおかげで、今のところ敵を無力化しながら前に進めている。


「その先の奥の部屋にも2人います────あ待ってください!」


 声が聞こえる、2つの声が。ひとつは男性の声だ。太く重圧があって、アルフレッドさんを想起させるような強さを感じる。間違いなく手練れだ。


 そしてもうひとつの声。少女のようにあどけなく、けれど暗い穴を見つめているような、闇のような存在がいる。

 声だけではなく、その気配を感じるだけで私の全身に鳥肌が立ち、身体が小刻みに震える。


〈どうした〉

「2人のうち1人は、魔女・ルールです」

〈っ────!〉


 通信機の向こうとこちらの両方の空気が、一気に張りつめる。

 魔人/魔女との戦いは想定されていたとはいえ、いざすぐ近くにいるとなると、緊張感が違う。


 アダラさんも、隣でゴクリと生唾を飲む。


「いるのですね、この国の中枢に手を掛けた張本人────魔女が!!」

「えぇ……」

〈間違いないのか?〉


 その質問に、言葉が一瞬詰まった。あのアリーナでの恐怖を思い出して、身体が動かなくなっているんだ。


 いや、問題の敵は通話の向こう、対して私の仲間たちはすぐ近くに彼女がいる。

 私なんかより、より危険な場所にいるのに私が震え上がってなにも出来ないだなんて、みんなを見殺しにするようなものだ。


 私は震える身体をどうにか動かし、言葉を紡ぐ。


「この空気感、質量のある闇に足を取られた感じ────言葉には出来ませんが彼女に相対した時に感じるものです。

 それともう1人は男性、でしょうか? 彼女程のイヤな感じはしませんが、圧倒的な力を感じます」

〈よーくわかった。魔人/魔女か、それを凌駕する相手ってことだな?

 今日はセルマの嬢ちゃんが面倒見てくれてたから、腰の調子がいい。その2人を押さえるのがオレたちの仕事ってことだろ〉


 そう言ったのは、今まで黙っていたアルフレッドさんだった。

 その声には冷静さと、確かな闘志を感じる。流石長年、軍を引っ張ってきた人だ。


 私もその言葉に触発されて、少しだけ勇気が湧いてきた。


「お願いします」


 リアレさんとアルフレッドさんはここで別れて、2人を押さえ込んで貰うことになる。

 危険な戦いだ、私は気合いを入れ直すために、大きく息を吐いた。



   ※   ※   ※   ※   ※



〈それで、嬢ちゃん。敵がいると分かったんだ、早速特効仕掛けるって訳じゃあねぇよな?〉


 セルマが離れてしまったことで、もう防音魔法も気配遮断魔法も2人にはない。

 ルール達のいる部屋から充分な距離をとり、アルフレッドさんが私にそう言った。


「もう一度説明します。このバッジ────通称クレアボバッジは、遠隔から皆さんの様子を見るための機械です。

 先程の部屋の入口付近に、バッジは置いてきていただけましたか?」

〈あぁ、何とかやりきったよ〉

「ではモニター、始動お願いします」


 セルマたちと別れる前に、例のバッジをリアレさんに置いてきてもらった。

 リアレさんの提案で、私でも聞き取ることの出来ない情報を引き出すために、映像で一度目視した方がいいだろうという判断だ。


 特にアルフレッドさんは、ルールよりも一緒にいる男性の方が気になるらしい。



 私の合図で、2つのモニターにそれぞれ映像が映し出される。ひとつはアルフレッドさんに付けられたバッジによるものだ。

 アルフレッドさんと、リアレさんがいる。かなり鮮明に姿を捉えられるようで、まるで目の前に彼らがいるような感じだ。


「ちゃんと映像出たかい?」

「ありがとうございます。すみませんリアレさんのバッジを置いてきて貰うことになってしまって」

「いいんだよ、それより魔女の方は?」



 そちらもしっかりと映っている、確かにそこにいるのは魔女・ルールだ。




   ※   ※   ※   ※   ※



 2人がいるのは、暗い研究室のような部屋だった。

 その一角に置かれている、場には不釣り合いなテーブルと椅子。そのテーブルに置かれた燭台の灯りを頼りに、ルールは座って本を読んでいる。


 何の本かは分からないけれど、あまり厚さはないようだけれど、彼女が本を熱心に読んでいるというのは少し意外だった。



 対してもうひとり、男性の方は台座のような場所に乗って目を閉じ、胡座をかいている。

 ただ一心に眼を閉じ何かに集中している様子で、その鍛え抜かれた巨体に対して、かなり繊細な表情が見てとれた。


 これは────瞑想でもしているのだろうか?




 その時ちょうど、ルールが本を読み終わったようで、それをぱたりと閉じた。


「ありがとう。とてもとてもとても、良い本だったわ。こんなに素晴らしい物語を見ることができるなんて、ここへ来たかいがあったというものね」

「────このオレに、話しかけるなと言ったはずだ」


 男は目を開けることもなくそう言った。その表情も動かすことはなく、ただ淡々と伝える。


「あら、いいじゃない。少しくらいお話に付き合ってくれても」


 先程本を読み終わってしまったからか、ルールは床についていない足をぶらぶらとさせた。

 あどけない少女がせがむように、男にねだる。


「こんなにも素晴らしい本の調達を、ありがとうと言いたかったの。匿ってくれた挙げ句にこんなプレゼントをくれるなんて、私は貴方の事を勘違いしていたのかもしれないわ」


 うっとりと、ルールはその本の表紙を撫でる。

 何の物語だろうか、確認しようにも映像からではあまりよく見えない。


「その代償として、貴様にはこのオレの代わりに、周辺の警備を任せていたはずだ。それはどうした?」

「しているわよ。貴方程ではないけれど、これでも魔物を放って監視を続けているの。周辺の村で軍の演習が行われているようだけれど、他に変わったことはないわ」

「そのような細かい情報も逐一報告しろ」


 その言葉にルールは笑みを絶やさないまま、足の動きだけを止めた。


「話しかけるなと、言われたわ」

「報告を怠るなともこのオレは言ったはずだ。

 ワープ魔法のハッキング、アリーナを覆う程の魔力の行使。そして逃走中の魔力────全てを使い果たし死にかけていた貴様をここで匿ったのはこのオレだ。ここにいる間は、言う通りにしろ」


 ルールはつまらなさそうに、テーブルの上の紅茶を啜った。


「監視する魔物を増やせ、数はこちらで用意する。油断をするな、敵地の真ん中であることを意識しろ」

「分かったわ。けれど貴方自身が監視をしないのは、どうして? 何日も動かないで、そんなに痩せてしまって。やっぱり貴方が心配だわ」

「それ程息をするように、よく偽りを言える。貴様のせいだルール・ネク。貴様のミスが、このオレをここへ縛り続けているのは分かってるはずだ」


 初めて、男が片目を開けた。ギラギラとした、闘志を称えた眼だ。

 けれどその奥は暗く、吸い込まれるような闇を抱えている。ルールを彷彿とさせるような眼────



「逢えて口に出すが、貴様の連れてきた人質にひとり、力の吸収を大きく拒む男がいる。ヤツから魔力を搾り出し無力化するため、このオレはここから動けず、基地の警備も貴様に任せている」

「へぇ、それは大変ね」

「ヤツのせいで、もう2人は捉えるだけで精一杯だ。他の囚人もいる。よりにもよってその元凶である貴様に頼らざるを得ない等と、無念な事だ」


 再び眼を閉じ、男は瞑想を続けた。

 その顔を眺めながら、慈しむように微笑みながら、ルールは言う。



「でも、もうすぐ彼の力も全て吸収され、貴方は自由になる。そうでしょう、ラディウス・・・・・?」


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