太田真の優しさで中井洋子が営む焼肉屋【ろうりんぐ】で身を隠しながら生活をしていた。
主な仕事は店内の清掃。仕事を覚えるために先輩スッタフの澄玲につきながら朝から夕方までつきっきりで教えてもらう。
「まあ、繫盛期になったらきついけど基本接客業さえできていれば後は数こなして覚えて行けばいいからさ」
「はい」
澄玲は【ろうりんぐ】が開店してからの古株であり、他のスタッフからも信頼されている。中井洋子いわく、以前は別の職場で働いていたらしいが事情があってやめてこの店で働いているらしい。
「人間関係に問題はないし、スタッフからも評判はいいし、なんで前の場所を止めたのかわからないほどいい人だよ」
と中井洋子からも太鼓判を押されている人物だった。
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初日、予備として置いていたスタッフの制服を着て清志は全員に挨拶をした。
「今日からここで働く斎藤太一さんです。仲良くしてあげてくださいね」
「斎藤太一です。焼肉店に勤めるのは初めてですが、よろしくお願いします」
無難な挨拶をして、清志のバイトが始まる。
『斎藤太一』は正体がばれない様にここのスタッフでいる間の偽名として作った名前である。警察に指名手配されている人間だとバレれば通報されるので、それを防ぐためであった。
「最初は澄玲さんの動きを見て、店内の仕事の動きを学んで頂戴。先ずは簡単な雑務からやってもらうから」
「はい」
材料の仕込みが調理場で行われている間、店の外の清掃、テーブルの拭き掃除、ドリンクの補充、冷蔵庫内の在庫の確認等、開店時間10時までにやらなければならないことを行っていく。
慣れているスタッフはそつなくこなしていくが、清志はついて行くのがやっとだった。
「斎藤君、まだホコリが残っているわ」
「すみません」
「早くやるのはいいけど丁寧にね」
「はい」
10時になり開店すると、家族連れ、学生、友人と様々な客が来店してくる。
「姉ちゃん! カルビ追加―!!」
「こっちはホルモン2人前や!」
「かしこまりましたー!」
注文が入ると仕込みを終えた肉を皿に乗せて形を整えるとテーブルに出していく。席が埋まると順番待ちのお客様の案内も入り、12時になる事にはピークになる。
「ご馳走さん」
「ありがとうございましたー!」
会計を済ませでお客様が帰ると、利用した席の清掃が始まる。皿やコップなどの食器を洗い場に持っていき、網についた汚れを落とし、テーブルを拭く。最後に匂いを落とすために消臭剤を振りまいて終える。
順番待ちしていたお客様を案内し、注文を受け料理を運んでいく。
「澄玲ちゃん! 生1つ!」
「笑顔もサービスで!」
「まだ昼間だっての!」
澄玲は客に人気であり接客をしながら複数の仕事をこなしていた。
「兄ちゃん! キムチまだ!?」
「石焼きビビンバ早くしろよ!」
「申し訳ございません! 少々お待ちください!」
清志は、注文を受けるのがやっとで客に怒鳴られながら仕事をしていた。
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14時になり1時間の休憩時間になる。
(はあ…。コンビニの仕事とは違う、焼き肉屋はこんなに難しいのか…)
ピーク時の忙しさに疲弊し、上手く仕事ができない無力さからきが沈んでいた。
「忙しかっただろ? 腹に詰めるもん詰めとかなきゃ午後から仕事できないぞ」
澄玲は清志にまかない飯を持ってくる。
「ありがとうございます。あまりお役に立てなくてすみません」
「気にすんなって。斎藤さんは今日初めて来たばっかだろ? 経験さえ積めば誰でも出来るようになるさ」
そう言って澄玲は昼食を頬張る。
「この店はさ、いろんな奴が来るけど皆中井さんに救われて生きている奴が多いんだ。私もその一人」
「中井さんは器の大きな人ですものね」
「ああ。元女子レスラーって経歴の方だが、過去の栄光に縛られず、常に新しい事に挑んで自分の糧にしている。あの人はリングをさってなお『人生』っていう道で戦い続けている根の強い人なんだよね」
「そうですね」
「でさ…、斎藤さんは中井さんとどうやって知り合ったんだ? 何か中井さんからは知り合いが来るみたいに言っていたけど」
「えーと…」
借金の返済のために参加したサバイバルゲームで会いました流石に言うのは駄目だと思い、清志は言い方を考えて伝える。
「中井さんと会ったのは去年で、サークル活動の一環で参加したイベントで一緒になりまして、その時に知り合ったんです。ゲームでもチームを組んだりしました」
「ああなるほど。確かに斎藤さんはそう言うの好きそうだものね。ゲームとか得意そうだし」
「そう見えますかね」
「うん。あんまり仕事は得意そうじゃないけど、そういう分野で活躍しそうな感じが」
「ああ…そうなんですね」
「まあ、気にするなよ。仕事なんて誰だって最初から何でもできる奴がいるわけじゃないし、独自で得意な事見つけて仕事にする人だっているしな。中井さんの旦那さんもそんな感じだし」
「太田さん、中井さんと結婚してたんですね」
「式は挙げなかったけど、お互い気が合って婚姻届け出したって聞いてるぜ」
そんな世間話をしながら休憩時間は終わり、清志は午後の仕事を澄玲に教わりながら始めた。