焼き肉屋でのバイト終了間際、清志に業務を教えていた星乃澄玲から声を掛けられた。
「良かったらウチに来ない? あなたについて話を聞きたいの」
そう言われて、清志は承諾し中井洋子も澄玲のことは信用しているので彼女の家に行くことになった。
彼女の家は車で20分ほどの戸建て建築だった。
両親を早くに亡くして、それ以来1人暮らしでいるらしく、生活費は残された貯金と遺産を崩して生活しているらしい。
親戚とは連絡を取っているが、あまり会う事はないらしい。
澄玲の母親は父親と周囲の反対を押し切って恋愛結婚して、実家から駆け落ちしている。そのため、親戚の一部からはいい顔をされていないらしい。
「母さんが言ってたんだよね。父さんは親に敷かれたレールのまま生きるのが窮屈で仕方なかった。婚約相手も親に決められた血筋だけはいいブスで、あんなのと結婚するなら死んだ方がマシ。生きるならどれだけ反対されても母さんしかいなかったって」
「はあ…」
「自分の意志で選ぶこと。それは誰かの意志で選ばれる事より納得がいき、損得勘定なく進むことができると私は思っているわ」
「…何が言いたいんです」
「斎藤…いえ、伊藤清志よね?」
「!!」
本名を言われて清志に動揺が走る。
「ああ大丈夫よ。あたしは警察とも紫龍院教とも関係ないから」
「ならどうして…」
「梅村さんからあんたの事をき聞いたのよ」
「梅村さん…!?」
「アタシと彼女は友達なのよ」
澄玲は梅村と出会ったのはゲームのオフ会だった。
澄玲は執筆業の傍らに、梅村はアイドル家業の息抜きで屋やっていたゲームでそれぞれ合い、意気投合して連絡を取り合っていた。
「梅村さんは万が一に備えてアタシに連絡を入れていたのよ。『万が一伊藤清志を見かけたら匿ってくれ』って。写真と一緒にね」
「だから僕の事を知っていたんですか…」
「中井さんには内緒にしていたのは悪いけど、万が一それで梅村さんの事が外部に漏れたらいけないと思っていたから」
「確かに…。梅村さんはLure‘sのメンバーですし…」
「でさあ、清志はなんで紫龍院教や警察に追われているわけ? ニュースだとアンタは蒼空つばさ殺害の容疑者だと報道しているけど、私はそう見えないわ」
澄玲は冷蔵庫からペットボトルの飲料水を取り出し、清志に出した。
「なぜそう思うんです?」
「これでも執筆家の端くれなのよね。悪い人間と良い人間位の区別はつくのよ。動画やイラストと違って、文で状況を伝えないといけない。その為には登場する人物の性格からくる行動、内面を描写するための想像力が必要なのよ。だからアタシはついつい人間観察をしてしまうのよ」
「その発言からすると、澄玲さんは小説を書いているのですか?」
「まあ…。一応お金貰って書いているけどね。だけどそれだけじゃ生活できないからバイトもしてるんだけどね。貯金もいつまであると思っちゃいけないし」
「なるほど…ですが、梅村さんとご友人だからと言う理由だけで僕を匿う理由にはならないと思いますが…」
「そりゃ勿論、梅村さんから報酬を貰う約束をしているから」
「それなら納得です。…まず、僕は蒼空つばささんの事件には関わっていません。ですが、その犯人は僕の存在を必要としている。それが追われている理由です」
「警察にも?」
「はい。犯人の関係者に警察…いえ、政治にかかわる人間がいるので」
「随分と闇が深そうな話ね」
「僕も正直何が何だかわからないんですが、だけど僕は待っている人がいるんです」
「誰?」
「…それは言えません」
「梅村さんに関係ある人?」
「まあ…それは」
せらぎねら☆九樹から連絡を貰う約束をしている事をはっきりとは言えなかった。梅村とつながりがあるとはいえ、どこから警察や紫龍院教に漏れるかわからないからだ。
「どうしても言えないほど重要な人って言う事ね。わかったわ。それ以上は聞かないわよ」
澄玲はそれ以上聞かずグラスに注いだチューハイを飲んだ。
「それはそれとして、アンタあのサバイバルゲームの生き残りな訳なんでしょ?」
「サバイバルゲームの事を知ってるんですか?」
「一時期動画サイトで切り抜きや解説動画が出てきたのよ。主催者のせらぎねら☆九樹は有名だったし、内容も過激で話題にしやすかったからね」
彼女はそう言ってノートパソコンを出した。
「しばらくして動画サイトからはそれらの動画は削除されたけど、一部の動画は消される前に保存しておいたのよ」
「何のためにですか?」
「まあ…ネタ探しの一環って所かしら。書き続けていると、次に何を書けばいいのかわからなくなるのよ。だからネット内でネタになりそうなニュースを見たりとか、動画で今何が人々に見られているのか。人間はより身近な非現実にこそロマンを感じるんだよ」
「ロマンですか…」
「アタシの請売りでさ。これまで趣味で物語を書いたりした。アニメや漫画の二次創作だったり、成人向けのモノだったり、だけど一番読者に受けたのはリアルに近い作品だった。
ヒーローもいない、特殊な能力者もいない、ロボもいない、人格者なんてさほどいない、だからと言って悪に完全に準ずる人間もいない」
「…」
「出てくるのは自尊心やコンプレックスの為に悪にならざるを得なかった人間達と、平凡を願うギャラリー、そして『諦めない』事だけが取り柄の人間臭い主人公。彼がほんの少し勇気を出して行動するだけで、変わる…いや、描いていた理想を形にしてくれる。そんな作品が私の代表作になった」
「…不満なんですか?」
「いや…無いっていったら嘘になるよ。だけど私もね、凄い能力を持った最強主人公とか、世界を救うために戦う話とかそう言う話を求めたんだけどね。だけどお金を貰う以上、自分の私情だけで執筆は出来ない。それに、アタシが始めた物語を見てくれる人がいる。だからそんな人間臭い物語を愛せるんだろうなあ…」
「愛せる…ですか…」
「リアルの人間はゲームに出てくる主人公の様に有能にはなれない。失敗と挫折を繰り返して得た知識で現実を生きるしかない。そんな大人な考えしかできないから、ファンタジーを書くことができないのかなあ」
ため息をついて机に突っ伏す澄玲。それを見て清志は答える。
「僕は小説を書いたことがないから何とも言えませんが、ただ物語は人に知識と希望を与えるものだと思います。澄玲さんの小説もそう言った力があるんじゃないでしょうか?」
「アタシの小説に?」
「はい。その小説の読者は少なくとも澄玲さんの話を読んでそう思っている。どうしようもならない現実を目の前にしても、勇気があれば一歩でも先に進めて、そこに希望がある。文章を通してそれが伝わっているのだとしたら、あなたは【誰かを救う】と言うファンタジーの登場人物の様な事をしているのではないですかね」
「アタシの文で誰かを救っているか…。嬉しい事言ってくれるじゃん…!」
澄玲と清志は互いに打ち解け合い、夜遅くまで話をした。