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第106話『松山綾善』

―蒼空町・武器製造工場

松山綾善は手に持った刀を手に清志に話しかける。

「民衆は善意で動きはしない。恐怖と力に臆した時、自分達の利益がある時やっと動き出す」

「それが武器製造工場を作った理由なんですか?」

「武器の保有はどこの国のトップも考えている事だ。『私は平和主義です。武器何て一切持ちません』なんて言うトップはいないだろう。無防備と言う事は他国の侵略を受けても仕方ないという事を意味する」

「ですが中立国の様に戦争を望まない国だって…」

「望まないが、『協力はしない』とは言っていないだろう。そう言う国は戦争が起きれば自国で争いが起こらないように他者の言いなりになるのが関の山だ。それに比べて我が国はどうだ? この日本と言う国は島国でありながら他国の植民地になる事も侵略されることもなかった。平和主義だから? 違う。それだけ防衛力、つまり軍事力が高かったことに他ならない」

松山綾善は製造されたドローン達を指さす。

「混沌を迎えている世の中、このドローンを世界中に売りさばけば日本はかつてのバブル期のような高度経済成長期を再び迎える事ができる…! しかも世界通貨の中でも日本円は特に信頼度が高い! 日本は瞬く間に世界の頂点ともなれるだろう。私はそれを影から操る事が出来る…!」

「そんなことをしたらどれだけの命が失われると思うんですか!」

「それを言ったらこれまでの歴史でどれだけの人間が血を流したと思っている?先人たちが多くの血を流し、近代化のために力を尽くしたからこそ今の日本がある。他の国はそれを生かせなかった。血の革命を行おうと、結局権力者に全てを委ねて最後は支配される事を飲まざるを得なくなるのだ」

「自分は違うと…」

「そうだ。私は幼少に平和主義や平等、正しい事は必ず自分に帰ってくる、助け合いの精神と言った事を口々に伝える大人たちに疑問を思った。もしその言葉が実現できてるのならなぜ世界はこれほど不平等なのか、なぜ争いが絶えないのか」

そう話す彼の瞳に光が無いのに清志は恐怖を覚えた。

「簡単なことだ。この世界は誰かが『支配者』になり、誰かが『不幸』になることで成り立っているからに過ぎない。『支配者』になる人間は欲望のままに『独占』を得ることで幸福になる。その為なら自分の手足の様に他人を使い、不幸にすることもいとわなくなる」

「そんなのはあなたの方便だ」

「いや、現に小学生はかけっこで誰かが1位になれば残る人間は下位となって不幸になる。誰かが成績にトップになれば誰かは成績下位になる。つまりこの世界は平等を願いながらも競争無くして成り立たない矛盾で成り立っているのだ。競争が無くなれば、物事に取り込む意欲も失せる。その為に不幸な人間とは必要不可欠なのだよ」

「それがわかっているあなたはなぜ紫龍院教に?」

「私はね考えたんだよ。この世界における『勝者』とは何か?」

「それは人によってそれぞれの考えがあるんじゃないですか?」

清志の言葉を綾善は鼻であざ笑う。

「そんな曖昧もの、真実を見る事を諦めた人間の言葉に過ぎない。私は気づいた。この世界の勝者とは『統制者』だ。手に余る力と資本を持つ者、その資本に使われる持たざる者、両方をコントロールする立場になったものこそこの世の勝者なのだ」

「だからあなたは紫龍院教の幹部となり、後に宗教という界隈から社会を牛耳ろうとしているということですか?」

「そもそも古来より宗教は何より尊いものだった。そして同時に金も動かしやすい界隈でもある。お布施と言えば誰も金の流れもわからなくなる。紫龍院教は創立より、市民の金を集める場、そして政界の黒い金を洗浄する場として使われてきた。多くの政治家は紫龍院教無くして金も得れなかったのだ。誰もが頭を下げる『金』を自在に操れる、力の統制者となることこそ私の到達地点!」

「だから山内政権を崩し、自分達の宗教に都合のいい法律を作るか、もしくは黙認してもらう政治家を置こうとしたんですね」

「山内は確かに優秀な政治家だ。だが私にとっては都合が悪いんでね。巻き込んで悪いが、君を始末し、我々紫龍院教の繁栄のための礎を築かせてもらう!」

「そうはいかない! あなたの身勝手で多くの人々が犠牲になり、必要のない血が流れた! あなたを放置するわけにはいかない!」

「なら力づくでも止めてみるんだな!」

綾善は刀を抜いて清志に切りかかる。清志は近くにあった鉄パイプを手にして斬撃を防ぐ。

「ほお…。ただのフリーターと思っていたが、やるじゃないか」

「深夜勤務もこなしてきたんだ。体力にはある程度自身があります」

「だが、そんなもの…!」

綾善は再度刀を振り、鉄パイプを切断した。

「剣道5段の私にとって、それくらい切るのは朝飯前」

「破戒僧もここまでくると尊敬ですよ」

「権力を守るには武力も必要。そう思い習っていた」

「その努力を正しい方向に使って欲しかったですよ」

「正しいさ。私にとっては!」

斬撃をギリギリかわし清志は、工場内を逃げながら反撃する方法を見つけようとしていた。

(これまで会った人間とはタイプが違い過ぎる。歪んだ正義の説得力、鍛え上げられた力。簡単には倒せない。僕一人なら…!)

清志は周囲の工具や部品の破片を防御に使ったり投げたりして綾善の攻撃を回避する。そしてついに壁際まで追い込まれた。

「往生しろ。伊藤清志」

「…」

「紫龍院教の礎となれー!!」

綾善が大きく刀を振りかぶる。清志はそれを避けるため横に転がる。刀は壁を切り裂き、内部の柱を砕く。

「ふん、いつまでかわし続ける気だ?」

「もう終わりですよ」

「何?」

鈍い金属音と共に、上から荷物が崩壊してくる。

「逃げながら僕はこの部屋の2階部分の足場を支える器具のパーツを抜いていました。あなたが壁ごと柱を切った時、あなたに向かって落ちてくるようにね」

「そんなバカな…!」

荷物は綾善の上に積み重なり、身動きが取れなくなった。

「うぐぐ…」

刀は衝撃で手から離れ、抜け出そうともがいていると

「警察だ! 紫龍院教は全員確保する!」

「松山綾善、つばさ…いや福子ちゃんを殺害した罪を償ってもらうぞ」

警察隊を連れた桝谷が現れ、松山綾善を拘束していった。

「僕らには意思がある。それがある限り、宗教にもとらわれないし、過去にもとらわれません。僕達はいつだって前進しているのですから」

清志はその場で座り込み、スマホを見ると澄玲からの連絡が入っていた。

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