目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第108話『受け継がれる正義』

蒼空町に起きた事件は松山綾善と川中幸雄、新教祖である川尻光を捕え収束していった。


途中で逃げ出した紫龍院教の信者もいたが、リーダーのいない組織はもう立て直すことはないだろうと警察は考えていた。


その後、地下から小坂学人の亡骸と血を吐いて倒れた山内を運びだし、蒼空町に残る班と別れ、山内は病院に搬送された。


――――――――――――――――――――― 

―某大学付属病院



「山内さん…」

「せらぎねら☆九樹…。ワシはもう長くない。末期のスキルス胃癌だ。ガン細胞が全身に転移しているらしい…」

「もう手遅れということですか…」


せらぎねら☆九樹はLure‘sに清志達を任せて山内の元に訪れていた。


山内は自分の命が残り僅かなのを受け入れていた。だからこそ後悔が無いように自分のやるべきことを成し遂げ死のうとしていた。


「ごほっ…ごほっ…!」

「山内さん…。あなたほどの人がいなくなるなんて…あまりにも早すぎる…!」

「仕方あるまい…。ワシは自分の野望の為に多くの人間を犠牲にしてきた。これは天罰だろうな…」

「天罰…」

「だがな…ワシは後悔しておらん。あの日、小坂学人が娘に屈辱を与え、奪い去った名誉を、尊厳をワシは取り戻せた…」

「復讐と言う形でですか…」

「無理に理解しろとは言わん。だがワシにとって…いやワシと妻にとって家族を失う事は耐えがたい苦痛だった。何としても犯人にしかるべき報いを受けさせたかった…!」


野望や野心に隠れているが、山内を内閣総理大臣に押し上げた原動力は家族への『愛』なのだろうとせらぎねら☆九樹は感じていた。


「心残りなのはワシは明莉と同じ場所に行けないことだな…。天国にいるあの子の元には行けない。ワシが行くのは地獄だろうな」


「…」


そんな事は無いと言いたかったが、否定も出来ないのでなんと返せばいいかわからなかった。

沈黙が流れる中、病室に1人の男が入ってくる。


「山内さん。失礼します」

「おお…萩尾か…」


山内は笑顔を作り萩尾と呼ばれた男を招き入れた。


「九樹…。こいつはワシの後継者だ。ワシが死んだ後内閣総理大臣になってもらう手筈を取っている」

「この人が…」

「初めまして、萩尾勝です。あなたがせらぎねら☆九樹さんですね。普段からその仮面は被っていられるのですか?」

「ええまあ…」


年齢は恐らく40代位。物腰柔らかな雰囲気だが底知れない凄みを感じる男性だった。

まだ未完成だが、山内茂の様にいずれなるだろうと思わさせる。


「萩尾…。一つだけお前に言っておく。絶対にワシと同じ道を歩むな。ワシは結局のところ、自分の復讐のために血の道を選んだ。唾を吐かれても仕方のない男だ」

「私はそうは思えません」


荻尾は目を閉じて過去の事を思い浮かべる。


「…初めてあなたに会った時、私は家族を事故で失ってこの世への希望を無くしていた時だった。だけどあなたは私に親身になってくれた。家族が眠る墓に手を合わせてくれた。私はあなたに救われて今の立場にいます。あなたは茨の道を歩もうと自分の正義を貫く生き方をしたと私は思います」


「自分の正義か…」


「あなたは世間がどう言おうと少年法の撤廃や、犯罪に対する制裁と償いを主体とする法改正を行い、被害者に対する支援制度の強化を行った。更にベーシック・インカム制度を使い国民が貧困に苦しまないようにした。あなたは許されないことをしたかもしれませんが、あなたのおかげで救われた人もいるのも事実なはずです」


「…だからお前を後釜に選んだのかもな」


山内は痛みに耐えながら言葉を続ける。


「時代が変わり、戦後からの発展でこの国の権力者は姑息や知恵の働く人間ばかりが務めるようになっていった。その結果社会は腐敗し、国民も他人に優しくすることも次第に忘れていってしまった。だからこそこのトップに立つのにふさわしいのは他者の痛みがわかる男だと考えていた。その基盤を作るまではワシが何とかし、後釜に支えてもらう事を考えていた」

「山内さん…」

「萩尾。もう一つお前に言っておく。お前のその優しさ、決して忘れるな。政治家である以上、人間の汚い一面を見る事も多くあるだろう。だが頂点に立つものは慈悲の深さ、寛容さも必要になってくる。それが無い者はただ張りぼての王になるだけだ」

「あなたはそこまで萩尾さんを評価しているのですか?」

「少なくともワシのなかではこいつ以外にワシの後釜はおらん。いや、ワシとは違う道に進める男でなければ…! この国のトップを任せられん…! ゴホゴホッ…!」

「山内さん…! 無理しないでください…!」

「はあ…はあ…。荻尾。ワシが残したモノをうまく使え。そして…頼むぞ。この国の未来を…」

「はい、必ず!」




それから荻尾とせらぎねら☆九樹は病室を後にした。

その3時間後に山内の容態は急変し、息を引き取った。


彼は遺言で「葬式は質素でいい。家族と知り合いだけで行って欲しい」と残しており、彼の意志を尊重した萩尾と家族、彼の意志を継ぐ弟子たちにより静かに執り行われた。


「山内さん、必ず私達が受け継ぎます」


萩尾は山内派と共に国の未来を守るため、山内の意志を継ぐことを誓った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?