シェリー達は、輝真を昼食に同席させた。
大豆ミートを浮かべたスープと、山菜のサラダ。
シェリーにしてみれば懐かしさを覚えるような献立も、客をもてなすには不向きだ。
心苦しさを伝えたが、彼は、話し相手が得られるなら文句はない、と承諾した。
「いつからこんな感じなんです?」
「二週間前くらい」
「これでも豪華になったよね。コンピューターをアップデートする前は、山菜を扱ったサイトも閲覧に制限があったから……」
翡翠が補足した。全くその通りだ。
人工肉は、少量の砂糖でも物々交換の対象になる一方で、山菜は各自で採るしかない。その際、正確な情報を得ていなければ、誤って有毒性の植物を摘んでしまうリスクがあった。
「大豆ミートは、定番でしょ?まさか輝真さん、お家が裕福で、いつも肉を食べてるの?」
「いやいや、それは。二人、仕事は?」
「今までは、研究を。翡翠は知り合いのお手伝い」
「これからは?」
「西へ行こうかと──…」
「英雄のロマンじゃないですか!!」
輝真の名残を感じさせる顔が、夢見がちに輝き出した。
話せば話すほど分かる。
輝真の英雄への憧れは、並外れている。
昔から自己愛と承認欲求の強かった彼は、戦争の名残が強かった頃も、その性格が彼を生き抜かせてきたところがある。というのは本人の自己分析に基づくもので、今は実績作りのために、各地でより多くのロボットを討伐している。
人に褒められたい。認められたい。
そうしてさっきも戦う場所を探していた途中、シェリー達に遭遇した。
シェリーと翡翠が昼食の後片付けを始めると、モモカが輝真の話し相手になった。
輝真は、西を除くほぼ全ての地方を訪ねたことがあるようだ。彼は農家の跡取りで、当分、両親は息子を自由にさせる方針らしい。
食後のお茶を配って、シェリー達は席に戻った。
「オレ、シェリーさん達を手伝おうかな」
「え?」
「ぶっちゃけ、大変っしょ?体力はあって食糧は集め慣れていて、オレならお役に立てますよ」
シェリーは、カップから立ち昇るカモミールの香りを味わって、返答までの時間を稼ぐ。
彼なら戦力になるだろう。だが、凛九らのように村の有名人ならともかく、初対面の人間を、そう簡単に信頼していいものか。
「なら、テストするのです」
突然、モモカの言葉つきが明るくなった。
「日暮れまで、シェリー達と輝真さん、モモカで、食糧とエネルギー資源を集めるのです。一番か、二番目に多く集めることが出来たら、仲間に入ってもらうのです」
「モモカ、でも」
「輝真さんの夢は英雄なのです。西で悪魔を倒せたら、誰もが認めないわけにはいかなくなるです。それは、輝真さんにとって、家業より大事な目標なのです?」
輝真がモモカに頷いた。
シェリーには理解し難い話だ。
彼の情熱は分かった。だが両親との約束以上に、優先すべきことがこの世にあるのか。西でもしものことがあれば、彼はどうするつもりか。…………
「モモカ、有り難う!交渉成立だ!」
シェリー達が結論を出すより先に、輝真がモモカに身を乗り出した。
その時、翡翠がシェリーに身を寄せてきた。
シェリーに彼女が耳打ちする。
「あの人、怪しい」
何か隠してる、と、彼女が更に声を潜めた。
* * * * * *
運転システムを起動すると、移動基地は、修繕前に比べて格段に快適さを増していた。
走行速度だけでなく、揺れにも強くなっている。山道の急な凸凹で身体が跳ねることもなければ、タイヤが石ころを蹴っても分からない。
「こんな便利な移動手段、初めてだぜー。どこへ向かってるんだ?」
「中部だよ。さっきのところは、あまりにも土が痩せていたから」
「輝真さんは、今日までどうしていたの?」
「廃棄車を拝借したり、ヒッチハイク」
しばらく他愛のない話をしていた。そのせいか、次に小さな村が見えた時、輝真に驚きの表情が浮かんだ。
突然に村が見えたリアクションにしては、大袈裟だ。
そうも感じたシェリー自身、窓を広がる光景に、全く衝撃を受けなかったわけではない。
「まだこんな村があるなんて」
何せ初めて訪ねたここには、活気があった。
いくつかの民家が軒先にシートを広げて、店を出している。昔ながらの茶屋もある。
「復興、進んでいるところもありますからね。……まさか、こ、ここには降りませんよね」
輝真の声が、動揺している。シェリーが彼に視線を戻すと、その目が落ち着きなく泳いでいた。
「この先の、あの山でテストするのだけれど……」
「いや、やめ……ましょうよ。その、そうだ、村の、所有地かも」
やはり、輝真は不自然だ。旅に慣れた人間が、こんなにいちいち狼狽えるものか。…………
ただし、シェリーは彼の懸念の根拠と考えられるものを、このあと目の当たりにすることになる。
上等な衣服を着込んだ男達が、商い中の村人達に詰め寄って、何か書類を突きつけながら恫喝していた。