今でも、自治体の村は珍しくない。
上に立つのは主に豪族、華族達だ。こんな時代になっても尚、彼らは税で生活している。
「合法ですよ。そして、度が過ぎれば……暴動も、起きますが」
徴収に従う村人達と同じくらい、輝真の顔も青ざめていた。
彼は、しきりと左右を確認したり、シェリー達に早く村を抜け出るよう促したりしていた。
「輝真さん。ここの役人って、あなたがそんなになるほどおっかないの──……」
突然、外部の様子を映している移動基地のスクリーンに、鋳鉄色の物体が映り込んだ。
鋳鉄色の物体──…ロボットだ。
ケタケタケタケタ。
ウィィィィイイイイン…………
ロボット達の行動は早い。今しがたまで村人達をおびやかしていた役人らに、襲いかかっている。
「翡翠!モモカ!」
「はいです!」
「輝真さん、武器を持って!」
「すまん、今、腹いっぱいで……」
相変わらず目を泳がせたまま、輝真が気まずそうに言った。
渋る彼の腕を引いて、翡翠がシェリーのあとに続く。
村人達は、一目散に逃げていた。彼らに逆流して、一人の女性がこちら側に向かってくる。彼女の鮮やかな色のスカートが揺れる。その雰囲気は、今しがたすれ違って逃げていった村人達より、どちらかと言えばロボットになぶられている男達に近い。
シェリー達から、彼女の顔がはっきり見えた途端、輝真が目の色を変えた。と同時に、何故か顔を赤らめている。
「無茶しやがって……!」
輝真が翡翠の手を振り払って、駆け出した。
役人達の数人が、ロボットに捕まっていた。ある者は地面に叩きつけられて、またある者は、鉄製の牙で身体中をつつき回されている。
「輝真さん!翡翠と私は、役人達からロボットを引き剥がす。あなたは彼女を安全な場所へ──…」
「お父さん!!」
シェリーの声を、女性の悲鳴が遮った。
彼女が輝真に肩を掴まれながら、前のめりで、役人の一人に悲痛な目を向けていた。
* * * * * * *
「ミラノ!行け!逃げるんだ!」
「お父さん!お父さん!」
ミラノと呼ばれた女性と役人の関係は、すぐ分かった。
危険を承知で父親の危機に駆けつけたも、ロボットにいたぶられる彼を、彼女は見ているしかないのか。
「グァああッ」
鈍い音が、娘を持つ父親の腰から鳴った。ロボットに踏み倒された老体は、抵抗する力も失くしている。
バキューーーーン!!
翡翠の放った銃弾が、一瞬、その個体の動きを止めた。それから彼女は真っ直線に駆け出して、ロボットに銃を振り下ろす。
「っ、く……ぅう!!」
カキン!コン!
「翡翠!!」
シェリーは、翡翠を抱えてロボットから距離をとった。
臆病だった彼女とは思い難い行動だ。これ以上、西の影響で家族と別れる人間を見たくないという思いが、彼女を思いきらせたのか。
「シェリー、お父さんが……!あの人のお父さんだって……!」
「彼を助けるためにも、翡翠まで怪我したら、何も出来なくなってしまうわ」
「じゃあ、……」
「モモカと私で、彼らを移動基地に運んで避難させる。翡翠は輝真さんと一緒に、ロボットを山の麓へおびき出して。避難を終えたら、まとめて片付けるから」
「……っ、……こうなったら……腕が鳴るぜ……!」
輝真に続いて翡翠が頷くと、シェリーは役人達を見た。翡翠のさっきの攻撃が、ロボットからミラノの父親を解放していた。
バンバンバンバン!!
シェリーは、獲物を捕獲していたロボットらに光線を放つ。レーザーガンが、彼らの腕の力を弱めた。
「逃げて下さい、皆さん!……輝真さん!」
「おう!」
バキューン!!バンバン!!
衰弱した役人は、輝真が無理矢理、ロボットから引き剥がしていく。
「お前達は……」
ミラノと肩をよせ合っていた彼女の父親が、シェリーを手伝う青年を見るや、忌々しげに呟いた。
「覚悟しやがれー!」
銃と盾を交互に繰り出す輝真をはあ慣れて、シェリーは民家の物置小屋から鉄パイプを引っ張り出してきた。
それをロボットに振り下ろす。
「抜けられますか?!」
「お、あ、ああ……うぁあああッッ!!」
地面を這いつくばる格好で、また一人、役人がロボットから逃げ出した。打ちどころが悪かったのか、身体のあちこちを庇う彼の顔は、引き攣っている。
ズシューーーーン!
ズドッ!ズドン!!バキューン!!
レーザーガンで、シェリーはロボットを狙撃していく。輝真も他の役人達を力技で救出して、加勢してくれている。
「また通じねぇのかよ!」
「輝真さん、これを!」
シェリーは予備のレーザーガンを輝真に投げた。
それを掴み取った彼が、再び攻撃の構えをとった。
「おっさん、元気なら逃げろや!」
ミラノと一緒にいる役人に、輝真が鋭い視線を向けた。
「貴様が死ぬのを今こそ見てやる!しぶとい悪魔め!」
「輝真さん、一体……」
その時、移動基地からモモカが戻ってきた。
「はぁ、はぁ、シェリー!皆さん、逃げる準備が整ったのです」
シェリーは、役人達を出入り口へ誘導していく。
ミラノ達に声をかけると、二人は乗車を躊躇した。
「ロボットを止めるのは限りがあります、急いで下さい」
「輝真さん……」
「あいつがくたばるのを私は見ねば」
「ミラノ!」
彼女の視線と輝真のそれが、交差した。
「話はあとだ。オレを信じろ、君はシェリーさん達と行け!」
* * * * * * *
シェリー達と役人らを乗せた移動基地は、村役場へ向かっていた。
以前なら、これだけの人数は収容出来なかっただろう。ロボットも撒けた走行速度と言い、改めて、今日までに移動基地を強化しておいて良かったと実感する。
シェリーは、ミラノら父娘に輝真の話を聞いていた。
「あいつはとんでもない。シェリーさん。……会ったばかりの年寄りなど信じるのは難しいかも知れんが、輝真には気を付けてくれ」
「どういうことです?彼は、この村出身ですか?」
「いいえ」
今度は、ミラノが首を横に振った。
父親ほどではないにしても、彼女の輝真に対する感じも、気心知れた友人らしからぬものだ。
「彼とは数時間前に知り合いました。話に付いていけません……」
「いててて」
「大丈夫ですか?!休みますか?」
シェリーは、後方にいた別の役人に駆け寄った。
さっきから腰ばかり痛がって、歩き続けることが難しそうだ。彼に限らない。一度ロボットに捕まれば、高確率で、心身のどこかに支障をきたす。
「重症の方は、手を挙げて下さい。救急隊を呼びます」
呼びかけると、手を挙げる者まではいなかった。
移動システムが目的地の近いことを知らせてくるまで、まだ余裕がありそうだ。
今一度、シェリーは父娘に向き直った。