役人達をモモカに預けて、シェリーは移動基地を翡翠らの元へ走らせた。
ミラノ達と話したことで、シェリーは、輝真が余計に分からなくなった。
翡翠は彼を怪しんでいる。そして、役人も彼を悪魔呼ばわりしていて、理由を聞けば納得がいった。
グルグルウウウ……
ウィィィィイイイイ……ヴンヴゥン……!
シェリーは移動基地を降りて、翡翠達が人里から離したロボットの群れに、銃口を向けた。
「翡翠、輝真さん!有り難う、二人は離れて!大砲を出すわ」
「シェリーさん、燃料は蓄えてて下さいよ」
輝真が飛び出してきた。
シェリーの視界を遮った彼は、例の美しい装飾の盾を構えて、ロボットに突き進んでいく。
「肉体勝負ならエコロジーっしょ?!」
「輝真さん!」
腕をまくり上げた輝真の拳が、ロボットに迫る。
「俺は、英雄だァァアアアッッ!!」
彼に負けじと、ロボット達も勢いづく。
正面衝突一歩手前で、地面を蹴る彼。ハードルを飛び越えるようなジャンプの途中、見事なバック転が決まる。着地した彼に振り向いて、ロボット達が向かっていく。すると彼は、あの強固な盾で敵をかわすと、今一度、地面を蹴った。舞い上がった彼の足先が、ロボットの頭に直撃した。
ウィィィィイイイイ……ヴンヴゥン……!
「これが、宇宙一イケてる輝真の必殺技だーーー!!」
彼の気合いが、片方の拳に集まっていた。踏み台を蹴って、またしても彼が跳び上がる。その身体はイルカの芸を連想させる曲線を描いて、次は拳から、ロボットの群れに飛び込んでいく。人間の強度を超えた彼の利き手は、強固な機体を叩き砕いた。
ガシャン!バキン!
まるで悪魔だ。
ロボットを、素手で叩き壊す輝真。その顔には恍惚さえ浮かんでいる。
「オラオラオラ」
ロボットが半数にまで減った時、突然、それらの背中が開いた。
「何?!」
それらの背中の内部から、鉄の翼が展開していく。
「ぐぁあ!!」
「輝真!」
ロボット達の羽ばたきが、強風を起こす。
強風は、三人を数メートル先へ吹き飛ばした。
「あああッ!!」
シェリーは、飛んできた翡翠を体重ごと受け止めた。
すかさずレーザーガンを構える。
バキューーーン!!
光線は、ロボット達をたった一体も仕留めなかった。それらは鳥の群れに見間違うほど高く飛んで、村へ引き返していく。
* * * * * * *
シェリーは、村の各所に電気バリアを張った。
空中でロボットらを止めるには、ドローンで攻撃するしかない。それには村を保護しておく必要があった。
時折、ロボット達は上空から低い位置に移って、電信柱を食いちぎったり、屋根を崩したりしている。
「電気バリアの範囲と、爆撃の威力。後者が上回れば、村に甚大な被害が及ぶわ」
「早くしないと、やつらも何をしでかすかです」
合流したモモカが、シェリーを急かした。
輝真は行方をくらませた。
翡翠は、眉間に皺を寄せている。
「あの人、私達からロボットを逃すためにわざと……」
「まさか」
「そのまさかだよ、みんなを油断させるために!きっとあいつは悪魔の手下で、英雄なんて嘘なんだ。その結果が、あれ。思う壺だったんだよぉ!」
ウィィィィン……ウィィィィン……
ズドーーーーン!!
また、瓦屋根が崩れ落ちた。
シェリーはドローンの設定を進めながら、モモカにエネルギー資源の補充を指示していた。
その時、派手な青年が戻ってきた。彼の顔は晴れやかで、楽観的だ。
「輝真さん!」
「逃げたんじゃなかったの?!」
翡翠が輝真につっかかっていく。彼が人間の姿でさえなかったら、とっくに銃口をその額に押し当てていてもおかしくなかった剣幕だ。
「あなたは何者?」
「農家出身の、英雄だ──…」
「黙れ!!」
未だかつてシェリーも見たことのなかったような翡翠の怒りに、輝真の表情がこわばった。
「今回のこと、誰に命令されたの?それともあなたの独断?!」
「おい、待てって……!」
「翡翠!」
シェリーは、翡翠達の間に割って入った。
輝真は、犯人が降参するポーズをとって、翡翠に手のひらを向けている。
「役人さんが輝真さんを悪魔と呼んでいたのは、他に理由があって……」
「シェリーさん、……お取り込み中、何ですが……」
輝真がおずおず口を開いた。
そして彼は、ここを離れていた数分、何をしていたか話を始めた。
彼は、小型飛翔機を調達していた。軍事倉庫に格納されたままだったそれは、リュックサック型の装置で、人間一人を運搬出来る。それを背負って電気バリアに降り立てば、ロボット達を始末出来るのではないか。それが、彼の提案だ。
「最低でも、レーザーガンで仕留めます。ドローンで大がかりな攻撃に出るより、リスクは抑えられます」
「輝真さんが危険では?」
「自分の尻拭いは、自分でします」
「信じていいの?」
「翡翠。仮に彼が悪魔でも、好きな人の住む村に被害は及ぼさないでしょう」
「え?それはどういう……」
翡翠が目を見開いた。
これ以上の余裕はない。
シェリーは、セキュリティシステムを書き換えた。プログラムから、輝真を侵入者として除外するためだ。これで、彼は電気バリアに触れても弾き返されなくなる。
上空に着くと、輝真はロボット達をレーザーガンで落としていった。一方で、電気バリアは接触したロボット達にショックを与えて、バグを促す。
そうして数体が倒れていくと、残りのロボット達が学習し出した。電気バリアを警戒する動きを見せ始めたのだ。輝真の利き手に襲いかかる個体も出てきた。
「輝真さん!よけて!」
「うぉっしゃ!」
バンバンバンッ……と、身をひるがえした彼の狙撃が、ロボット達を撃ち落とす。
だが、事態は急変した。
「うわぁあああっ!!」
バタバタと鉄の翼を羽ばたかせたロボット達が、彼の頭上に輪を作り、一斉に攻撃を仕掛けたのだ。
鋳鉄色の塊が、彼の腰から上を覆う。
みしみし……
肉か筋かの生々しい音が立つ。無数の腕が、輝真に食い込む。それらが、彼を無慈悲に殴りつける。
バキッ!!
「まずい……」
シェリーは銃口をロボットに向けて、ハッとした。
輝真との距離がゼロだ。標的を外す恐れがある。
「翡翠」
「どうしよう……シェリー……」
「私が落ちたら、村の人達を避難させて。人命優先。村は、最悪、諦めていい」
「あっ、シェリー……!」
シェリーは、ドローンに捕まった。
耐荷重を大幅に超える人間に、ドローンが何秒、耐えられるか。
計算している余裕はない。
シェリーは、それを起動する。そして、一気に輝真達の高さへ飛んだ。
バキューーーン!!
「はぁっ……シェリーさん……!!」
シェリーの放った光線は、ロボット達の意識を散らせた。輝真への集中攻撃が、今の一撃で弱まった。
バサバサバサッ……
新たな敵に敵意を向けるロボット達。シェリーは、それらを撃ち落としていく。
その時、シェリーは視界の真下にミラノの姿を見た。
彼女の鮮やかな色のスカートは、まるで地上に咲く大輪の花だ。
花は、シェリー達の真下に止まった。空を見上げた彼女が、すっと息を吸い込んだ。
「この……ばかッ!!」
ミラノの声は、家族の無茶を咎めたようにも聞こえた。
輝真にしつこくまとわりついていた、残り二体の腕がゆるんだ。
「っ、つ……」
バキューーーーン!!!
シェリーは、レーザーガンの引き金を引いた。機体が輝真から離れた隙に、それらを立て続けに狙撃する。
こうして、全てのロボットが倒れた。