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英雄が悪魔と呼ばれた理由


 ロボットの残骸を産業廃棄物処理場に運んだあと、シェリー達は村役場を訪ねた。


 応接室には、シェリー達を呼んだミラノの父親と、彼女がいた。



「此度は誠に感謝しますよ。シェリーさん、翡翠さん。それにモモカさん」


「畏まらないで下さい、役人さん。今回の収束は、ミラノさんと輝真さんの力です」


「ははは、娘が驚かせましたな。ミラノの肝っ玉は、妻と私によく似ました。あの悪魔がくたばらなかったのは無念ですが、どうです。何かお礼をさせて下さい」


「お父さん、輝真のこと、そんなに悪く言うのは……」



 ミラノが父親を諌めかけた時、扉が開いた。


 ノックもしないで参入してきた青年は、包帯だらけだ。左腕は医療用の三角巾に吊るして、顔中に怪我をしている。






 輝真とミラノ、そして彼女の父親の間に起きた揉め事は、よくあるものだ。


 種を明かすと、翡翠から警戒が解けた。彼女の顔に、好奇心が満ちていく。



「ミラノさん、オレと結婚前提にお付き合いして下さい」


「輝真は、西へ旅するんでしょう?」


「西だと?!貴様、娘を山奥へ連れて行きたがっていたかと思えば、まさか悪魔の巣窟に誘うのではあるまい?」


「ミラノさんは連れて行きませんよ。お義父さん、オレに何が足りないんです。確かに実家は山奥ですが、こことそんなに変わりませんって」



 聞けば、この三人のいさかいは、輝真が旅を始めてすぐの頃から続いているらしい。


 彼の最初の旅先が、この村だった。役人の娘にひと目惚れした彼は、彼女のために、英雄になる決意をより固くした。



「確かに、私は英雄となら結婚してもいいと言ったわ。でもそれは、言葉のあやで……」


「英雄だろうと、私は認めん。ミラノは、目に入れても痛くない娘だ。農家の跡取りなんかにやれん」


「役人さん、言い過ぎです」


「ミラノさんのお父さん。農家じゃなくて、ミラノさんが遠くへ行くのがダメだって、言わないと伝わりませんよ」



 シェリーと翡翠が巻き込まれた傍らで、モモカは人工知能であるのを口実に、のんびり休んでいる。



「役人さん。さっきのお礼の件、まだ有効ですか」



 シェリーは、口調を改めた。


 役人の方も、表情を引き締めたのが分かった。



「輝真さんにチャンスを与えてあげて下さい」


「この男は放蕩息子です!」


「彼が家業を離れて旅しているのは、ミラノさんの理想に近付くためです。彼は、多くのロボットを処理して、たくさんの人達を救っています。身体を張って、こんなに怪我しても、人のために戦える人が、本当にろくでなしでしょうか?」



 役人は、苦虫を噛み潰したような顔で唸った。彼の目が、ミラノと輝真を交互に見る。



「お義父さん」


「お義父さんと呼ぶな、悪魔め」


「西の悪魔を倒してきたら、オレを認めて下さい。シェリーさん達と旅に出ます」


「…………」


「お父さん、……」



 ミラノが父親の肩に手を添えた。


 それから彼女は、求愛者に口を開く。



「悪魔なんて、都市伝説だよ。私が英雄なら考えると言ったのも、それだけすごい人なら、会ってみたいと思っただけで」


「なら、西から戻った初めての勇者になります。そんなすごいやつなら、どうだ?」



 無邪気に目を細めた青年が、ニッと笑った。彼につられたようにして、ミラノも相好を崩す。


 役人がシェリー達に顔を向けた。



「シェリーさん。翡翠さん」


「はい」


「あいつをよく見ていてくれませんか。この村に、悪魔をどうにか出来る人間がいれば、心強いです」


「……はい」



 それから、と役人が続けた。



「あいつが無茶をしないよう、お願いします。娘を泣かせたり、今日のように危険な場所へ飛び込ませたりすることのないよう、加減を教えてやって下さい」


* * * * * * *


 一行は、ミラノ達に見送られて出発した。


 まもなく日暮れだ。


 宿を使えという父娘の厚意を辞退したのは、あまりにも世話になったからだ。空っぽだった食糧庫には、目を瞠るほどの野菜や果物、穀物、干物が収納された。彼らからの餞別だ。そして武器庫には、輝真の愛用していた特殊な盾。シェリーに礼がしたいと言った彼が、ミラノに預けていた予備を出させてきたものである。



「餞別を辞退して村の減税を頼んでみたけど、ダメだったわね……」


「取り立ては見直す約束をしてくれたんだし、次に戻ってくる時は、良くなってるよ。ミラノさんのお父さんも、村の人達への恫喝は、反省してたし」



 今日の目的地まで、あと少しだ。


 当初降りるつもりだった平地は、とっくに通過していた。



「テストなしで合格したね、輝真」


「感謝します。そればかりか、上空では助けてもらって……」


「あそこであなたを見捨てたら、夢見が悪くなっていたでしょう」


「山には置いていけないよね。輝真が本当に悪魔だったら、捨てるどころか封印していたけれど」


「……翡翠さん、悪魔を封印する話は、漫画とかそういうのだけですよ」




 移動基地内の音声ガイダンスから、中部に差しかかったという報せを受けて、シェリーは操縦席に入った。



 移動基地を広場に停める。



 小窓の隙間が、風を送り込んできた。



 輝真には、故郷の外にも、多くの思い入れがある。親元を離れてまで貫こうとしている愛情がある。



 シェリーは思う。


 自分も彼のようになれるだろうか。彼ほど柔軟になれなくても、いつか理解出来るだろうか。


 彼を理解出来た時、いつまでも胸の奥で疼き続ける痛みも、少しはやわらぐだろうか。…………


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