東部を出て最初の村で、シェリーと翡翠、モモカ、そして輝真は、ひとときの休息をとることにした。
日暮れに到着した村は、活気があって、昔の観光地を思い出す。
朝、三人と一匹で朝食をとって、それからインターネットで村について少し調査したあと、シェリー達は外に出た。
戦前の六割にまで激減した人口でも、極端な貧困に陥ってさえいなければ、人々は陽気だ。メインストリートには娯楽要素の強い露店も多く見られて、中でも洋服やアクセサリーの売り場を通りかかった時、翡翠の目が年相応に輝いた。
「戦争が落ち着いた頃、国外旅行も何度かしたんだ。世界情勢に詳しい家庭教師やお手伝いさんに協力してもらって、治安のいいコースを組んで……その時、こんなドレスが民族衣装の国もあって、お姫様みたいで憧れたなぁ」
「王女様のいた国だったのね。長い戦争で、今じゃ王政も、伝説みたいになったけれど……」
「生きるのに必死で、王様もお姫様も、国のことを考えている場合じゃないんだろう。お、この宝石、翡翠さんの目の色そっくり」
「オニキスね。愛好家達は、幸運のお守りだと言っているそう」
「翡翠さんは、お守りを持って生まれたんだな」
「私の目は、色が似てるだけだよ」
「翡翠は、ルビーとかも似合いそう」
「本当?!ルビーも好き。ガーネットも。昔、誕生日にマチさんがガーネットのネックレスをくれて……本当にお気に入りでいつもつけていたんだけど、ある日、川遊びしていたらなくしてしまって……」
「まぁまぁ、可哀相に」
俯きがちだった露店の店主が、突然、顔を上げてきた。彼女の落ち着いた優しげな目が、翡翠に同情を向けている。
「あ、はい、そうなんです。六歳くらいだったかな、遊ぶことに夢中になって……大泣きしました」
「分かるわ。私も。小さい頃の宝物って、いつの間にか側に置かなくなってるのよね。でも、家のどこかにあったりもして」
「ですね。お財布は長く使っています。お母さんからの、最後の……」
そこで翡翠が言葉を切った。
彼女は、家族の話題になると消極的だ。まだ過去との付き合い方に、慣れていないせいだろう。
露店は、釣具や似顔絵を出しているのまであった。輝真が興味を示したのは似顔絵店で、彼は店主に、宇宙一格好良く描くよう要求した。恋愛のために英雄を志している彼は、その実、本当に自己愛も強いのではないか。
メインストリートをひと通り見ると、昼になった。
腹ごしらえのあと、シェリー達は温泉地へ足を向けた。
昼間から入浴を嗜む女性達に混じって、シェリーと翡翠も浴槽に浸かる。
「こんな旅行気分、初めて。翡翠。有り難う」
「感謝なら私がしたいよ。こんなにゆっくり遊んだの、久し振り」
「たまには……ね。そもそも、西へ行くのは翡翠の提案で、私達の意思だから」
「ペースも私達で決めよう。そういうこと?」
シェリーは頷く。
何より、西には両親の墓がある。その安否も当初はシェリーの気を逸らせていたが、翡翠の両親を訪ねて分かった。死者の眠る聖域は、見えない力に保護されている。それに、輝真に感化されて、新しいものに触れてみようという欲求も、シェリーの中で僅かに芽生え出していた。
「シェリーも私も、初めてばかり。本当に楽しい」
「うん」
そうね、とシェリーは翡翠に頷いた。
身体の疲れもほぐれたところで、移動基地のシャワー室とは規模の違う浴場を出た。
* * * * * *
翡翠が血相を変えたのは、着替えを終えてすぐのことだ。鏡台で髪を乾かしていたシェリーが、なかなかドライヤーを使いに来ない彼女を心配して振り向くと、焦った様子で、脱衣所のカゴ一つ一つを見て回っていた。
「お財布がないの……」
それは、さっき彼女が母親の形見でもあると明かしていたものだ。
「平和な村でも、外は外だもんね。貴重品を放っておくなんて、私が悪かったの……」
蒼白な顔で、努めて気丈に振る舞おうとしていた翡翠に、近くにいた女性達が話しかけてきた。
「お嬢さん?あの、……」
二人の目撃したところによると、犯人は母娘と見られる温泉客だ。洗濯カゴを物色していた母娘は、この中で最も上等な黒いワンピースに目をつけて、財布を探し出した。中を確かめて期待外れを顔に出したというが、その母娘は収穫がないよりマシだと言って、財布を仕舞って脱衣室を出ていった。
「追いかけるべきでした、お役に立てずごめんなさい」
「私達、その時、まだ服を着ていなくて……」
翡翠が首を横に振ると、シェリーは二人に謝意を述べた。
そして、財布を持ち出した母娘の特徴を確認して、乾ききっていない髪をまとめて外に出た。