母娘は、温泉地近くの廃屋で見付かった。
道行く人々が、シェリーに協力的だったお陰だ。シャンプーした髪を乾かして、遅れて追いかけてきた翡翠が、手元に戻った両親の形見を抱き締めて、その場にしゃがみ込んでいる。騒ぎを聞いて駆けつけてきた村人達の数人が、号泣する彼女を宥めてやっていた。
「おい、母さん。娘。何故、こんなことをした」
村人達に取り押さえられた女性と少女は、震えていた。加害者としてここにいるはずの二人は、しおらしく翡翠に謝罪して、輝真を見上げて青ざめている。
「私達は……」
母娘が何を話し出すか、シェリーはおおよそ予想がついた。こうした出来事を聞かされても、特に驚かなくなった。麻痺した自分が嫌になるが、ここでは、略奪も生きるための手段だ。大昔は違法だった行為も、時代が変われば話は別になってくる。
ただし、彼女達が話を始める前に、第三者が立ち入ってきた。老朽化した扉を豪快に開けて入ってきたその青年は、母娘の知り合いらしい。
* * * * * *
翡翠の意思で、示談で事件を済ませることにしたシェリー達は、母娘と彼女達の知人──…つまり白亜の暗部のリーダーである凛九と連れ立って、近くの茶屋に場所を移した。
見晴らしのいいテラス席もある店は、本来、客同士の会話は聞こえにくく出来ている。にも関わらず、店はシェリー達が入ってから、混み合った。廃屋での騒動のせいで、ことの顛末を見届けたくなった客達が、聞き耳を立てに来たのだろう。
温泉地の外で待っていたモモカも加わった。
例のごとく凛九が会計を持つと宣言すると、まず母娘はランチプレートを選んで、翡翠はカフェオレとシャーベットを指差した。シェリーは、温泉で飛んだ水分を補給するためのミネラルウォーター。
「いいけどよ。新入りは?」
「オレにもですか?!では、ソーダフロートを」
かくて一同の前に各々のメニューが置かれていくと、全員、手を合わせてまずは喉を潤わせた。
「驚いたわ、凛九。次に会うのは帰ったあとだと思っていたのに、こんなに早くて」
「オレもさ、シェリー。でも安心だ、旅も楽しんでいるみたいだな」
「ええ。でも、気は引き締めていくつもり」
飲食物が半分ほどに減っていくまで、一同は他愛ない話に興じた。シェリー達は凛久と再会を喜び合って、初対面の相手同士は、軽く自己紹介し合った。
母娘は、村で床屋を営んでいた。父親を含めて三人暮らしで、店の経営も順調だったが、ある日、空き巣が全財産と商売道具や備品を持ち逃げした。自治体は、一家に救いの手を差し伸べなかった。こんな世の中だ、空き巣も必要に迫られて無心したのだ。それが、彼らが一家に言い放った言葉だった。
「主人は人が変わったようになりました。助け合いなど、夢物語だ。自分のことを第一に考えなければ生き残れない、と。翡翠さんのものを盗んだのも、何か持ち帰らなければ、主人が私を殴るからです。前は優しい人だったのに」
「シノ……。一度、距離を置くのも手かも知れないぞ。シノのことを知り合いに聞いて、まさかと思って来てみたら……。こんなことのために、ルコレト村を出てきたんじゃないだろう?結婚が決まった時、幸せになると言ってたじゃないか」
友人に背中をさすられながら、十にも満たないような娘の頭を撫でるシノは、どこにでもいる善良な住民だ。
手段は間違っていたが、彼女にも平穏に暮らす権利はある。シェリーが凛九の立場なら、やはり遠く離れていても、良からぬ噂に心配して、彼女に会いに村を出たろう。
* * * * * *
日暮れ前、村の花火大会の支度に出かけた翡翠と別れて、シェリーは凛九と待ち合わせした。
翡翠が向かったのは、あの廃屋だ。昼間の詫びに、シノが彼女に浴衣を貸して、髪を結う約束をしていたのである。
約束の場所に凛九を迎えると、シェリーは手すりにもたれかかって、どこからか注いでくる明かりをキラキラと弾く川の水面を見下ろしていた。
「ここに来たのは、シノからの依頼だったんだ」
「ロボットが、出るの?」
「半分、正解。もう半分は、人間相手だ」
「人間?!」
「今回、周辺をうろついているロボットは、どうやら所有者がいる。犯人は、それを野生と思い込ませて目的を果たす目論みだろうが、ロボットが露店の売り物を盗み出そうとしている時、近くで様子を窺っていた怪しい影を見たやつがいる」
「じゃあ、主犯は……」
「シノの家に入った空き巣のことも、そいつは知っているかも知れない」
それが事実なら、シノ達は奪われたものを取り返せるチャンスを得られる可能性がある。理由がどうであれ、ロボットを使って盗みを働いたとなれば、さすがに誰も擁護しないだろう。責任を問える。
「事実を突き止めるのね?」
「ああ」
「手伝うわ」
その代わり、付いきてもらいたい場所がある。
シェリーがそう続けると、凛九が笑った。