花火大会が始まった。
無性に心弾まされる音を連れた火薬が次々と打ち上げられて、真っ暗な夜空に花が咲く。光のブーケが満開になる頃、川辺は人で賑わっていた。
「こんなの初めて!テレビでしか見たことないよ!」
「花火にも、こんなに種類があるなんて……」
シェリーは、ともすれば夢でも見ている錯覚に陥る。
翡翠と同じで、こうした行事に縁はなかった。じかに目にしたのはもちろん、花の形状をしていないのもあるということを初めて知った。可愛らしい幾何学模様や夏の果物、英単語……。職人達の腕とセンス、そして研究の賜物だ。
「花火もだし、翡翠の浴衣も綺麗。髪を結っていつもと違う格好だと、別人みたい」
「どう、かな?」
「大人っぽくて、でも可愛い。その髪、どうなってるの?」
「ああ、これはね──…」
複雑に編み込んで造花まで添えられた自身の頭を指差して、翡翠がシノとの支度を振り返って説明を始めた。ただし、花火職人に負けず劣らずシノもここぞとばかりに彼女の腕前を発揮したようで、翡翠も髪がどう結われたかはよく分かっていない様子だ。
明るい色が、よく似合う。もっと着れば良いのにと思う。
「私がシノさんと一緒の時、シェリー達はどうしてたの?」
「モモカは、輝真とインターネットを見ていたです」
「凛九と私は……」
「良いところ。だよな?シェリー」
おどけた調子で凛九が答えた。彼の目に、妹をからかう兄のような期待が見え隠れする。
頭上を夢中で見上げていた人々がざわつき出したのは、翡翠が彼の目論み通りの気色を覗かせた時だ。
「何なに、……」
「おい、あれ……」
「きゃぁあっ!!」
シェリーは翡翠の腕を引いて、移動基地へ駆け出した。
「凛九、さっき話した通りにお願い!」
「任せとけ!」
後方から、輝真の声がシェリー達を追ってきた。彼を引き止める凛九の叫びも。
「はぁ、はぁ、シェリー……あれは……」
「ロボットよ。手早く片付けて、今回は所有者も見付けるわ」
* * * * * *
移動基地のモニターから、シェリーは川辺の様子を探った。
大柄の青年達が互いに文句をぶつけながらもロボット達を人混みから話さ遠ざけていく見事な手際は、彼らの経験を実証している。
捕獲に長けた凛九と、防御なら右に出る者はいない輝真。特に輝真は、昨日の怪我がまだ塞がりきっていない。過程を見ながら念入りに手当てを続けているが、彼自身も傷を増やすまいとしているからか、その動きは未だかつてないほど慎重で、ロボット達に迫りながら着実に銃でそれらを弱らせていく凛九の補助を見事に務め上げていた。
「行ったぞ、輝真!」
「見ろ、このオレの最強の盾を!」
「ウリャウリャウリャァアアア!!!」
バンバンバンバン!!!
移動基地をゆるやかな速度で走らせながら、シェリーは川辺を遠ざかった森林に入っていった。
凛九の情報が事実なら、あのロボットらは、遠隔か同期かで、所有者の介入が入るだろう。弱らせて、且つ、壊しきることはしない。或いは他に端末が必要な機体なら、モモカのように、所有者はかなり近くに身を潜めているはずだ。
「でも、推測でしょ?あんな凶暴なロボットを持っていたって、ショウ達みたいな盗賊ならともかく……」
「盗賊よりタチが悪いわ。もしかすれば、西から出てきた悪魔かも」
「ええっ?!」
もちろん、それこそ根拠はない。だが、本当にシノ達の一件にまで関わっていたとすれば、悪魔呼ばわりくらいはしたい。
「ゥオリャァアアア!!!」
ピピピ──…
ピキピキ……ピーーー……
出現した全てのロボットが、凛九達の追撃で、バグを起こした。
シェリーは、移動基地から小型のドローンを放つ。装着したカメラの様子をコンピュターに映し出すと、ややあって、暗闇にうっすら見える植え込みの影で、獣にしては人間らしい動きを見せた何かがいた。
「何をしていたか話しなさい!」
「おーっと、逃げられないぞ、盗人さん」
シェリーは、ドローンの捉えた植え込みに隠れている何かに銃口を向けた。
性別も年齢も、暗くてはっきり確かめられない。しかし生命を感じさせる息遣い、存在感は、やはり獣にしては人間的だ。おそらくロボットの仕業にかこつけて何かしらの目的を果たそうとしていたその犯人を、今、四人が取り囲んだ。
「お……あ……あ……」
「こっちは暇じゃないんだよ。話す気がないなら──…」
「あっ」
「こっちから顔を見てやりゃあ!」
凛九が走り込んでいった。おそらく彼以上に痺れを切らせていた輝真も、あとに続く。
青年達が影に飛びついた時、シェリーは嫌な感じがした。これだけのロボットを操るような人物が、こうも呆気なく正体を暴かれるものか。
「待って、凛九!輝真!」
…………カリ。
ゴクン。
「…………」
それは、謎の人物が奥歯に潜ませていたカプセルを噛み潰した音だった。
毒を体内に流し入れた彼、或いは彼女は、喉を鳴らして数秒後にはもがき苦しみ初めて、凛九達の腕を振り払い、のたうち回った。みるみる顔から腐敗が始まり、感染を恐れた青年達がその様子を呆然と見ている間に、捕獲した人物は既に人間だったかも判別出来ないところにまで変わり果てた。皮膚は青紫色に染まって、脂肪をなくした上半身は、今に眼球が落ちてもおかしくないほどボロボロだ。
「いや……ぁ……ああ……」
翡翠が口を押さえながら、シェリーの胸に顔を埋めた。
シェリーは、凛九と輝真が靴の先で死体を転がし、その生態を見極めようとしている現場に目を遣る。
「こいつ……」
「耳が、尖ってる……」
悪魔は、本当にいるのだろうか。
だがシェリーには、ふにゃふにゃに腐った耳を見ても、中で骨が折れたように見えるだけだ。毒が骨まで腐らせて、耳のカーブをいびつにしているだけではないか。