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奪うか、奪われるか


 花火大会の翌朝。


 山へ回収作業に向かった村人達が、血相を変えて飛んできた。



「ロボットらが、消えました……教えられた麓には、何もありません……」


「死体泥棒ってやつか?問題ない。資材を使い回すつもりだろう」


「私も、それは考えたことがあります。でも……」



 ばらした資材の再利用には、最低限の知識がいる。そんな人物なら、昨日の件や、シノ達を狙った空き巣にも関係しているかも知れない。近くにいれば、また何か起きるのではないか。


 シェリーは昨晩を振り返る。


 ロボットの操り手は死亡、自害に用られたのは猛毒だった。遺体は腐敗して、解剖も断念を余儀なくされた。



 愛用の防護盾を磨いていた輝真が、手を止めた。



「そもそも、ロボットって何だ?」



 一同が、はっと輝真を注視した。


 それくらい、彼の疑問は突拍子もなかったのだ。


 ロボット達は、いつからか世界にとけ込んでいた。現代人らにとって、野生動物と大差ない。実態について、普段は考えようともしないはずだ。



「戦争中の兵器が暴走したものだって、歴史の先生は言ってた」



 翡翠が思い出す調子で言った。遠慮がちな様子からして、ほとんど彼女の教師の推測だろう。



「残念だが」



 今度は凛九が口を開いた。彼も、心なしか周囲の顔色を窺っている。



「暴走した兵器はごく一部だ。ヤツらの行動パターンで分かる」


「例えば?」



 翡翠が凛九に具体例を求めた時、シェリーにある可能性が浮かんだ。



「人間を狙うロボットと、村を荒らすロボット……」


「だいたい、正解。対人間のロボットは、確かに兵器だった。不具合による制御不能で、無差別攻撃に出るようになった。だが、後者は西の悪魔の手下というのが有力説だ」


「西で一匹残らずぶっ潰す!」


「兄さん達、西へ行くんですか?」



 輝真に対して、村人達が仰天した。


 どこの村でも、同じだ。シェリー達が西の悪魔を話に出すと、彼らは死地へ赴く人間でも見たような反応をする。



「危険は承知の上よ。それでも私は、悪魔と呼ばれているものの正体を突き止めたい。科学が悪用されているなら、止める。文明の進化は、本来、人に希望を与えるものでなければ」



 それに、西には両親が眠っている。

 どれだけ危険な場所であっても、彼らに会わずに、どう未来のことまで考えられるか。


 シェリーを横目に見ていた翡翠が、強い決意を思わせる目で、息を吸った。



「私は仇をとる。西に戦争の原因があるなら、同じように、大切な人を失くしたみんなの無念も晴らしたい」


「何はともあれ、まずは探すか」



 凛九が腰を上げながら、輝真に向かってにっと笑った。



「お前はプロポーズだっけ?西の悪魔をとっ捕まえたら」


「ああ」


「オレも今回は、シノの相談を受けて来ている。空き巣の尻尾も掴めていない。その上、残骸まで行方不明となっちゃ、白亜の暗部の面子に関わる。持ち去ったのが西のヤツで組織的な犯罪だったら、まとめて暴いてこらしめてやる」



 頷き合うシェリー達に、村人達も協力的な姿勢を示した。


* * * * * *


 捜索を始めてすぐ、シェリー達に通報が入った。


 駆けつけると、一軒の平家から、かしましい悲鳴や物音が聞こえていた。


 シェリーも翡翠も、住人に心当たりがある。


 扉を突き破る勢いで開けたのは、凛九だ。



「シノ!」



 常に合理的な判断を下してきたような大男が、同居人には目もくれないで、友人の側に膝をついた。シェリー達も遅れて敷居を跨ぐ。



 悲鳴の主は、シノだった。物騒な物音の正体は、言わずもがなだ。今は隅っこで呆気にとられている青年が、彼女に手を上げていたのだ。



 またか。


 そう言って呆れる村人達も、シェリーや翡翠が夫婦を事情聴取する場に立ち会った。




 壊れたロボットを運び出したのは、シノだった。例のごとく配偶者に無心を強要された彼女は、産業廃棄物という資源に目をつけたのだ。


 ただし、二人は盗品を持て余した。転売する手立てもなく、使い道を議論する内に、夫が暴力に出たのだ。



「それで、テメェは人を殴るのか」


「死活問題だ。俺達は明日飢えるかも知れない、病気にかかれば薬もいる」


「その死活とやらで、愛する女性を傷付けるのか!」


「っ、凛九……」



 凛九が何度も青年に詰め寄ろうとした。彼を殺しかねない目つきの友人を、その度に、シェリーと翡翠、輝真が押さえつける。



「感情的になってはいけない。話し合わなければ、解決出来るものも難しくなる」


「離せ、シェリー、翡翠。こいつはシノを追いつめ続けた、償わせる!」


「凛九さん、許してやりませんか?彼も苦労してるんですよ……」



 村人達が口を挟んで、よそから来た大男を宥めにかかった。


 力や理屈で解決出来ないこともある。


 そうした根拠が一同に青年を擁護させていても、村人達含めて、配偶者に横暴な振る舞いを向ける彼を見る目には非難が覗く。



「こいつや娘には、申し訳なく思ってる。だが、戦後のガキ時代を送った凛九さんらの世代なら、分かるだろう?正攻法じゃ、食っていけない」



 青年は、切迫している。


 村人達からは、同情的な声も上がり出す。昔は素直な少年だった。成人してからも真面目で、苦しい今を乗り越えれば、いつかきっと反省して、元の彼に戻るだろう。


 それが、年長者達の見方だ。



「くそっ……」



 凛九が苦しげに顔を歪めて、柱に拳を打ちつけた。



「シノは、姉妹みたいなモンだ。家族がそんな風に扱われて、憎くなるのは分かるよな?」



 やはりそれほどの仲だったのか。


 シェリーの中で、腑に落ちた。


 彼のシノへ向かう思いが、シェリーに翡翠を想わせる。積み重ねてきた時間に大差はあっても、友人のための彼の怒りは、シェリーにとって他人事でもない。


 翡翠の財布の一件を水に流せるかはともかく、シェリーは、シノに提案した。



「彼とは距離を置いて、しばらく冷静になる方がいい。実家はルコレト村かしら?」


「謝罪をすぐに信じちゃダメ。ロボットは見付かったんだし、これを機に、シノさんのことも考えよう」


「翡翠ちゃん……」



 クォぉォォォォオオオオ……



 シノが声を震わせた時、耳をつんざくような機械音が、一同をざわつかせた。


* * * * * *


 シェリー達は二手に分かれて、今の音の出どころを探した。


 どこからか出現したロボット達が、メインストリートの店並みを襲撃していた。


 屋台の多くが、既に営業を始めていた。せめて被害を最小限に抑えるためか、商人達が、手早く売り場を片付けている。


 ロボットらの数体が、駆けつけたシェリーと翡翠に気付いたようだ。


 翡翠が銃を構えて、シェリーは防護盾を向けた。



 ビリリッ。ガラガラッ。



 感電して倒れていくロボット達。防護盾に触れたそれらは、まるで強力な電気バリアに弾かれたようだ。



「シェリー、その盾……!」



 翡翠の視線の先には、孔雀の羽根も色褪せるだろう、華やかな盾。輝真から彼の愛盾の予備を譲り受けたシェリーは、細工を一つ加えていたのだ。



「輝真さんの盾は、同じ磁極が反発し合うように、触れたものを遠ざける。電気バリアを応用して、ショックを与えるようにもしたの」


「すごい、ロボットが再起不能だよ!」



 感嘆する翡翠の前方で、一人の女性が斧を振り上げていた。

 店が壊されるのを見過ごせなかったのだろう。だが、これでは敵を刺激して、被害が什器だけでは済まなくなる。



「待って下さい!」



 ズドォォォオオオン!!



 シェリーの制止に、翡翠の銃声が被さった。


 はっと振り返った女性に駆けつけて、シェリーは彼女の斧を握った右腕を引く。


 カタカタ……



「っ……」



 ガシャン!!



 シェリーが女性を庇って盾を向けると、ロボットの腕が吹き飛んだ。その肩口に硝煙を見て、翡翠が軽く飛び跳ねた。



「やったっ。防具なのに……壊しちゃった!」


「あの、有り難うございます」


「いいえ、お節介してしまって……。他のロボットも片付けますので、私達はこれで」



 シェリーは女性に一礼して、翡翠を連れて店を離れた。



 屋台はどこも壊滅していた。


 商人達は今しがたの女性と同じく、斧や角材、工具などを持ち出して、ロボットに立ち向かおうとしている。


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