凛九達と合流したシェリーと翡翠は、村人らを遠ざけた。
近くに不審な人影はない。ロボットらの奔放な行動パターンからも、昨夜とは別件で間違いあるまい。
「こういうのは、度々あるらしい。いい土地だからな。村を狙うロボットは、エネルギー資源を集めている」
「本当です?!」
モモカが凛九に食いついた。
地上からエネルギー資源が激減している原因として、以前から彼女は、それらを餌としている生物
がいるか、ロボットの仕業を疑っていた。
凛九が目で頷いた。
「確証はないが、白亜の暗部はそう睨んでる」
「せっかくプロがいるんだ、片付けてやるか!」
輝真が駆け出していった。
シェリーと翡翠も、至近のロボット達に注意を向ける。
機械特有の動作を続けるそれらは、自我を備えてもいるようだ。俊敏に地面を滑りながら、攻撃性に優れてもいる。
「翡翠っ!」
爆薬入りの銃弾を彼女に投げて渡して、シェリーは盾を構え直した。
バキューンッ!!ドゴォォオオオーーーン…………
複数のロボット達が火に巻かれて砕け飛ぶ。
シェリーは、翡翠と凛九の前に走り出る。
盾が、たった今までロボットだった鉄片と火の粉を跳ね返した。
三人から少し離れて、まだ活発な機体を回し蹴りしていた輝真がジャンプして、銃撃しながら一回転した。着地に合わせて彼が盾を構えると、凛九が唸った。
「最高の用心棒だな」
「もう少し落ち着いてくれていれば、申し分なかったわ」
「つまりシェリー達のお邪魔虫になりたけりゃ、あいつくらいの実力がいるのか」
「私は、シェリーと二人で旅がしたかったのに……」
軽く唇を尖らせた翡翠に、凛九が黒目を動かした。
「翡翠は、あいつ気に食わねぇ?」
「そうじゃないけど、友達でも優先順位があるっていうか──…」
「翡翠っ!」
バキュンッ!!
シェリーは、輝真を撒いてきた一体をレーザーガンで撃退した。青ざめた翡翠の腕を引いて、凛九に振り返る。
「他にもロボットが出ているかも、向こうの様子も見ておきましょう」
「おう!」
二人が頷いたのを見ると、シェリーは居住区へ向かった。
民家を抜けて、広場や並木道を見て回る。
こうして世界を眺める時、ふとした拍子に、目覚めたばかりの頃の感覚が、シェリーを襲う。
元々、ここはどこだったのか。昔の地名や当時の光景──…。もしかすれば知っている土地だったかも知れない。東部の慣れ親しんだあそこと同様、千年前とはがらりと変わり果てたのだろうとだけは、想像がつく。
カケルの家を訪ねた時は、今ほど深く考えている余裕がなかった。実感が湧いて、生きた心地が強まった分、世界の変貌ぶりが身に染みる。少なくとも千年前は、もっと道が整備されていた。高層ビルや商業施設も、たくさんあった。平屋に住むのは貧困層の人間くらいで、駅やマンションも当たり前にあった。
幸い、巡回を始めてからは、ロボット達を見かけない。翡翠達が他愛のない会話を始めた傍ら、シェリーは自分だけが別世界にでも迷い込んできたような錯覚に陥っていく。この疎外感とは、一生、付き合っていくのだろうか。…………
村を半周ほどしたところで、一同は安全を確認した。
念のため、シェリーはモモカのコンピューターで、ロボットの破片を探知機にかけた。
「反応はないわ。メインストリートくらいなら、輝真さんで片付くでしょう。シノさん達と、話の続きをしておかない?」
「賛成」
それから三人と一匹は、居住区へ引き返した。
シェリーは、神妙な顔つきの凛九をちらと見たあと、翡翠に視線を移す。
二人で旅がしたかった、と言ってくれた彼女は、友人にも優先順位があると続けた。他者への感情を比べたことなどなかったし、似た経験のないシェリーに参考となり得る前例もないが、彼女の言葉は胸をくすぐってきた。嬉しかった。と同時に、もし当初の予定の通り、今も彼女と二人きりの旅だったら……と、つい想像してしまう。
「凛九」
「ん?」
「親友と友達って、どんな基準で決まるかな?親友と家族……それに、恋人って、同じ愛情でも違うと思う?」
「お前みたいな天才に、意見を求められるとは」
「茶化さないで。真面目に考えているのに」
もしも、家族の絆を超えた何かがあったとする。シェリーにとってそれが翡翠なら、期待する反面、怖くもなる。
「知らないことを知ろうとするのは、当たり前だった。けれど、感情って、自分を実験台にするのがこんなに勇気のいるものなのね」
「いきなりだな、オレのせい?シノは特別、手がかかるからな。普通は、もっとゆるくて問題ないぞ」
「そうじゃないの、私が知りたいのは、その……」
シェリーは、凛九に対して首を横に振る。
彼に相談したところで、困らせるだけだ。仮に回答を得られても、シェリーの意思とは別物だ。
分かっている。
だが、聞きたい。こんな思いに振り回されるのが普通か、それとも自分がごく稀なのか。
シェリーは、翡翠の言動に一喜一憂する。彼女に褒められる度、凛九や輝真、モモカにもいだかなかった感覚が押し寄せてくる。
彼女を特別に思う衝動。
自分を良く見せたいと意識する、緊張感。…………
「うーん、難しい」
つとシェリーが翡翠を見ると、彼女が眉根を寄せていた。彼女ほど素直でもその答えを持ち合わせていないなら、これは、ひょっとすれば難問だ。
そうしたことを考えていると、一陣の風が、シェリー達を突っ切っていった。