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繋ぎ止めていたいもの


 シノ達の持ち出していたロボット達が、自動修復プログラムを起動していた。


 モモカが一家を外へ誘導している間に、シェリー達はそれらの対処に回った。



「ダミーシステムだわ。操り手がいなくなっても、自動で再起動する……。先史時代の記録だと、主に防災装置に搭載されていた。発動条件は、大概、所有者に身の危険が起きた時!」


「何のために……」



 ダダダダダッ!!



 翡翠の声を、凛九の連射が遮った。


 シェリーは、彼の銃弾をかいくぐってきた数体を盾で迎えて、レーザーガンの引き金を引く。



「翡翠!」


「オーケー!」



 翡翠の一撃を受けた機体が被爆した。至近にいた数体も、巻き添えになる。



「最初から完全に殺ってれば……くそっ、……」


「私の読みが甘かったの。あの作戦じゃ、あなたが責任を負うことない」


「今度こそくたばらせてやるぜ!」



 悔しげな顔を引き締めて、凛九がロボットに銃口を向けた。飛びかかってきた数体を肘で飛ばして、機体の関節に銃を撃つ。



「凛九、これ使って!」



 シェリーは、盾で敵の進路を操作しながら、仕掛け付きの銃の予備を彼に渡した。



「始末つけてやる……!」



 バキューン!!ダダダッ……バンッ!バンッ!



 百発百中の命中率が、ロボットらを爆破していく。


 悔しい、と、翡翠が凛九に恨めしげな目を向けている。



「あの弾は、私の専売特許なのに……」



 その時、銃弾を逃れてきた一体が、シェリー達の隙間をかいくぐっていった。全速力で足のタイヤを転がして、扉へ向かう。



「モモカ達がまだ近くにいるはず──…」



 屋内のロボットらが全滅するや、凛九が外に飛び出した。


 シェリー達も彼らを追う。


 すると、案の定、村人達の避難している方角を目指すモモカとシノ、そして彼女の家族の姿があった。


 逃走したロボットが、一家に向かって滑走している。



「モモカ!急いで!」


「え……です?」



 モモカが振り向く。と同時に、ものすさまじい速度で向かってきた一体に気付いた彼女が、大慌てで一家に呼びかけた。



「シノさん!家族のお二人も、急ぐのです!」



「くそうっ、間に合うかよ……!」



 ダダダッ!!



 凛九の銃弾がロボットを追う。彼が通常の銃を構えたのは、おそらく、ミサ達が爆発に巻き込まれるのを避けてのことだ。



 バキューーーン!!



「ダメッ、遠くて、レーザーだと威力が……!」



 騒ぎを不審に思ったのだろう、シノが顔を向けてきた。彼女の視線のすぐ先に、逃走中のロボットが接近している。青ざめた彼女が娘の手を引いた。幼い身体を半ば無理矢理引きずって、走る速度を上げる彼女。


 一家は、消耗していた。対してロボットは疲弊知らずだ。



「ぁ、ママ……」



 シノの娘が、ついに駄々をこね出した。もう走れない。足が痛い。そう言って泣き出した彼女が、小石につまずく。



「シノっ!!」



 凛九が前方にジャンプした。



 タダ!ズルルッ……



 彼がロボットに身体をぶつける。



 ゴトンッ!!



「ぉらァァアアアッッ!!」


「ッ?!!」



 ロボットの肩を覆っていた鉄材が剥がれ落ちた。その音に反応したシノが、またぞろ振り返る。ロボットと揉み合う友人に動揺の顔を見せて、ついに彼女が足を止めた。



「行け!!」


「っ、……」



 凛九がロボットを羽交締めにして、シノを促した。


 彼女は、娘の手を握り直すと、彼らから遠ざかっていった。


 シェリーは、凛九にロボットの進行方向を変えるよう叫ぶ。このまま三人で追いつめれば、今度こそ仕留めることが出来る。


 だがロボットは、大男の鍛錬した腕を薙ぎ払った。拘束を逃れた鋳鉄色の怪物は、自身を妨害していた彼の腕に噛みついて、自身の腕を巻きつけていく。カチャンカチャン、と不穏な音を立てながら、鉄の部品が、固定した腕を締めつけ出す。



 ブォオォォォン……



 ロボットの口がドリルを出した。もの凄まじい速さで回転する鋭利な凶器が、凛九の腕に迫っていく。



 ザシュッ……



「アアアッッ」




 ドリルが、凛九の二の腕から肘にかけて引き裂いた。血飛沫が飛ぶ。ぼたぼたと赤い塊が、彼らの足元に降った。



「凛九!」



 シェリーからレーザーガンを引ったくって、翡翠がロボットの頭を狙った。だがロボットは、見事な反射神経でそれをかわして、凛九に馬乗りになった。肉のむき出しになった彼の利き腕を、自身の重みで圧迫する。真新しい血液が、白い地面をひたひたと染める。



 バキュンバキュンッ!!パァァァァン!!



 爆薬を使えば凛九を巻き込む。従って、シェリーと翡翠は、弱りながらも獲物をいたぶるロボットに、何十という銃弾と光線だけを撃ち込むしかない。



 シュパッ……ザクッ!!



「っ……!ァッ……」



 ドリルが凛九の肩をなぶった。そして最後の力を振り絞るようにして、ロボットが、彼の鎖骨から胸の上を縦に裂いた。



 ややあって、シノが引き返してきた。


 ロボットは、虫の息だ。


 モモカ達が引き留めるのも聞かないで、彼女は友人を呼びながら走り寄ってくると、何かに憑かれたように泣き出した。


* * * * * *


 シェリーは凛九の手当てに入った。


 ロボットは、獲物を体内まで破壊していた。衣服をはだくと、外傷だけでもむごたらしい。意識があるのが不思議なくらいだ。


 メインストリートを片付けてきた輝真が、現場に着くなり仰天した。


 彼は、まず友人達を疑った。悪ふざけにしては、悪質だ。もっと楽しい冗談を言え。それが彼の主張だったが、隣村まで町医者を呼びに行った村人達や、不自然に散らばったロボットを見て、状況を受け入れた。



「いや、嘘だろやっぱり……凛九さんって、あの最強で評判の……」


「凛九……何で……あなたがっ……」



 茫然とする輝真の足元で、シノが血まみれの友人に縋りついている。


 止血の布も、すぐに包帯の役目をなさなくなる。


 シェリーは、今にも気を失いそうな翡翠をモモカに任せて、医者が来るまでの凛九の処置に専念していた。



 村人達の報告によると、近辺の残骸から、粉々になった硬貨や、家電の破片、理髪の薬剤だったと見られる液体が出てきたらしい。


 あのロボット達には、何がプログラムされていたのか。


 西の悪魔と繋がっていた可能性もあれば、所有者がいても人間に攻撃的だったところから、兵器だった可能性もある。少なくとも凛九と相討ちになった個体は、シノら一家を襲おうとして、彼は排除すべき妨げになった。



「西の悪魔の手下なら……エネルギー資源だけを狙っているんじゃなかったの……?」



 そんな都合の良い話もない。


 ロボット達は、目的のための手段を選ばない。


 だから確証が持てなかったのだ。あれらの狙いが人間か、物資か。


 だが大方は、かつてのモモカと同じだ。彼女との決定的な違いは、エネルギー資源を集めるための完全な道具というところにある。感情教育プログラムの搭載もない人工知能が、人間達に忖度しない。



「最後に、いいか……」



 深い喪失に引きずり込まれていくシェリーを、凛九の声が引き止めた。



「何言ってるの!最後にならないように、手当てしているんでしょ?」


「分かってるだろ……間に合わねぇの……」



 弱々しげに笑う凛九に、シェリーは何も受け答えられない。



「シノ」



 凛九が彼女に視線を移した。



「お前の、旦那に、言ってやれ。犯人、仇、討ってやった……って……」



 シノ達を地獄へ突き落とした元凶を、凛九も確信したようだ。


 仇は討てても、失くしたものは戻らなかった。代償も大きすぎる。


 失意に顔を歪めるシノに、凛九が続ける。



「人間は、自分が大事だ。だがな、……大事な自分にとって大事なヤツを、我が身だと思って守ることも、あんだよ。それが出来なきゃ……」


「うっ……ぐすっ……」


「その程度の、思い、だ」



 シノは、熱に浮かされたように謝罪を続けている。


 ロボットを持ち出さなければこんなことにならなかった。あれらが動き出したのは、きっとシノ達に対する罰だったのに、何故、よその村の友人達がとばっちりを受けたのか。どうしようもない自分なんかを逃すために、何故、凛九が犠牲になったのか。



「ごめんなさい……私、……こんなこと、ぐすっ……私が悪いの……ひくっ……」



 シノにとっても、凛九はかけがえなかったのだろう。その相手を看取るというのは、どれだけ耐え難いだろう。まして自分の行動の招いた危険が、彼の命をおびやかしたのだとしたら?


 シェリーは、いたたまれなくなる。



「そんな顔、すんな……シェリー……」


「どんな顔、してた?」



 シェリーは、苦笑いする凛九の片手を撫でて、握った。



「泣けよ」


「…………」


「オレのため、じゃ、ないぞ。無理すんなって、ことだ。お前、弱音吐かねぇ、から、……翡翠や輝真に、心配かけるぞ……これから……」



 凛九は、ヒロタ達のことでも思い出しているのだろうか。


 シェリーを咎めるような言葉つきの彼は、どこか遠い場所を見ている。


 仲間で、そして大切な友人を守るために、彼は強く気丈でなければいけなかったのだろう。シェリーがしくじりを恐れているのと同じくらい、いや、きっとそれ以上に。



「お前の友人は、……家族は、翡翠だ」


「…………」


「昨日の、ちゃんと、渡してやれよ」



 からかう調子で凛九が笑った。


 シェリーは、こんな笑顔を知っている。日々の生活も精一杯だった昔、シェリーが遠目に見ていたような年頃の少女達は、恋だの友情だのに並々ならぬ熱意を注いでいた。彼女達は、幸福な友人の姿を見ると、茶化して照れさせるようなこともしていた。当時のシェリーには、あまりにも遠い日常だった。眩しくて羨ましかった。


 凛九の雑な冷やかしに、いつもの翡翠なら食いついたかも知れない。何の話か詮索して、兄と姉の内緒話に加わり損ねた末っ子のように、彼女は口を尖らせただろう。


 だが、翡翠はただただ震えている。



「オレの願いは、お前、に……」



 それきり凛九は話さなくなった。


 ただ眠っているだけに見える、穏やかな顔。なんて呑気なのだろう。



「凛九……」



 シェリーは、シノの肩を抱き寄せる。自分の顔を隠す何かが欲しかった。悲しみを分かり合える彼女なら、この悲しみを、彼女の影にそっと隠せる気がした。



 愛おしい日々も大切な人も、何故、永遠ではないのか。


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