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壊れるのは、いつでも簡単で


 白亜の暗部のメンバー達を乗せたトラックが、中部の村に到着した。凛九は、息を引き取っていた。


 ヒロタやデュースが彼の遺体を運び入れて、隊員達が状況を確認している間に、シノは泣き止んでいた。


 悲観的だった彼女の目には、決意の光。卑屈だった青年も、心なしか目つきが違う。



「シノを村から連れて出る時、俺は凛九さんに啖呵を切った。こいつの幸せは一生守る、と。そのために、俺はそれまで以上に働いた。だのに、あのザマだ。真面目で正直なヤツが損をする。努力が踏みにじられるなら、考えも変わるだろう?」



 若い男は泣いていた。彼の怒りは、何より彼自身に向かっているのか。


 一度の挫折で、愛する女性を苦しめた自分と、友人だからと命を擲ってまで守った凛九。どちらが幸福だったのか。


 村人達が、死亡者の出た一同を遠巻きにして青ざめていた。


 彼らの前で、青年が最愛の女性に頭を下げた。


 愛してる。今までのことを償わせてくれ。


 そう言って心を入れ替える意思を示した夫に対して、晴れやかな顔のシノが首を横に振った。



「娘を連れて、出て行きます」



「シノ……!」


「あなたの気持ち、嬉しい。でも私は罪を犯した。私があなたを愛していたせいで、大切な幼馴染に心配をかけて、最後まで、彼の友情に何も返せなかった。彼に心配をかけない自分に、なるの」


「…………」



 お互い強くなって、私達もう一度、出逢いからやり直しましょう。



 シノは、こうも続けた。


* * * * * *


 シェリー達は、東部に向かった。


 ヒロタやデュースを始め、白亜の暗部のメンバーらの数人が、すし詰め状態のトラックから、移動基地に乗り込んでいた。


 オートで運転が進む間、シェリーは燃料の調節を口実にして、操縦室にこもっていた。締めきった扉の向こうから、翡翠やヒロタ達の会話が聞こえてくる。



「西の悪魔を倒したら祝ってくれる、約束だったのに……。こんなに早く、ルコレト村にまた行くなんて、思わなかった」


 翡翠は、さっきより気を持ち直している。久し振りに会う友人達に、輝真との出会いを説明したりもしている。



「それにしても、何で、輝真さんみたいな人が西へ?ご両親は健在で、農家もお持ちで、恋人まで」


「その彼女さんに、まだ交際をオーケーしてもらえてないからです。彼女さんに惚れ直させたくて、輝真は英雄になるんだよね?」



 翡翠が茶化すと、ヒロタ達も初対面の青年を冷やかした。色男、という野次に、どっと笑い声が続く。



 どうすれば、あんな風に、感情をコントロール出来るのだろう。


 シェリーは思う。身近な人間の死に対して、自分はあまりに耐性がない。翡翠やヒロタが麻痺しているわけではないにしても、元いた時代は、今ほど死が身近ではなかった。戦争など無縁で、人口減少や謎のロボットも、誰に予想出来ただろう。自分が病魔に襲われるまで、シェリーの知る苦しみと言えば、せいぜい貧困くらいだった。


 両親が亡くなって、凛九まで失った。目覚めてから多くの人間と関わってきて、中でも彼は特別だった。初めは利害一致の関係だったが、シェリーは彼の人となりを知って、中部で、彼の人情深さを再確信した。ヒロタやデュースが仲間という絆を超えて、親友のように慕っているのも頷けた。


 昨日の今頃、急な再会に驚いて、喜んだ。冗談を言い合う時間も過ごして、共に戦ってもいたばかりなのに。…………



 身が震えた。


 この世界は、日常も命も、簡単に終わる。



 悲鳴に近い翡翠の声と、けたたましく鳴るノックの音が耳を打つまで、シェリーは彼女の来室に気付かなかった。



「シェリー!シェリー!」



 慌ててシェリーは扉を開けた。


 主人の帰りを待ちくたびれていた仔猫のように、翡翠が胸に飛び込んできた。彼女の顔を覗き込む。黒目がちで大きな目に、不安と混乱が浮かんでいた。



「良かった……シェリー、返事がないから……」


「考え事してて……」


「そうだ、それでね、この移動基地、進行方向が不自然で……」



 どこへ向かっているのか。


 そうした疑問が、翡翠とモモカ、輝真、そしてヒロタ達の間に浮かび上がったという。モモカが地図を広げても、ルコレト村への推奨経路にヒットしない。


 そこまで聞くと、シェリーは窓の外を覗いた。


 来た道を引き返しているにしては、確かに、見覚えのない眺めが続いていた。


 急遽、ナビと照合した。すると、移動システムに、行き先を誤入力していたことが分かった。



「こんなに珍しいこと、あるんだ。シェリー、無理しないでね?私に出来ることがあるなら、言って。休んで」


「有り難う。こんなに人数乗せるの久し振りで、緊張しちゃったみたい」


「違うでしょ」


「…………」



 シェリーの脇を通り抜けて、翡翠が操縦室の二人がけのシートに座った。


 彼女が特別に鋭いのではない。シェリーが、彼女に嘘をつくのが下手になったのだ。



 シートに戻って、シェリーは翡翠に肩を並べた。


 現在の位置確認がとれるより先に、外を中継しているモニターに、村が映った。


 村は、景観で言えば要塞都市だ。

 直線とコンクリートが構成していて、シェリーの知るどこより近未来的で、外部の者を容赦なく拒絶している感じがある。


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