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要塞の土地、フ=ヌェ集落


 リビングでは、輝真達が話し込んでいた。


 そこでシェリーは、至急、調べたフ=ヌェ集落の概要を、彼らに知らせた。



「私としたことが……。時間をロスして申し訳ないわ」


「気にするな。トラックのヤツらも、付いてきてるってことは、気付いてない。みんな、平常心失くしてんだ」



 ヒロタ達の労わるような目が、シェリーに集まる。どの目の奥にも、言いようのない悲しみが覗いている。



「有り難う。方角修正したから、今度こそ、レコルト村まで三十分」


「ここは本当に集落なの?工場跡とかじゃなく?」



 翡翠が小窓を覗いて言った。


 無理もない。

 フ=ヌェ集落は、ほとんど戦火を免れてきた要塞区域だ。

 住民達は、地下にこもって暮らしている。シェルター内には貯蔵庫もあって、数十年分の兵器や食糧が蓄えられているという。供給源は、出稼ぎをする若者達だ。人口は少なく、これだけあれば、飢えもしない。おまけに外部の干渉は例外なく受け入れず、ロボットによる被害の記録もない。



「大昔で言う、鎖国だな」


「けどよぉ、シェリーさん。こんな時に何だけど、寄り道した方が良くね?」



 唐突に輝真が言い出した。


 彼に、ヒロタやデュースも頷いている。



「それは俺らも、凛九を早く村に連れ帰ってやりたいけどさ……」


「燃料カツカツだろ?気のせいか、この移動基地も、動きが鈍くなってる感じがするんだな……」



 デュースが気まずそうな顔を見せていた。彼の奥二重の目が、翡翠の肩越しに外を覗く。



 確かに、さっきからほとんど景色も変わらない。燃料不足の自家用車でも、もっと速い。



 その時、ヒロタの通信機が鳴った。


 トラックにいる白亜の暗部のメンバー達から、ミーティングの要請が入った。


* * * * * *


 合流した一同は、今日これからの行動を見直した。その結果、一旦下車して、資源を収集することにした。


 シェリー達は、奇妙なくらい静まり返った近辺の散策を始める。


 このコンクリートの箱の下に、本当に人間がいるのか。彼らは今も、資源を無心する侵入者達などものともしないで、安全圏で過ごしているのか。



「シェリーの分は、モモカが働くのです。少し休んでおくのです」



 さすがは優秀な人工知能だ。


 彼女の厚意に救われるような気がしながら、シェリーは首を横に振る。



「私だけゆっくりしていられないわ。疲れてもいないのに」


「いやいや、こんなに肥えた集落、シェリーさんのお陰で見付かったようなものだ。エネルギー資源探知機、さっきから鳴りっぱなし。これだけあれば、白亜の暗部も、しばらく対価を負けられます」



 ヒロタが口を挟んできた。彼に続いて、輝真の顔がひょっこり覗いた。



「負けるのはもったいないですよ。オレだったら、蓄えとくぜ」



 さすがは、盾以外ほぼ手ぶらで旅してきただけのことはある。交渉術なら白亜の暗部に引けをとらないだろう輝真の得意顔に、ヒロタが困り気味に返す。



「仕方ないんですよ、輝真さん。ルコレト村は、裕福じゃありません。だのにあの人達も、俺らを助けてくれますから……」



 二人の会話を聞きながら、探知機の反応を追っていたシェリーの脳裏に、つと、ミサ達の顔が浮かんだ。

 父親を亡くしたあの母子は、元気に暮らしているだろうか。あれからまた、ロボットの襲撃に遭ったりしなかっただろうか。…………



「何をしている!!」




 凄みのある声に続いて、銃声が鳴った。


 突如現れた男性が、シェリー達に大砲を向けていた。火薬を匂わせる銃口から、今しがたの硝煙が昇っている。



「っ、はぁ……」



 数メートル先に、シェリーは盾を構える輝真の姿を確認した。過剰装飾の防護盾からやや離れて、獲物を仕留め損ねた砲弾が転がっていた。


 状況整理の暇もなかった。



 ダダダダン!!ダンッ!ダンッ!!



「くっ……」


「翡翠っ!」


「シェリーさん!」



 翡翠を庇ったシェリーの前に、ギルド隊員達が壁を作った。輝真から盾を受け取って、ヒロタが攻撃を跳ね返す。轟音が続く。


 薄目を開けて前方を見ると、地面に穴が空いていた。



「盗ったモンの金は払う、すんません!謝りますから!」


「たわけ!!」



 ダダダダダ!!!



 タタッ。



 シェリーと翡翠、ヒロタ達は、間一髪で二手に分かれた。両者の間を砲弾が走る。


 男性は、まるで害虫でも駆除している時の剣幕だ。この徹底した警戒姿勢で、戦火を逃れてきたのだろう。



「おかしい」



 翡翠がつと呟いた。



「え?あっ、翡翠……」



 シェリーから、掴んでいた翡翠の片手が抜け出ていった。



 バンバンバンッ!!



「グォっ?!!」


「シェリー!!」



 翡翠の声に振り向くと、フ=ヌェ集落の男性が、足首を庇ってうずくまっていた。


 彼女の手には、愛銃。



「あの男を捕まえて!」



「っ、……」



 翡翠らしからぬ容赦のなさだ。


 シェリーは、彼女に従う。



 西へ行くか、引き返すか。戦うか、逃げるか。


 いくつもの選択肢が頭をややこしく巡っていても、今は動かなければ。



 シェリーは大砲に狙いを定めて、男性の手元の引き金を壊した。そして、輝真ら数人に、敵の気を引いておくよう指示して、移動基地へ駆け出した。


 モモカがシェリーのあとに続く。



「どうするのです??」


「方法は、いくつかある。さっきの男……耳が……おそらく翡翠は……」



 昨夜は、暗がりだった。毒による腐敗も判断要素をぼかしていたが、今しがた、シェリーは彼女らの着眼していた奇形の耳を、この目で見た。



「昨夜の襲撃者。あいつが仲間なら、今度こそ敵の尻尾を掴める。彼はフ=ヌェ集落の住民じゃなくて、侵入者よ」


「さっきの翡翠の一撃で、ヤツはほとんど動けなくなったです。捕らえて、たっぷり吐かせてやるです!」



 モモカに頷いて、シェリーは移動基地に駆け込んだ。


 武器庫の扉のノブを握る。それを回しかけた時、つと、シェリーは全身から力が抜け落ちていくのを感じた。


 外が静かだ。


 念のためモニターを確認すると、男性を羽交い締めしている隊員達と、彼の口をこじ開けて、喉の奥まで覗いている輝真が見えた。



「輝真さん、抜かりないのです。毒が仕込まれていないか、見てるのですね」



 それから、モモカの視線がシェリーに戻る。



「シェリー?……早く、縄を」


「ダメ……」


「え?」


「…………」



 握った手が、動かない。


 研究職に全てを賭けていた頃も、ここまで限界を覚えたことはなかった。大きな仕事が落ち着いて、助手達の数人が燃え尽きた時も、シェリーは次の段階に向けて、前のめりに働き続けた。それが辛いと感じることもなかった。


 こんな迷いは、初めてだ。


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