シェリーは、迷っていた。
あの男性を捕獲して、何になるのだ。本当に人外の血が通っているか、尖った耳に由々しき秘密があったとする。それで自分に何か出来るのか。
西には、両親が眠っている。だから旅は続けるにしても、悪魔の正体まで暴く必要があるのだろうか。何をしても、彼らは戻ってこないのに。
「モモカ」
「…………」
「千年前、こんな世界だったっけ」
「いいえ、です」
「あの凛九にも、絶対なんてなかったわ。翡翠や輝真さん達にだって、都合のいい未来だけ待っているとは限らない。私達、安全に暮らした方が、いいんじゃないかな」
「シェリー……」
西の悪魔が科学を悪用しているなら、それを止める。科学は、世界に希望をもたらさなければいけない。
翡翠と一緒にいる理由が欲しい。自分との旅を望んでくれた彼女の提案は嬉しくて、彼女の無念を晴らすためにも、必ず勝つと決意した。輝真の恋も成就させたい。何よりシェリーは、自分が千年眠り続けた元凶として、漠然とした正体不明の悪魔の起こした戦争だと、未だ納得していない。晴らすのは、自分自身の無念もだ。
それでも、それは、常に死と隣り合わせになってまで、実現しなければいけないか?
「シェリー!!」
突然、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
ガタゴトゴトゴト。
バキューーーン!!バンッ!バンッ!
「っ……」
振り向くと、外には一体のよろけたロボット、そして翡翠がいた。
彼女の追撃がなかったら、侵入して──…むしろこの設備こそ狙いだろうロボットは、シェリーを襲っていたかも知れない。
「シェリー!銃を!翡翠は外へ!」
モモカが簡易バリアを展開した。
シェリーは、条件反射的にレーザーガンをロボットに向けて引き金を引く。
バキューーーン!……バンッ!!
二発目で、獲物は完全に停止した。
だが、いつまで、本当にいつまでこんなことが続くのか。
「やっぱりあの時、私は……」
生きるために努力して、抗って、その先に、何が待っているのだろう。
シェリーは、目の前が急に霞んでいく感覚に引きずり込まれる。
「そんなもの、もっと単純で、……!」
……ズドーーーン!!!
強い揺れが、モモカの言葉を打ち切った。
その直後に聞こえてきた、翡翠達の声と銃声。
シェリーが外に飛び出すと、わらわら集ってきた鋳鉄色の群れを、輝真達が追い払っていた。彼らを切り抜けてきた個体を、翡翠が迎え撃っている。
* * * * * *
生きる理由を失くしたシェリーが、未来に対して消極的だった頃、それを埋め合わせるようにして、翡翠が手を引いてくれているようだった。病を斃した注射薬は、彼女なしでは手がかりにありつくことも出来なかっただろうし、ようやく手にしたそれが失われようとした時も、彼女がシェリーに生きて欲しいと涙ながらに訴えてきた。
そして、今また──……
ドドドドドッ!!バンバンッッ!!
ロボット達は、移動基地を集中的に狙っている。セキュリティシステムも節電モードに切り替わった今、翡翠がバリアの役目をしていなければ、とっくにそれらの手に落ちていた。何十という銃弾を放って、手が足りなければ鉄製の敵を蹴り上げる彼女。その姿は、つい最近まで震えてばかりいたとは思い難い。
「翡翠っ!逃げて!怪我してるじゃない!」
「すりむいた、だけ……はあっ、バリアが展開しないならっ……くっ」
バンバンバンッ!!
「力で止めるしかないもん!」
「翡翠!あなたまで危険に遭わないで!」
「シェリーを守るの……絶対、通さない……!」
翡翠の判断は、自然だ。彼女の目から見ても、今の移動基地は無防備すぎる。
さっきの男性がこのロボットらの所有者とする。おそらく発動原因は、主人の捕獲だ。シノらの村でも、所有者の危機が、ロボット達のトリガーだろうと考えられた。
「シェリーさん!」
近くにトラックが滑り込んできた。
運転席を降りたヒロタが、後部荷台枠の扉を開けた。彼が運び出したのはトランクだ。中には、大小様々な砲弾が詰めてあった。
「白亜の暗部の最終兵器だ。やつらに内蔵されてる精密機器を内部から壊す」
「電気ショックの類?」
シェリーが問うと、ヒロタが頷いた。
「簡潔に言えば。受け取ってくれ」
「対価は、今、蓄えがあまりなくて……」
リーダーが不在でも、白亜の暗部は健在だ。彼らが最終兵器を外部に提供するとなれば、相当の対価が必要だろう。
シェリーが逡巡していると、ヒロタが神妙に口を開いた。彼の顔に、やるせないような感情が覗いている。
「見返りは、いらない。これは凛九のものだった。あいつの分まで、世界に広がる理不尽を阻止してやって……くれないか」
「…………」
シェリーは、何が正解か分からなくなる。
何もかも放り出せば、ここでの危険は逃れられる。
だが、本当に、それでいいのか。翡翠の繋いでくれたこの命の存在意義と、凛九の守りたかったもの。輝真の夢や、ヒロタ達の信念。
逃げれば、消える。
「生きたくても生きられない人がいる。だから生きろ。……そういうの、本人以外が決めることかな、って反発を覚えることもあった。昔の私は。諦めるという選択肢だって、理由や覚悟がいるから」
「負担になるなら、悪い」
シェリーは、首を横に振る。そして、ヒロタからトランクを受け取った。
温かい。エンジンの熱を受けていたからだろうが、持ち主の体温を思い出す。
「あの通り、翡翠は私を守るためなら、自分が怖がりだったことも忘れる。私には世界を守れるような力も、経験もない。でも彼女に無茶をさせないために、うじうじしていたら、ダメね」
ヒロタが笑った。彼の足元から、モモカの顔がひょっこり覗く。彼女の手には、銃が一つ。
「これなら、もらった弾に合うはずです。あいつらを、こてんぱんにしてやるのです!」