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抗う意思と、侵略者の謎かけ


 翡翠の銃が、正確性を失くしていた。


 乱射が命中率を上げているだけで、彼女の消耗は明白だ。息を乱して、敵の進入を断固として防ぐ彼女。疲れとは無縁のロボットが、今また彼女に襲いかかる。



「翡翠っ!!」



 バババンッ!バンッ!!



 彼女を後方に下がらせて、シェリーは間近の機体を狙った。手首が発砲の反動を受けたと同時に、命中した一体がよろけて倒れた。



 ジー……ジジ。



 不自然な機械音が薄れていった。


 だが、次の機体がシェリー達に急接近する。



 パァン!バン!ズドォォーン!!



「はぁっ、く……」


「翡翠、休んでて!」


「たまには、いいとこ、見せ──…はぁっ、……」



 バンッ、バンッ!



 頑なに応戦を続ける翡翠に並んで、シェリーはまだ慣れない銃弾を放つ。



 そうして、全ての機体を倒しきった。


 何がロボット達の致命傷になったのか。それは様々だ。ただ、二発以内で倒れた多くが、白亜の暗部の最終兵器で、バグを起こしていた。



「シェリーさん、翡翠さん!」



 輝真やデュース達が駆けつけてきた。彼らのいた周辺にも、鉄の残骸が散らばっていた。


* * * * * * *


 捕らえた男性を移動基地に乗せて、シェリー達はフ=ヌェ集落を発った。


 道中、彼の四肢を拘束したまま轡を外して、五人と一匹は尋問を試みることにした。



「あなたが何者か。吐いてもらわなければ、乱暴な手に出ることになる」


「フンッ、身勝手なこった。これだから人間は──…」


「あなたは人間じゃないの?」



 間髪入れず、翡翠が新たに問い質した。


 見れば見るほど、男性は、奇妙な印象をシェリーに与える。どこがとは説明し難いが、各パーツの配置のバランス、表情、頬の筋肉──…不自然だ。


 血色の悪い唇が、軽い痙攣を演じながら、また開く。



「殺せ。な、殺せ。いつ、まで、待ってみろ。わたしは喋らん!」



 それは、供述の拒否だ。


 シェリーは、モモカに運ばせてきた注射器の針の先端を、男の皮下に沈めていく。



「ぬぅっ!」


「あなた達がロボットを使って奪っているのは、エネルギー資源。間違いないわね?」



 ちゅー……ピリッ。ピリッ。



「ぐぁぁっ!!」


「目的は、資源の独占?或いは、もっと大きな計画がある?兵器の運用、開発か……まさか、戦争?」



 考え得る推測を並べ立てる内に、シェリーは怒りに近いものを覚えていた。


 もし敵にどうしようもない事情があっても、忖度出来ない。凛九は命を散らしたのだ。彼を除いても、犠牲は大きい。  



「あなたを捕獲したあと、ロボットは稼働した。それは、非常時に備えて、あれらにダミーシステムを仕込んでいたからね?」


「ああ……あ、ああ……」



 ぎょろりと目を剥いて頷く男性。


 シェリーは、最初の質問を再度出す。名前、出身地、職業──…。ほぼ全ての質問に、彼はさっきと異なる回答を口にした。



「今のは、自白剤……!」


「さぁ、次は、あなたの背後にいる組織のことを教えて」



 男性が目を見開いた。


 この反応も、肯定と見て良いだろう。



「貴様、この輝真様になぶられたくなきゃあ、だんまりはなしだぜ?!」



 輝真が男性に威嚇して、指を鳴らした。



「…………の、…──だ」



 初めて、男性の顔に諦念が浮かんだ。


 脅迫か薬品、どちらが彼をそうさせたのかは分からない。


 薄く黒い唇が、再びぎこちなく動く。



「お前達は……終わる。我々の……の、ために、……」


「はっ?」 



「我々、の……消耗品、ダ!!お前達も、我々ノ、故郷を生かシテイル──…も、アレも、ソレも、吸い尽くス、のダ!!」



 不気味にからから笑った男性は、それきりぐったり項垂れた。



「っ、……」



 シェリーは、二本目の自白剤を持ち出す。それを投与しようとした時、針の先端に何かが触れた。位置を誤ったからか、引っかかって沈まない。


 デュースが男性の心臓に耳を当てた。



「心拍、停止だ……」


「……?!!」



 シェリーは脈を確かめる。


 今度こそ、皮膚の奥に硬い手触りがあった。


* * * * * *


 耳の尖った男性は、手首に人工血管を埋め込んでいた。さしずめペースメーカーと同じで、彼も何か患っていたのだろうか。


 シェリーは遺体から血液と細胞を採って、墓場に降りた。そして彼を埋葬した。彼の蘇生は困難だった。



「自白剤は、死因とは無関係です。人工血管の充電切れです」


「そう。有り難う、モモカ」



 シェリーは胸を撫で下ろした。


 あの男性がどんな悪人でも、結局、シェリーに制裁の資格はない。


 とどめを刺したのではなかったという確信に、安堵したのだ。



 男性の霊に別れを告げて、シェリー達は移動基地に戻った。


 エンジンが温まるのを待つ間、ヒロタやデュースが神妙に眉根を寄せていた。翡翠や輝真も、さっきの不気味な言葉の意味でも考えているのか。



「黒幕は組織で間違いない。俺が思うに、組織は……西の悪魔。世間に不満や恨みがある。ロボットで集めた資源を使って、テロでも起こすつもりなんだろう」


「地球を、この星って呼んでた……。私達でも、そう呼ぶことあるよね。シェリーは、あいつの言ってたこと、どういう意味だと思う?」


「私は……」



 翡翠のシェリーに向ける目は、いつも絶対的な信頼の色を伴っている。今もそうだ。この純粋で大きな目を見ていると、迂闊なことを口走れなくなる。


 いつになく気を引き締めて頭を整理したシェリーは、ある可能性に思い至った。



「研究者」


「えっ!」



 翡翠が驚愕の声を上げた。


 もちろん、シェリーには今しがたの推測に根拠がある。



「資源収集や、人体改造。それに、遺体から摘出した人工血管……」



 あれは、現代の医療技術では作り出せない。近いものは出ているが、あそこまで精巧な人工血管を完成させるには、先史時代のテクノロジーでも取り入れなければ不可能だ。使われていた鉱物も、非常に希少なものだった。



「シェリーの専門分野と同じ、か」



 呟く翡翠に、シェリーは、こうも続ける。


 あの男性は、シェリー達を消耗品とも呼んでいた。彼の言葉には、いずれ地上の全てを搾取して、ろくでもないことに使うつもりだという意思が覗いていた。そんな発想は、一定以上の科学技術を持ち合わせてでもいなければ、まず出ない。



 まもなくして、移動基地が目的地図への到着を知らせてきた。


 エントランスの扉を開けたシェリー達を、懐かしい顔触れが迎え出た。


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