凛九を弔った墓には、連日、多くの村人達がつめかけた。献花は増え続けて、墓地としては不謹慎なほど、華やいだ眺めだ。立地の悪さをものともしないで、ミサ達のような怪我人も、最強の異名を轟かせた青年の霊に手を合わせていた。
「妬けるな。……英雄って、何なんだろう」
喪服の群れを遠目に見ながら、輝真が呟いた。それから、彼がシェリー達に視線を戻した。
「シェリーさんら、付き合いは短かったんだってな」
「凛九には、助けられたわ。私達はこの村で、最初、金品を巻き上げられそうになった。もっとも、何も持ってなかったのだけれど」
「そこに通りかかった凛九が、同業だって誤魔化して、庇ってくれて……」
翡翠も、シェリーと同じ時を思い出しているのだろう。
まるで昨日のことのようだ。研究者らしからぬ思考だが、凛九のために、時を巻き戻したいとまで思う。
だが、もう振り返らない。
どれだけ孤独でつらくても、翡翠とて一人で前を向き続けていた。生きることを悲観せず、今も、シェリーとの未来を信じてくれている。フ=ヌェ集落では、ぼろぼろになってでもロボットから移動基地を死守してくれた彼女の想いが、シェリーの胸を熱くした。彼女を動かす情熱が、シェリーの冷えた生気に温度を与えたようでもあった。
「翡翠に守ってもらったなんて、不覚だわ」
「ええっ?!」
「翡翠は、もっと甘えてくれる子だと思ってた。あなたがしっかりしてしまったら、私が、隙を見せることになりそうで……」
違う。これでは言葉足らずだ。
シェリーが翡翠に伝えたいのは、もっと別の、親しげな思いだ。それなのにいつも的確な言葉が出てこないで、もどかしい。
「見せていいじゃん」
つと、輝真が口を開いた。
「隙。仲間ってそういうもんじゃん?」
彼の視線の先に、ルコレト村の住人達が集っていた。
ヒロタやデュースが、村の仕事を手伝っている。いつもは勇敢に戦っている青年達も、慣れない手つきだ。たじたじになって、年配達の指示を受けている。
「ニュースやラジオで話題になるほどの連中も、案外、普段はああなんだしさ」
「……。輝真、さん……」
それでも、とシェリーは納得しきれない。
仲間でも家族でも友人でも、想いの強さに比例して、守りたい。頼られたい。そう願うのは当然ではないか。
* * * * * *
数日間、ルコレト村にとどまって、最後の夜。
シェリーは、翡翠とリビングにいた。輝真はシャワーを浴びている。その間、二人でコーヒーを飲んでいた。
「そうだ。翡翠」
シェリーは、翡翠に包みを差し出す。彼女の肌と同じ白さの包装紙にくるんだ箱に、大きな目がまばたきする。
「何だろう、有り……難う、かな?開けていい?」
まるでガラス細工を扱う手つきだ。包装紙を綺麗に剥がして、中のケースを取り出す翡翠。蓋を開ける。そうして赤い小粒の石が現れると、彼女の目が、よりいっそう見開いた。
「これ……!」
ジュエリーケースに入っていたのは、先日、彼女と見ていた屋台に出ていたガーネットのネックレスだ。
ルビーの思い出話を披露した彼女の横顔は、寂しげだった。買い物の手段が物々交換のみである今、ルビーは断られてしまったが、近い色の石なら手に入れられた。それで、翡翠が祭りの準備でシノと一緒だった時間、シェリーは彼女に贈るためのアクセサリーを選んでいた。それには、凛九も付き添ってくれた。
「お店の人、翡翠のことよく覚えていたわ。あなたのだと話したら、熱心に相談乗ってくれて……」
あの買い物も、楽しかった。ただ驚かせたいがためのプレゼントを渡すような友人がいたこともなければ、仕事以外で、買い物に付き合って欲しい相手もいなかった。
目覚めてから、失くしたものばかりではない。
「綺麗……ずっと眺めていられちゃう」
「良かった。翡翠にそう言ってもらえることが、すごく嬉しい」
「つけてみたいな。……シェリー?後ろの金具、こういうの……」
自分じゃ上手く留められなくて、と翡翠が甘えた調子でねだってきた。
シェリーは彼女の後方に移って、長い黒髪をよけながら、柔らかな首筋に爪を引っかけたりしないよう、注意を払って、細い首にネックレスをかける。穏やかな心地がシェリーを満たす。何でもない夜の時間、こうも満たされて安らいだのは、いつぶりか。
「わぁ……自分で言うの、恥ずかしけど……」
「似合うわ、翡翠。石に妬いてしまいそう」
「うん。でも、……」
…──シェリーと私も、似合いの家族で、親友みたいで。
翡翠が続けた。
シェリーは戸惑う。自分にとって、彼女はこんなにかけがえない相手だったか。
彼女がいれば、もう一度歩き出したくなる。守りたくて、どんな世界にも抗える。そのための努力が必要だとして、そうすることを困難に感じないだろうくらいには。
翡翠の手鏡越しに笑って、シェリーは向かい側の席に戻った。残ったコーヒーを飲み干す。
「明日から、忙しくなるわ。翡翠、今日は守ってくれて有り難う」
「シェリーもね。私に度胸が付いたのは、シェリーのお陰」
「なら、たまには頼っちゃおうか?」
「怖いのやだー」
二人、顔を合わせて笑う。
この日常が続けばいい。
ひょっとすると、シェリーはこんな思いにありつくために、生かされてきたのかも知れない。