翌日。
ルコレト村を離れたシェリー達は、行きがけ通過するはずだった経路を辿った。ただし中部に入ったあとは、少し回り道した。
旅の話は、輝真が得意だ。だが、シェリーと翡翠は、広い世界をこの目で見たい。今向かっている土地も、かつて世界遺産の候補に挙がった絶景が期待出来るらしい。
「聞いたことないな。モモカちゃん、それ、いつの情報?」
ツアーガイド気取りのモモカに、輝真が子供の誤謬を訂正する大人のような態度を示した。
ただし、モモカは人工知能だ。めげない。
「ひと昔前なのです。この国が、まだほとんど戦争の影響を受けていなかった頃で……自然豊かで、考古学者にも人気だと評判だったです」
「そんな土地なら、エネルギー資源も集まりやすそう」
話している内に、噂の土地が近付いていた。
まばらな木々の間を縫って、移動基地が進み続ける。
やがて平坦な道に出ると、目的地到着のアナウンスが流れた。
シェリー達が行き着いたのは、変わった土地だ。
空の青と地上の黄土色が、どこまでも続く。殺風景な印象だ。
「まるで忘れ去られた土地のよう……」
「何これ……!」
移動基地を降りるなり、翡翠が驚愕の声を上げた。続いて、シェリーも声が出かけたのを飲み込む。
延々と続く空と地。点在する木々や雑草。それらの中に、巨大な落とし穴が見えた。
「っ……」
「輝真さん!」
シェリーは翡翠と、輝真を追う。彼に続いて、地面にぽっかり空いた穴を見下ろすと、キラキラと何かが日差しに反射していた。
* * * * * *
巨大な穴は、隕石の跡だ。
直感した。
かつてシェリーは、よく似たものを何度も見てきた。これだけの規模は初めてだが、例えば凹んだ土地なども、実は宇宙に関わっている場合が多い。
比較的、シェリーはロマンチストだった。見たものしか信じない反面、見て確信が持てれば信じた。
先史時代の化学テクノロジーに着眼したのも、実在の裏付けがとれたからだ。未発見だった鉱物も、辛抱強く観察すれは、超古代が浮かび上がる。また、地図上から消えた国々の遺物とされるような文字や言語も、太古の昔、今以上に文明が発達していた頃のものだと考える方が辻褄が合った。
「と言っても、まだ隕石クレーターとは断言出来ない。ここが考古学者に人気なら、発掘の過程で、こんな風になったのかも知れないし」
「何はともあれ、反応してるぞ!シェリーさん、翡翠、燃料集めておこうぜ!」
輝真の呼びかけに促されるようにして、シェリー達は収集を始めた。
エネルギー資源はもちろん、さっきから光っていた欠片の数々は、やはり先史時代の遺物だ。掘り進めると、輝真の盾と同じ成分の鉱物も眠っていた。
作業開始からそれなりに時間も経った頃、つと、輝真が翡翠に顔を向けた。
「翡翠、そんなのしてたっけ」
輝真が着目したのは、昨夜のガーネットのネックレスだ。翡翠の装いに、赤い石はやはり引き立つ。
「気付いてくれたんだ?シェリーからサプライズ。友達からこんなのもらったの、初めて」
「似合うじゃん。オレも、ミラノさんに土産見とくか」
「いいねぇ!ミラノさんなら、服とかも喜んでくれそう」
相槌からして、今の翡翠は上機嫌だ。彼女が輝真にここまで親しげなのも、珍しい。
そして輝真の浮かれようは、言わずもがな好調だ。
「翡翠ぃ。いつか困るぜ?」
「んん?」
「好きなヤツが出来た時とか」
派手な青年の無駄口は、止まらない。
彼の物言いに、翡翠は首を傾げていた。
そんな二人の会話を断片的に聞きながら、シェリーはモモカと資源の採取を進めていた。
「つまり、こうだ。彼氏が出来た時。そいつの前で、そういうのつけてたら、こじれないかって。その腕輪……モバイル型バリア?それもシェリーさんからだろ」
「うん」
「彼氏にアクセもらったら、どっちつけるの?」
翡翠が、ぽかんと口を開けていた。
そんな余裕もなかったのが実情だが、シェリーはもちろん、翡翠には、恋愛を身近に考えようという発想もなかったはずだ。
「…………」
輝真にとって、英雄の夢は二の次だ。彼がミラノという女性と結ばれるための、行程に過ぎない。彼にとって恋だの愛だのは重大で、それを友人との会話に取り入れるのも、ごく自然だ。
「シェリー……」
モモカの声が、とても心配そうに聞こえる。
「気分が、優れないです?」
シェリーは、首を横に振る。
モモカの不安は、思い過ごしだ。翡翠に愛する誰かが現れたら、シェリーは彼女を応援する。彼女も愛されるよう、神にも願う。
それなのに、何故、胸がもやつく?
その時、一陣の風が吹き抜けていった。
ざらざら……ウィィィイイイン……
突然の胸騒ぎに拍車をかけるようにして、機械音が耳を打った。
モモカの声とはまるきり別の、人工知能の音声ととれる言語が続く。