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千年前の迷宮入りミステリー


 シンニュウシャ、発見。三十秒以内に撤退セヨ。

 受け入れなければ処分対象とシテ、ただちニ攻撃を開始スル。…………



 人工知能は、概ねそうした警告を、シェリー達に向けてきた。


 資源は十分に収集した。警備用のロボットなら、放っておくべきだろう。



「翡翠、輝真さん。二十秒で、走れる?」


「ええ?!」



 シェリーは駆け出す。渋々、翡翠達もあとに付いてきた。


 これでいい。昔はもっと多くの規制があって、侵入禁止に従うのも当然だった。本来、資源の収集も窃盗だ。



「はぁ、はぁ、……」



 移動基地まで逃げきると、シェリーと翡翠、そして輝真は、完全に息を切らせていた。窓を覗くと、さっきのロボットはいなくなってかいた。


 持ち帰ったものを倉庫に運んで、モモカの配ってくれた水を喉に流し込む。


 シェリーは、翡翠と目が合った。



「私、思い出したことがある。さっきの大穴、やっぱり隕石の落ちたあとだよ」


* * * * * *


 一同がひと息つくと、翡翠が話を始めた。


 モモカのリサーチと、今見てきたもの。それらを照合して、彼女は、昔、テレビのドキュメンタリー番組でこの地区が特集されていたのを思い出したという。



「平地に忽然と現れて、旅人を驚かせる謎のクレーターは、モアイやモノリス、ストーンヘンジに並んで、神秘の対象だったんだ。そして、謎はもう一つ。千年前、ここで、ある考古学者が不審死を遂げた」


「聞いたことあるぞ、それ!」



 輝真が身を乗り出した。

 彼の好奇心旺盛な顔は得意げで、何か言いたげにうずうずしている。


 翡翠が発言を促す。



「クレーターの謎は、厳密に言えば解けていない。都市伝説の題材として、度々注目を浴びているが、有識者ならあえて話題にしたがらない」


「そうだったっけ?」


「ガキの頃で、覚えてないか?」


「都市伝説やオカルト、詳しいんだけどな……」



 首を傾げて眉根を寄せる翡翠は、不満げだ。


 彼女の様子を特に気にする様子もなく、輝真が笑った。



「オレは、テレビやネットより、旅が好きだったしなぁ」


「今なら共感。でも昔は、お屋敷も大きくて、家で色んな遊びも教えてもらえて……」



 翡翠と輝真の会話が弾む。


 彼女達は恵まれていた。娯楽も身近なものだったのだ。何に関心があって、何がしたいか。幼少期から、彼らは多くの選択肢を与えられて、自我を培ってきた。その経験は、今も、あらゆる困難を苦難を乗り越えるための礎になって、二人を支え続けている。



「翡翠、輝真さん。気になることがあるから、少し、席を外すわ」


「何なに?手伝うよ」


「ううん、有り難う。大丈夫。確信したら、話すから」


「そっか。無理すんなよ」



 二人に手を振って、シェリーは研究室へ向かった。



 千年、眠り続けた密室は、多くの仲間達に囲まれて過ごした場所でもある。ただし、彼らの誰とも、微笑ましさが押し寄せるほどの思い出を共有しなかった。彼らに礼を伝えたかったし、もっと一緒にいたかった。その思いに変わりはないが、いつからだろう。翡翠を失うことを想像する方が、いつの間にか怖くなっている。失われた日々を思って、涙ぐむこともなくなった。



「シェリー、大丈夫です?」


「…………」



 コンピューターを起動しながら、シェリーはモモカに首を振る。



「ねぇ、モモカ」


「何です?」


「人って、こんなに簡単に変わっていくの?翡翠と私は、生きた時代も環境も違う。共通点なんて、今、旅していることくらいだわ」


「共通点が、必要です?」



 必要かと考えれば、そうとまでいかない。


 ただ、シェリーの想いの優先順位が翡翠に移りつつあるのと同じで、彼女にも、いつか別に、家族になりたい大切な相手が現れたとする。その時、彼女を繋ぎとめられるだけの術がない。



「あった方が、楽しいんじゃないかなって。輝真さんは、翡翠に恋の話をしてあげられる。旅の話も。テレビや流行りの話題だって、彼女を退屈させない程度には」



 それに引き替え、シェリーには何もない。今は、彼女の孤独に寄り添えている。彼女に迫る危険を払って、彼女の知らない科学の知識で、あの大きな目を好奇心で満たせる。だが、シェリーは世界の何も知らない。同じ時代の人間ではない。



「考えたって、仕方ないわね。調べよう」


「どうしたのです?」


「引っかかったの。翡翠の話していた、考古学者の不審死。千年前と言えば、戦争が始まった頃」



 あの話から、嫌な予感が頭をよぎった。


 何故、どんな風に、戦争は世界人口を六割にも激減させたのか。


 シェリーが一つ想像を巡らせるなら、恐ろしい兵器の開発だ。その兵器こそ先史時代の技術を駆使したあのロボットで、結果、今も西ではそれらが生産されているのではないか。人々の存続をおびやかすような企みのために。


 超古代遺跡を調査していた考古学者は、何かを目撃してしまったのか。








 事件について、夢中になって調べていた。


 日が暮れかけて、ようやくシェリーはリビングに戻った。


 扉を開けると、輝真が血相を変えて飛んできた。



「翡翠がいない!通信機も、応答しないんだ」


「……!!」



 全身に氷水でもかけられたような感覚が、シェリーを襲った。


 聞けば、彼女は外の空気を吸いたいと言って、出て行ったという。

 難解な問題の数々に、彼らも頭がはち切れそうになっていた。だが、息抜きにしては長い間、彼女は戻ってこなかった。もう二時間ほど経っている。


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