翡翠の隠れていた密室に、土を掘り返した痕跡があった。地面の下を調べると、千年前に主流だった外部記憶媒体が見付かった。
「やばいものが、出てくるぞ……」
「どきどきする。ドキュメンタリー番組より面白い!大発見だよ、シェリー!」
翡翠と輝真の興奮を背中に感じながら、移動基地内のコンピューターに、シェリーはUSBを挿入した。
機器の見た目は怪しかったが、データは開けた。調査記録というタイトルが、画面に並ぶ。かつてあのクレーターを調査していた考古学者が、残していたものらしい。
調査記録は、日記調に進んでいく。始まりは、シェリーの眠った翌年か。やはり先史時代の文明に着眼していた彼女は、かつて宇宙船の衝突した土地へ足を向けた。そして、知られざる時代の遺物を調べながら、一方では、その宇宙船に乗っていた生命体のその後を追跡しようと試みてもいた。
「ニ◯XX年五月九日。トヌンプェ族の使っていたと考えられる金属を発見。銅の倍速で電力を運ぶ金属を、当時の異星人達は半導体や精密機器に使用していたようだ。地球に漂流した彼らが、どのようにして故郷の物資を持ち込んだか。それは──…」
シェリーは、にわかにぞっとした。
かつての研究で、先史時代の概ねは理解していた。それにしても、こうも直接的に事実を目の当たりにしたことはない。
「隕石が落ちたんじゃなくて、宇宙船が原因ってこと?人間と異星人が共存していたなんて」
「待てよ、あの耳の尖ったヤツら、もしかして……」
「ひとまず、最後のページを──…」
ピピーーー……
シェリーが次のページへのボタンをクリックした時、エラーが鳴った。
と同時に、コンピューターがデスクトップ画面に戻った。
シェリーは、さっきの手順でUSBのデータを開く。ところが、アクセス制限がかかっていた。
「っ、く……」
カチャカチャ。
輝真がマウスを引ったくって、シェリーの操作に傚っても、結果は同じだ。
「何者かに妨げられたです?でもまだなのです、ネット検索するです」
「モモカ、まさかダークウェブのこと言ってる?」
だとすれば納得だ。サーチエンジンに引っかからない、安易に人目に触れない場所なら、極秘情報も隠しきれる。限られた人間のみにアクセス可能な、インターネットの深層部。
シェリーは、思い当たるワードを片っ端から試していく。ダークウェブへのハッキングは、複雑な数式を解くくらいにはひと手間かかるが、アップデートしてまもないコンピューターは、使い勝手抜群だ。
もっとも、結果から言えば、欲しい情報は得られなかった。件の考古学者はもちろん、異星人、中でもトヌンプェ族に関する記録は、些細な噂話も残っていない。
「中部に、海へ繋がる川があるだろう。そこから見て南南西だったっけな、大昔は下町だった村がある。前の旅で寄ったんだが……」
輝真が話を始めた。
そこは、ルコレト村など比にならないほど、貧しい村だったらしい。村人達はおとなしかったが、彼らの生活が悲惨であるのは、瞭然だった。
そこに輝真が滞在中、世話になったのが、考古学者の青年だった。彼は先祖のリスペクトで学問を極めたが、親族らからは忌まれていた。
「研究が原因で、先祖が酷い目に遭ったらしい。あいつもその二の舞を踏むんじゃないか、親父さんには勘当されて、家系図からは除名だ。みんな、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだからな」
「輝真さん、その彼、他に何か情報は?」
「さぁ。だが、本人に話を聞いて、損はないだろう」
シェリー達は同意した。
村は、どのみち目的地への通過点だ。
かくて翌朝、一同は古代遺跡から南南西を目指して、移動基地を走らせた。
* * * * * *
考古学者の子孫が暮らしている村は、輝真の話していた通り、著しく活気に欠けていた。人々の持つ物資や金銭は乏しく、昼間から段ボールに身体を隠して寄り添い合う父娘もいた。
突然、翡翠が駆け出した。
「すみません」
彼女が声をかけたのは、今シェリーも注目していた父娘だ。痩せこけた二人は彼女を見るなり目つきを変えて、そっけなく用件を促した。
「栄養剤です。村によってはお金に変えられますから、使って下さい。そんな格好で暮らされるのは、見ていて安心出来ません」
確かに、父娘は衣服を着用していない。段ボールをよければ肌着はつけているかも知れないが、今後、幼い少女が成長しても今のままなら、彼女は苦悩するだろう。
翡翠と父娘は、しばらく対峙していた。
やがて深いため息をついた父親は、彼女から栄養剤を引ったくって、初対面の裕福層を追い払うような仕草を見せた。
翡翠の慈善はそのあとも続いた。シェリーも彼女に感化されて、余った薬や日用品を、特に困窮しているだろうと見られる村人達に分け与えた。
そして、正午。
移動基地に戻った一同は、これからの行動を確認し合った。
まず輝真がかつての滞在先に連絡すると、例の青年は今も住居を構えていた。そして、午後の訪問を快諾してくれた。
その約束の時間まで、数時間ある。
シェリー達は、先に腹ごしらえすることにした。
「さっき通りかかったサンドイッチの店、美味しい?」
つと、翡翠が輝真を見上げて言った。
確かに、ここには二度目の来訪になる彼の話は参考になる。
「評判いいみたいだ。日雇いのやつらは、たまの贅沢にあそこへ行くって言ってたな」
「じゃあ、行かない?私達も、たまには贅沢」
シェリーが頷くと、輝真も異論はないと続けた。
かくて三人と一匹が村へ出て、目的の店へ向かっていた時のことだ。
シェリーは、一人の老いた女性にぶつかった。見るからに足腰の弱い彼女は大荷物を抱えて、よろよろ歩いていたのである。
「二人とも、先に行ってて。このおばあさんを手伝ったら、追いかけるから」
「モモカも手伝うのです」
翡翠から荷物を半分抱え上げて、モモカが自ら申し出た。
見知らぬ村で、翡翠を別行動させたくない。とは言え彼女の方が、シェリーより単独行動に慣れているのは確かだ。
「分かったわ。モモカ、翡翠を頼むわね」
「任せるのです。荷物を届けたら、まっすぐお店へ向かうです」
誇らしげに、モモカが自身の胸を叩いた。
* * * * * *
翡翠はモモカと、女性の家まで荷物を届けた。
荷物には、彼女の息子から送られてきた衣類や農作物が包んであるらしい。
彼女は、手伝いのお礼だと言って、翡翠に砂糖菓子を持たせた。
「受け取れません。こんな、すごく貴重なもの……」
「息子は商業をしているの。物には困っていないから、受け取ってちょうだい」
「こんなつもりじゃなかったのに」
翡翠が躊躇っていると、女性が目尻の皺を深めた。
「私には娘がいなかった。若い女の子に親切にしてもらって、嬉しいの。さっきの二人と、モモカちゃん……かしら?息子の自慢のお菓子だから、召し上がって」
それなら、と、翡翠は女性の厚意を受け取った。礼を言って家を出て、モモカの案内に従って、店へ急ぐ。
翡翠達が大通りに出た時、家族連れが声をかけてきた。
五十代くらいと見られる夫婦と、老いた男性、それから派手な目鼻立ちの若い女性だ。四人の身なりはみすぼらしく、翡翠は、彼らの目的が恐喝だと直感した。
「モモカちゃん……」
「翡翠、逃げるのです!」
タタッ。
翡翠は駆け出す。
居場所が出来て、守られて、平和ぼけしていた。だが、以前はこんな日常が、当たり前だった。見ず知らずの他人に狙われるのは茶飯事だったし、第三者の悪意には慣れている。
シェリー達と合流すれば、大事に至ることはない。
そのつもりだったのに──…
「待て!!」
「翡翠!!!」
自分を呼ぶがなり声に、翡翠は思わず足を止めた。
後方を振り向く。
やはり四人とも見覚えがない。
だが、彼らは、翡翠がかつて生まれ育った家の名前まで口にしている。底なしに感じる憎しみを込めて。