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あの時の盗賊達


 シェリーは、強奪犯らと店主を移動基地に招いた。


 そして保管庫へ案内すると、彼ら全員が息を飲んだ。


 これだけの蓄えをどのようにして収集したのか。やましい手でも使ったのか。


 彼らの追及に、シェリーは、幸運だったとしか答えようがない。



「さっき話した古代遺跡のセキュリティシステムが、もっと早く発動していれば、ここまで集まらなかったわ」


「お前達にも分けてやる。悪運のお裾分けだな」



 憧憬の眼差しを浴びて気を良くしたのか、輝真も物資の提供に前向きだ。


 だが、店主はもちろん、略奪行為に手を染めようとしていた四人は、一向に手をつけようとしない。



「見れただけで、いい経験したかなって」


「こんなもの、一生の内に見られるかも分かりませんから……」



 無銭飲食常習者らは、すっかり小さくなっていた。やはり地元の労働者だった彼らと対立していた二人も、未だ圧倒されている。



「トヌンプェ文明。……初めて見ました」



 東部のアジトから遠出してきたという盗賊達が、今また溜め息をついた。十年近くプロをしてきた彼らでも、ここまでのものを見られるとは夢にも思わなかったらしい。



 真っ当な道を外れた彼らも人間だ、とシェリーは思った。

 悶着の最中、店主が毅然としていたのも、彼女には、少なくとも労働者達が丸腰相手に発砲しないという確信もあったからだろう。



「ぁあ"ー……」



 突然、盗賊の片割れが頭をかきむしった。


 店主が僅かに顔を強張らせた側で、輝真が彼に視線を向けた。



「どうした?」



 さっき輝真の戦力を目の当たりにしたばかりの四人は、楯突く気も起きないのだろう。盗賊達は互いに相方の顔を見て、頷き合うと、気まずそうに口を開いた。



「あんたら、俺らのことは……」


「他言しないわ」



 間髪入れず、シェリーは断言した。


 病院跡地で出逢った青年達の顔が、にわかに頭をよぎったからだ。

 盗賊にとって顔バレは、死活問題だと聞いている。今、目の前にいる二人も、ショウ達と同じ掟に縛られているのだろう。



「あなた達と同業の知り合いがいるの。彼らは秘匿のために、私達を殺そうとまでしていたわ」



 刹那、盗賊達が何か言いたげな顔を見せた。だが彼らは話題を変えた。何故、ツケ払いを踏み倒したのか。常連の店で銃を出すほど、生活が苦しかったのか。そうした質問を労働者らに向け始めたのだ。



 それから一同は、サンドイッチ店に戻った。


 さっきまで敵対していた労働者らの滞納金を肩代わりした盗賊達は、金を払って、自分達の昼食も頼んだ。


 ただし、盗賊達には打算があった。彼らが中部に出てきたのには目的がある。その情報収集のために、友好的な態度をとり始めたのだ。



「人探し?」


「ああ。ガラの悪いのと、青白いやつ。ロボットを連れているはずだ。知らないか?」



 その問いは、シェリーに冷や汗をかかせた。


 盗賊達が探しているのは、逃げ出した二人の子分だ。彼らの話す裏切り者の特徴に、シェリーは心当たりがある。



「…………」



 輝真が、何かを察した感じの顔でシェリーを見ていた。


 ただし、彼が口にしたのは別件だ。



「翡翠とモモカ、遅くねぇ?」


* * * * * *


 村人達の集中砲火を浴びながら、翡翠は、うわ言のように謝罪を繰り返していた。


 銃は出せない。彼らの斧や角材に対して、あれでは過度な防衛になるし、下手な刺激はモモカに危険を及ぼすからだ。




 両親、そして使用人達との幸福な日々が、走馬灯のように頭を駆け巡っていく。


 当時の翡翠は、家計が火の車になるとは夢にも思っていなかった。平日は勉強、週末は、時々、両親に付いて貧民街を訪ねることもあった。


 あの日も翡翠は、父親の炊き出しを手伝っていた。食材は、主に実家が所有していた農園で採れた野菜だ。そこで働いていた従業員らも、両親が社会復帰のために雇用した元失業者達だった。


 翡翠達の近くでは、母親が就職相談を行っていた。



 …──友人が鉱山の作業員を探しています。免許をお持ちなら、出勤用に車も貸し出しいたします。


 いえ、今は、いいです。


 早く働きたくありませんか?これからもっと冷え込みますし、色々と入り用でしょう。



 こうした調子で、母親は、多くの失業者達に働き口を紹介していた。


 翡翠も手伝いに打ち込んだ。週に数回、それも昼食だけで彼らの腹を満たせるとは思わなかったが、特に幼い子供達の感謝は鵜呑みにして、休憩中は彼女らと遊ぶこともあった。


 今でもたまに思い出すのは、翡翠より五歳下の少女だ。祖父母と暮らしていた彼女は、翡翠を慕って、無邪気に何でも話してくれた。



 …──おばあちゃん、翡翠ちゃんのお母さんのお陰で仕事が見付かったの。腰が痛くても座って出来るお仕事で、お陰で手先が器用になったって。



 ただし、少女は祖母が働きに出てから、自由な時間が減ったことには不満げだった。彼女の代わりに祖父と孫が家事を全てこなさなければいけなくなった家は、一日が終わると、全員がくたくたになって、泥のような眠りに就く。


 半年後、少女は倒れた。搬送先の野戦病院で、深刻な栄養失調だと診断されたのは、彼女の祖父から聞いた話だ。


 少女の祖父は怒りくるっていた。


 無理もなかった。家族の一人が所得を得たために、自治体は彼らを諸々の支給対象者から外したのだ。三人は、なけなしの収入で、爪に火を点して暮らしていた。


 母親が鉱山を紹介した若者も、村からいなくなっていた。彼女の貸した車とともに、行方をくらませたという。安定した収入を得ると、無償居住区を立ち退かされるためらしかった。




 今になってあの村を思い出したのは、ここでも同じことが起きたのだと想像出来たからだ。


 翡翠は自分達の無知を思い知る。裕福だった自分ら家族は、あまりに呑気だったのだ。



「お父さん達のしたことは、独りよがりで……私だって正しかったとは、言わない。慈善活動に無理な予算を組んで、家は潰れて、親戚からも、見放されて……きゃっ」



 額を拳に庇った翡翠に、今しがた石を投げた女性が叫ぶ。



「あんたの家がどうなろうと知らないよ!」


「まさかお前、俺達のせいで、家の金が尽きたとでも言いたいのか?!」


「同情して人を見下して、豪族様の娯楽だろう!」



 翡翠は、泣きながら首を横に振る。


 これ以上にないどん底に落ちると、人は理性をなくすのか。村人達は、きっと話す意思もない。


 打撲で意識が朦朧とする。いっそのこと今度こそ死んでしまいたいという衝動が、翡翠を投げやりな気持ちに傾かせようとした時だ。…………



「おいおいおい」



 男の軽薄な声がした。不遜で怖いもの知らずな声は、まず村人達を黙らせた。


 翡翠は、顔を覆っていた腕をずらして辺りを見回す。


 すると、今まで翡翠を袋叩きにしていた村人達の視線の先に、二人連れの青年がいた。



「…………!」


「集団リンチかぁ?!とんでもねぇ村だなァ」



 そう言って村人達を威嚇したのは、非常にガラの悪い青年だ。彼の隣で神経質そうな顔をしかめている青年は、か細く青白い。 


 翡翠は、思いがけない再会に驚く。


 病院跡地で別れてから、あまりにも多くのことがあって、彼らと過ごした二日間さえ遠い昔のように思う。



「ショウと……レンツォ?」



 翡翠に目で笑った彼らが、村人達に向き直った。


 両親と娘は関係ないだろう。弱い者いじめは感心しない。


 そんな彼らの理屈に村人達は反論したげな顔を見せたが、ショウが軽く指を鳴らすと、ついに全員が武器を下ろした。


 レンツォが翡翠に駆け寄ってきた。



「近くにトラックを止めてある。翡翠さん。こっちへ」


「えっと、あの、えっと……」



 翡翠が躊躇っていると、今一度、ショウが村人達をどやしつけた。



「貴様ら……オレらのダチに手ぇ出すか?!ンア?!」 



 ガラの悪い青年に震え上がる村人達。



 彼らが、一目散に走り去っていった。逃げるのに必死で、中には武器を放り出していく者もいた。


 人々の群れが遠ざかると、ショウが呆れた調子で息をついた。



「やれやれ……」



 差し伸べられた彼の手を取って、翡翠はふらふら腰を上げる。



「本当に、ショウとレンツォなの?ってか、そうなんだけど……」


「そっくりさんじゃねーぜ。本物」


「オレ達もビックリしてるんですよ、翡翠さん。モモカと一緒だってことは、姉さんも近くに?」



 レンツォに翡翠は頷いた。


 彼とショウのいかつい目に、安堵を超えた涙が滲んだように見えた。


 盗賊上がりの彼らは当時、追っ手から逃れる必要があった。シェリーの注射薬も見付からないまま、先に東部を去った彼らは、彼女の安否も知らなかったのだ。


 翡翠は解放されたモモカを抱えて、二人をシェリー達の待つ店へ連れて戻った。


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