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夢を取り返すための死闘


 シェリー達が翡翠とモモカを探しに行こうと決めた時、彼女らが店に戻ってきた。例の四人は食事を終えて、用事に戻ったあとだった。


 翡翠の姿に、シェリーは言葉を失った。砂泥だらけだ。


 彼女を席に着かせたシェリーは、まずモモカを再起動させた。輝真に催促されたからだ。久しい青年達に驚けるだけの余裕もないまま、彼女の手当てを始めたシェリーは、見た目より浅かった傷に胸を撫で下ろした。



「私が荷物を運んでいれば……」


「シェリーが先に来ていたから、店が助かったのです。モモカがうっかりしていたのが、いけなかったのです」



 モモカの気休めも、シェリーには効かない。よりによって翡翠を襲う村人達が暮らしているとは思わなかった。軽傷でも、精神的なショックが大きかったのだろう、彼女の口数が極端に減っている。



「あの、姉御……」



 それまで黒目を行き来させていただけのショウが、シェリーに声をかけてきた。彼の隣で、レンツォも複雑そうに笑っている。



「ショウ、レンツォ……」



 彼らが翡翠を送り届けてくれなければ、また、彼女はどんな目に遭っていたか。考えるだけで、シェリーはぞっとする。



「有り難う、また助けてもらっちゃった」


「あの時は、俺ら何もしてないっす」


「そんなことない。あのあと注射剤が見付かったのは、あなた達のお陰だったの。もちろん、翡翠やモモカに支えられて、生き延びることが出来たけれど……」



 ショウ達のロボットの残骸下に、探し物は見付かった。


 あの朝の経緯を簡潔に話すと、目つきの悪い青年達が、真新しい涙を浮かべた。すぼめた目を筋肉質な腕に覆って、鼻をすする元盗賊達。



「ひっぐす……本当に……姉御……生きててくれて、有り難うっす……!」


「オレ達のロボットが……役に……立っただなんて……うぇ……わー……っ」



 とうとうレンツォが泣き出した。ショウが肘で彼を小突いて「格好悪い」と咎めるが、彼も頬を濡らしている。


 シェリーは、彼らに輝真を紹介した。


 病巣に解放されてから、色んなことがあった。話せば尽きないし、ショウ達がどうしていたかも聞きたい。


 ただし、ことは一刻を争う。彼らのいた組織の盗賊達、つまり追っ手のことを知るシェリーには、恩人に警告する義務がある。



「二人とも、ロボットの件もお詫びしたいのだけれど──…」



 バァァンッ!!



 突然、扉が開いた。


 音の立った方向に、店主が忌々しげに目を向けた。彼女の嫌な予感は的中した。乱暴に入ってきたのは、偵察から戻ってきた盗賊達だ。



「貴様ら、ここにいたのか!!」



 科学者を志す青年達をかつて子分としていた二人は、労働者らと睨み合っていた時など比でないほど激昂していた。それでなくてもいかつい顔は、真っ赤だ。



 遅かった。…………



 愕然とするシェリーの耳に、盗賊達の激しい怒声が響き渡った。



「アジトへ戻るぞ!!」


「逃すものか!」



 彼らの声には怒りと焦りが混じっている。



「待って……!」



 翡翠が立ち上がって、盗賊達に駆けていった。


 彼女の黒目がちな目が、彼らを見上げる。



「ショウ達は、シェリーと私の恩人です。保管庫の鉱物も、二人が私達を助けてくれなかったら、遺跡に眠ったままだった」


「その通りだわ、翡翠」



 シェリーは、翡翠と盗賊らに進み寄る。まだ打撲の痛むだろう彼女を後方に下がらせて、強面の二人を見据える。



「組織で作ったロボットが、彼らに夢を思い出させました。理由もなく逃げ出したんじゃない。あなた達にとって重罪でしょう。けれど、チャンスを与えてあげて欲しい」



 盗賊達に、苦虫を噛み潰したような顔が浮かぶ。しばらく何か思案する素振りを見せた彼らは、低く唸るように口を開いた。


* * * * * *


 盗賊らがショウとレンツォを店の裏手に連れ出すと、シェリー達も彼らに続いた。


 彼らは、かつての子分達に言い渡した。体術勝負で自分達を降参させれば、自由にしてやる。それが、彼らの出した条件だ。


 店には休憩中の札がかかった。店主も試合に立ち会っていた。



 かくて四人の男達が拳と拳をぶつけ合って、数分が経った。早くもショウの顔には青痣が見られ、盗賊達にもかすり傷が増えている。


 ともすれば痛みも顧みない彼らの激戦は、目で追うのがやっとだ。銃を用いないというルールは死守しながら、繰り出す拳やそれらをかわす身のこなし、素早い蹴りから、彼らの真剣さが分かる。



 ズゴッ、ドゴッ……バゴバゴバゴッ!!



「ぐぁっぁ!!」


「ぅおりやぁああ!!」



 ショウがかつて兄貴と呼んだ相手と拳技をぶつけ合っている側で、レンツォ達も柔道技を交えている。



 ズドーーーン!!



「あ"あ"あっ!!」



 レンツォが顎から落下した。元子分に馬乗りになって、盗賊が頭を掴む。


 一方、ショウも、酷使して震えた拳から血が滲んでいる。



「まだまだ……っ」



 ショウが、ふらふらと兄貴分に立ち向かっていく。


 シェリーは、盗賊達に心なしか覗く同情的な顔色を見た。



「諦めろ!お前達に勝ち目ねぇって!」


「組織に戻って働け、な?お前らまだまだひよっこなんだ!!」



 海老のように仰け反るレンツォを、盗賊の蹴りが喘がせる。それでも地面に両手をついて、歯を食いしばって、彼は首を横に振る。



「諦めません……科学者に……なっ、て……人の役に立つんです!!ぅがっ」


「レンツォ!!…──ぐぁっ!!」



 ズルルルッ…………!



 投げつけられたショウの身体が地面を滑ると、シェリーは前に踏み出した。


 このままでは、医者を呼ぶ羽目になる。


 それは、おそらく本人達も分かっている。無謀と知りながら続ける気持ちも、シェリーには少なからず理解が出来る。


 シェリー達が止めに入るより先に、盗賊達が手をゆるめた。


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