かつて何かしらの謎を紐解いた考古学者は、変死した。彼女の残した情報も、闇に葬られている。そして、本物の櫂・ミーチェは消息不明。
悪魔が何かを隠蔽しようとしているとしか、思えない。
それも恐れず、翡翠が、こんな場所まで来たと言うのか。
「翡翠……何で……」
「劣等感。じゃないですか」
レンツォが話すには、ショウに広間を任せて地下に降りると、すぐに輝真に会ったらしい。彼はロボットとやり合いながら、重度の後悔に苛まれていたという。余計なことを翡翠に言った。自分のせいで彼女が無茶したのだと猛省していた彼は、彼女が地下を訪ねたはずだというのも確信していた。
「生きてるだけで、恨まれる。そんな風に思っていたみたいです。翡翠さん」
「そんなことないのに!」
「昼間のこと、気にしてるです……!」
モモカが、人工知能らしからぬ声を上げた。
シェリーには、思い当たる節がある。
出逢った頃、ロボットを見るだけで腰を抜かしていた翡翠は、自分自身を無力だと言って気にしていた。最近は戦えるようになって、外を歩くのにも身構えなくなった。だが、どこか無理をしていた。彼女の危うい自己評価にとどめを刺したのが、モモカの言う通り、昼間の事件だ。
「泥まみれにするだけじゃ、気が済まないわ……」
もっとも今は、顔も知らない村人達に、怒りを向けている場合ではない。
シェリーは書庫を飛び出すと、レーザーガンをレンツォに渡した。それから、凛九の形見の弾丸を装備した銃。
「ロボットが凶暴化したら、これで仕留めて」
「分かりました。姉さんは、これを」
「有り難う」
レンツォから彼のスマートフォンもどきを受け取って、シェリーは階段を駆け上がる。
広間に出ると、ショウが主人に馬乗りになっていた。
シェリーは、目つきの悪い青年に敷かれて不気味に笑う男の三角巾を取り上げる。尖った耳が露出した。
「くそっ……」
「目的は何?!翡翠は?!」
「知ってどうする!」
ガンッ……
シェリーは、主人の額に銃を突きつける。地下の書庫で拾ってきた、翡翠の銃だ。
「これに覚えはあるでしょう?話さないなら、宿ごと爆破させてもいいのよ」
「姉御?!」
「トヌンプェに関する資料はなかった。翡翠もいない。なら、こんな宿に用はない」
もっと言えば、こんな世界に用はなくなる。
両親の眠る西は恋しく、悪魔の棲む憎い土地だが、どのみち翡翠に会えなくなれば、そこに到るまでに、シェリーの気力は尽きるだろう。
あなただけは失くしたくない。
昨日、そう告げたシェリーに対して、翡翠は満面の笑みを見せた。思い出はまだまだ増えていく。そうとも言った。
だのに、消えたのか。
「くっ!」
「ああっ」
主人がシェリーを振り払った。
その時、彼の手首の表面が、ぴくりと動いた。
シェリーは、すかさず腕を伸ばす。
前に、彼の同族に自白剤を打った場所だ。動脈に位置するそこに指を当てると、皮下に角張った感じがあった。
「これは……」
「シェリー!離すのです!」
「いや、ものは試しだ!」
ショウが手首を引ったくって、問題の部分に銃口を当てた。そして、引き金を引く。
バキューーーン!!
「グァああぁっ!!」
血飛沫に混じって、鋳鉄色の破片が散った。
クォオォーーーン……
ガラガラ……ガッシャーン……ガッシャーン──……
ダダダダダダンッ!!
それは、今の破損を合図とでもしていたようだ。
階下の交戦が激化したのは、ロボット達の主人が瀕死に陥ったからか。厳密には、手首の人工血管が、彼らの制御を外したのか。
「そっか……人工血管じゃなかった……」
耳の尖った操り手。彼らは、手首にロボット達を凶暴化させるためのスイッチを埋め込んでいたのだ。身の危険が迫った時、血管を模った精密機器が刺激を受けて、おそらくそれは発動する。
「姉御、地下へ行こう!」
「待って」
シェリーは、レンツォから借りたスマートフォンもどきを操作していた。
やはり、そこにショウの端末の位置情報が検出出来た。翡翠の行方の手がかりになる。
ただし、妙な位置にとどまっている。足元で右手首から血を流している宿の主人は、おそらく途中で翡翠のスマートフォンもどきを取り上げて、投げ捨てたのだ。
「翡翠がオレのを持って行ったの、良かったってことっすね!」
「感謝するわ。だけど、この先どこへ連れて行かれたか……」
何より、翡翠の安否が見当つかない。それがシェリーの不安を煽る。
「宿の裏手は、何がある?ショウ達のいた組織なら、秘密を握った一般人は、どうなるかしら?」
「だいたいは、倉庫や山奥の落とし穴っす。気をくるわすか、一酸化炭素を注入か……」
「ショウは、地下をお願い!モモカは付いてきて!」
シェリーは、宿を飛び出した。
何故、こんなことになったのか。シェリーに相談出来ないほど、彼女が思いつめていたことに、何故気付けなかったのか。
翡翠に何かを求めたことはない。ただそこにいるだけで、シェリーの支えになっていた。もし彼女が臆病なまま、旅や戦いを拒否していても、彼女は必要な存在だった。
シェリーのその傲慢も、彼女を苦しめたのか?…………
「翡翠」
裏手口に回りながら、シェリーは、さっきまで当然のように笑っていた彼女の顔を夜闇に描く。
「翡翠、……」
生きているだけで恨みを買う。
そんな風に思っている彼女と同じくらい、シェリーも自身の人生に疑問はある。本来いるべきでなかった時代に生きている、劣等感。彼女とモモカを除く全員を欺いて、この時代の人間を装っている。
それでも彼女と、信じてみたいものがあるのに。