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トヌンプェ族の執念


 目覚めると、翡翠は暗い倉庫にいた。


 薬品を嗅がされて意識を失くした。その間に、ここへ運ばれてきたらしい。


 通信機のバッテリーが壊されていた。目が慣れてくると、倉庫の隅に、翡翠はもう一つ人影を見た。


 壁に向かって簡易バリアを展開する。


 腕時計型の防御装置が無事であることを確認すると、翡翠は人影に近寄った。恐る恐る声をかける。すると、膝を抱えていた人物が、顔を上げた。無条件に安心感を与えてくる、善良そうな青年だ。



「あなたは……?」



 簡易バリアを灯りの代用にしたまま、翡翠は名乗った。それから地下での一部終始を話すと、彼の表情が強張った。


 蛍光色が、青年の顔を照らしている。


 翡翠には、その顔に見覚えがあった。どこで見たのか思い出す。



「ミーチェ……さん……?」



 翡翠の知るリナ・ミーチェは、女性だ。ドキュメンタリー番組で写真に上がっていた考古学者も、温厚な感じの顔立ちだった。その彼女に、目前の青年は瓜二つだ。



「ああ、僕は、櫂・ミーチェ。トヌンプェの末裔に見付かって、研究資料ごと、この有り様だ」



 櫂の視線の先を追うと、資料が積み上がっていた。


 彼の話によると、この倉庫は一日ごとに毒ガスが濃度を増すという。先史時代は猛獣の退治に用いられていたそれは、対象を絶命させて、物質ごと溶かす。数日後には、変わり果てた彼と翡翠、そして資料が発見されるか、ここに忘れ去られるだろう。


 というのは、毒ガスが作用した場合だ。


 櫂は、既に対処を済ませている。かつての先端科学に明るい彼は、知恵を絞って、ここで毒を相殺する気体を精製した。今は一定時間ごとに、それが倉庫内に行き渡っている。



「ここは、僕の持ち物だからね。燃料は根こそぎ持って行かれたけれど、やつは、床下の貯蔵庫を見落とした。そっちの方が、貴重なものを揃えているのに」



 ただ、外から錠前を改造された。そのため脱出が困難になった。毒ガスは脅威でなくても、彼曰く、空腹で力尽きるだろうという。



「今なら助けを呼べば一緒に……!」


「この倉庫は、史上屈指の強固な鉱物で出来ている。防音効果も抜群だ」


「……!!」



 気が遠のきそうになった。


 いくらシェリーでも、こんな密室を、どう探し当てられるだろう。ショウとレンツォも加わった。彼女は、今度こそ翡翠を置いて行くかも知れない。


 昨日は、洞窟であんなに優しくしてくれた。だのに昨日の今日で、昼間の一件が起きて、翡翠は今また捕まっている。さすがに呆れるし、彼女も翡翠を荷物と判断しただろう。



「翡翠ー!無事なのですかー!」



 突然、遠くで愛らしい声がした。



「まさかシェリーが翡翠を見付けられないなんて、みくびったりしてないですー?!」


「っ……?!」



 翡翠は、櫂に振り返る。彼も怪訝な顔をしていた。


 この倉庫は、音を通さない。だとすればモモカの声が、特殊な音波を含んでいるのか。


 簡易バリアは消えていた。元々、長時間の展開が不可能だ。



「櫂さん、私達、助か──…」



 ピキピキピキーーーーー……



「シェリー!!」



 モモカの悲鳴が突き抜けてきた。


 翡翠は、嫌な予感に身慄いする。


* * * * * *


 シェリーは、倉庫に目をつけた。


 灰色がかった白い立方体のそれは、極めて稀少な鉱物が張り巡らされていた。硬質で、おそらくレーザーガンでもびくともしない。


 それを溶解するための準備にかかっていると、負傷した利き手を庇いながら、偽の主人が這い出てきた。彼が率いているのは地下で見かけたロボット達だ。


 シェリーは、彼らに向けてレーザーガンを連射する。だが制御の外れた今、ロボットらはしぶとく起き上がって、シェリー達に向かってくる。



「モモカ!」


「分かったです!」



 モモカにロボットを挑発させて、シェリーは移動基地に駆け込んだ。


 耳の尖った青年が、シェリーを追う。おどろおどろしい執念のこもった目つきの彼が、行く手を阻んだ電気バリアに歯を立てた。



 バリッ……ガリ……バリリ……



 大砲を準備しながら、シェリーは心臓が縮み上がった。


 彼にはバリアが通じないのか?


 青年の歯が、線香花火を想起する火花を光を散らしている。おそらく、あの歯も機械仕掛けだ。それがバリアに不具合を招いて、防御を無効化しているのだろう。



「させん……させんぞぉ!!」



 バリアが砕けた。


 偽の主人がシェリーに突進してくる。



 バババンッ!



「あっ!」



 シェリーの放ったレーザーガンの閃光が、主人の脇をすり抜けた。いくつもの攻撃をかいくぐってきた彼が、至近に迫る。


 伸びてきた左手をよけて、シェリーは、彼の懐に銃口を潜らせて引き金を引く。



「ブォッ!!」



 脱力したトヌンプェ族が、シェリーに倒れかかってきた。彼の腕がシェリーの首を締め上げて、膝が腹を蹴る。



「ぐぇっ……はぁっ、……ン!!」



 シェリーは、再度、レーザーガンを彼に食らわす。壁に寄りかかりながら距離をとって、銃口を向ける。



「確信、したわ……翡翠はあそこね……」



 そうでなければ、彼がここまで必死になる必要はない。



「おのれっ!!」



 がんっ!!



 シェリーは、拳を繰り出してきた青年の腕をねじ上げて、後方から羽交締めにした。彼の胸に銃口を当てて、押し沈めていく。



「ぐぬ……貴様……」


「秘密を握った人間を消して、トヌンプェを秘匿している。そうまでして潜伏してきたあなた達は、何を恐れているの?」


「あの少女や考古学者の二の舞を踏みたくなければ、今日見たことは忘れろ!!」


「翡翠は生きている。そうよね?」



 シェリーは、確信していた。


 彼から焦燥が伝わる。それは、翡翠はもちろん、トヌンプェ族を深く知る櫂・ミーチェも存命しているからだ。


 ビッグバン以降も、トヌンプェ族は地球の歴史に直接関わっている。だが何故、彼らは頑なにそれを隠しているのか。また、現在どこに、どれほどの眷属が、人間に紛れて暮らしているのか。



「何も吐かないなら引き金を引く」


「巻き添えになるぞ」


「翡翠の繋いでくれた命……あなたなんかと散らしてしまうのは不本意だけれど、それで彼女が、単独で無茶したことを後悔してくれるなら。それに彼女の救出後、あなたのような危険人物が残っている方が、由々しきことだわ」



 翡翠を守りたいがために、シェリーが行動したとする。それで心臓を貫いたのだと彼女が知れば、少しは自身を粗末に考えなくなるだろう。あれほど慕ってくれた彼女のことだ。シェリーの想いを理解して、今より、自分の価値を見直すようになると信じたい。


 シェリーは、目を閉じる。


 握った銃に自分の汗を感じたその時、外からもの凄まじい音がした。



「ウォォオオオオッッ……」


「……?!」



 シェリーは、条件反射的に後ずさる。


 青年から離れると、彼が目を剥いて停止していた。


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