翌朝。
広間で落ち合った一同は、移動基地に乗り込んで、村の外れの繊維加工工場へ向かった。
工場は、例の巨大なクレーターの目と鼻の先に位置していた。
櫂の案内で、シェリー達は地下に降りた。
一階では従業員達が既に業務を始めていて、彼の説明によると、宿の寝具やタオルはここで製造しているらしい。
「リナ・ミーチェは、晩年までここに暮らしていました。元はただの民家で、地下の研究室をやつらに嗅ぎつけられないように、彼女にリスペクトされた者達が、千年かけて守ってきたと聞きます」
「そして、今は櫂さんが、ここを管理されてるんですね」
「血縁者では、初めてだそうです。お陰で勘当されました」
古びた扉を開けながら、櫂が情けなく笑った。
シェリー達は室内に進み入る。
ここには、数々の未公開資料も揃っているらしい。見渡す限り整頓が行き届いていて、明かりも点く。コンピューターも最新にアップデートされている。
あれだけの妨害を受けながら、かの考古学者の残したものが、千年に亘って受け継がれてきた証だ。
リナは幸せだったのではないか。
つと、シェリーは亡き考古学者に思いを馳せた。
千年前、シェリーも研究実績を助手達に渡そうとした。だが彼らは拒んだ。たった十数年、生命維持装置の中で眠るだけのはずだったシェリーを、彼らは待つつもりでいてくれたからだ。
あの時もし、絶望的だと分かっていたら?
シェリーの意思を、誰かが繋いでくれただろうか。未来のための研究は、どれだけ後世を照らせただろう。
櫂がスクリーンの準備を終えた。
遠い先祖に当たる考古学者の人となりはほぼ不明、それでもこの日記から、彼女の学者としての器は伝わるだろうという前置きのあと、彼が投影機を操作した。
「これは……!」
スクリーンに出た冒頭文に、シェリーは目を瞠った。
"ニ◯XX年五月九日。トヌンプェ族の使っていたと考えられる金属を発見。"…………
それは、昨日、例のUSBに入っていたのとまるきり同じ文面だ。
リナが古代遺跡を調査した期間、全ての記録。
転送してバックアップされていたデータが、次々とめくられていく。
彼女が助手達と過ごした日々、そこで発掘された異星の遺物、トヌンプェ族の文明、習慣、彼らの生態──…ことこまかな調査記録は、彼らが地球に定住するに至った動機も、彼女が解き明かそうとしていたことを伝えていた。かつて彼らの故郷にも、ビッグバンに類似した現状が起きていた可能性だ。
「まさか……そんな、自分達の星が危機に瀕して、彼らは……」
シェリーは、遠い宇宙に関するデータを頭の中に引き出す。
思い当たる節はある。
先史時代、何故、彼らは地球に漂着したか。それは、彼らの故郷に異変が起きたためではないか。そうした仮説を立てていたのは、シェリーの他にも数名いた。いずれ住めなくなる故郷に代わって、彼らは、地球を新たな住処に選んだ。
「だけど、あのクレーターは隕石衝突によるものよね?」
翡翠が首を傾げた。
「トヌンプェ族が意図的に地球に来たとしてれば、あんな事故みたいな漂着の仕方……」
彼女の疑問はもっともだ。
だからこそ、シェリーの時代の研究者らも、頭をひねっていた。
ただし、リナの日記を読み進めていく内に、これだけは確信が持てた。あの巨大なクレーターが、やはりトヌンプェ族に由来していたということだ。
日記は、最古の生命維持装置が見付かったところで途切れていた。
「ここからは、彼女の助手達の記録だが……」
「…──?!」
櫂が次のページをめくった。
リナの文体とは違う。だが、彼女と調査を共にしていた研究員達が、当時の記録を引き継いでいた。