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悪魔の目覚め、そして、結託


 リナら考古学者達は、隕石クレーターを調査していたある時、古びた生命維持放置を見付けた。それは、当時の近代技術を引き合いに出しても卓越していて、それこそが、トヌンプェ族らが先鋭的な冷凍睡眠の実現に向けて開発した逸品だった。その謎全てを紐解くために、リナ達はより研究に没頭した。そして、覚醒させた。



「ビッグバン以前の……つまり先史時代から冷凍睡眠していたトヌンプェ族を、リナさん達が目覚めさせたということですか……?」



 シェリーは、モニターに上がった記録を、信じられない思いで見ていた。


 愕然とする一同をよそに、櫂だけが神妙に頷いている。



「リナさん達の手で目覚めたあいつら……つまり五体のトヌンプェ族は、彼女達を惨殺して失踪しました。この記録の最後のページは、やつらから逃げ延びた研究員が完成させて、守りきったと伝わっています」



 つまり、考古学者の不審死は、彼女自らが覚醒させたトヌンプェ族による殺害だったということか。



「こんなきわどい話、それは、ドキュメンタリー番組じゃ流せないよね……」



 翡翠が腕を抱えて震えた。



「皆さん、西へ行かれるんですよね?」



 重々しい空気を破るようにして、櫂が口調を切り替えた。



「ここから西への通過地点に、復興の進んでいる村があります。そこは、呪いにでもかかったみたいに、ことあるごとに妨害を受けてもいて……」


「それって、ヘレンモの河畔に沿った村か?」



 輝真が咄嗟に口を開いた。


 西を除くほぼ全ての国内を横断したことのある彼が、櫂に代わって説明を始めた。



「確かにあそこは、暮らしやすかった。だが、そういう村ほど狙われやすい」


「つまりロボットの仕業……」



 それからシェリー達は、リナの残した研究室をひと通り見学した。工場を出る頃には、太陽が真上に昇っていた。宿に戻ると、滞在中の客達が、倒壊した倉庫に集まっていた。彼らに、櫂が嘘も方便を交えながら、混乱を招かないよう説明をした。




 チェックアウトの支度を終えて、シェリー達は最後に広間に集った。


 村を発つ時、いつも別れが惜しくなる。戻ればまた会えるのに、まるで永遠の別れのように感じるのは、世界が、狭いようで広いからか。


 一同が、何度繰り返したか分からなくなりそうな別れの言葉を交わしたあと、シェリーは口調を切り替えた。



「輝真さん。ショウ、レンツォ。…──私の話、聞いてくれない?」



 彼らに緊張の面持ちが浮かんだ。


 リナ・ミーチェの残したものを見て、彼女に感化されたのかも知れない。


 話すなら、きっと今だ。それで彼らとの心の距離が広がったとする。耐えられる気はしないが、この先、平気な顔で隠し通せる自信もない。


 シェリーが何を打ち明けようとしているか。努めて表情を変えないよう、唇を結んでいる翡翠からも、引き締まった空気が伝わる。


 彼女は、きっと味方でいてくれる。側にいてくれる。ふとした拍子に揺るぎそうになるその確信も、今はシェリーの背中を押した一つだ。








 それは、永遠のように長く、至極単純な昔話だ。


 不治の病の治療薬を待って眠ったつもりが、いくつもの時代を超えていた。通りすがりの翡翠の協力で目覚めたシェリーは、彼女と過ごした短期間に、再び生きる目的を見付けた。…………



 自身の素性を明かしたシェリーに、輝真もショウも、レンツォ、そして櫂も、しばらく言葉を失っていた。


 先鋭的な技術を駆使した冷凍睡眠。


 彼らにとって信憑性に欠けるものではないにしても、身近な人間が使っていたとなれば、きっと話は別だ。



「嘘……だろ……」


「いや、でも、まぁ。シェリーさんだしな」


「オレは、前より尊敬しました。姉さん」



 驚きから、納得へ。


 彼らをとりまく空気感が、次第に日常のそれへ戻っていくのを肌で感じた。


 輝真の動揺は、仕方ない。それでも、ショウ達は相変わらずと言うべきか、科学への関心の方が優るようで、櫂は今更、何を見聞しても驚かないといった姿勢を貫いている。



「隠していて、ごめんなさい。混乱を招きたくなかったし、それに……こんなの、幽霊みたいで……」



 シェリーの呟きを、軽快な笑い声が覆った。


 ショウが、腹を抱えていた。



「ゆ、幽霊って……はは。……イテッ」



 翡翠のつま先が、ショウの足に蹴りを入れた。もっとも、彼はすぐに誤解を解こうとしてか、神妙な顔で口を開いた。



「違うんすよ、姉御。その、人間……じゃないっすか。姐御」


「…………」


「そ、そうです!姉さんは姉さんです!隠していたのだって、それは……オレだって姉さんの立場だったら、同じように、言いにくかったと思います」



 ショウとレンツォが頷き合う。


 シェリーをまっすぐ見つめる彼らは、今朝までと同じだ。眩しいくらい純粋な思い。シェリーが、自分に向けられるにはもったいないないと怯むほどの親愛を、そこに感じる。


 彼らに目を向けていたシェリーは、翡翠の又隣にいた輝真からも視線を感じた。



「話してくれて有り難う、シェリーさん」


「輝真さん……」



「俺、シェリーさんに救われた。西への旅も、一人だったら決意出来なかったし……」


「お、オレらも!姉御がいなかったら、盗賊になって、夢も希望も諦めてたぜ!」


「私も……!」



 彼らを上回るほどの声で、翡翠が叫んだ。


 少女のあどけなさと思慮深さを湛えた目が、シェリーを射抜かんばかりにまっすぐ見据えた。



「それに、私は、もしシェリーが他に何か隠してたって、いつか話してくれるなら、納得する。私の家族のことだって、待っててくれた……私から話すまで……。でも、今は、シェリーが私の家族みたいなものだし……理想の家族って、きっと、隠し事だって受け入れられる関係で……」



 輝真達が頷いていた。大半眠っていたとは言え、それだけの歴史を超えた仲間と西を目指せば、史上初の奇跡も起こり得る。そんな諧謔まで添えて。



「行くです、西へ」



 シェリーの膝によじ登って、モモカが一同を見回した。



「財宝、手に入れるぜ……!」


「家族の仇。ミサさんの想い、凛久の守ってきたもの……私達が、必ず」



 翡翠の声が、シェリーの脳裏に彼らの姿を描かせた。


 自分で思っている以上に、人は、自分のことを想ってくれているものかも知れない。シェリーは、それを両親という肉親を通して痛感していたはずだ。そして、今は翡翠に。新たに出来た、仲間という家族達に。


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