シェリー達は、村人達の目を盗むようにして、中部を発った。
昨日の翡翠が特別ではなかったからだ。櫂曰く、ここでは日常的に旅行客らが襲われる。貧困が、それだけ彼らを追いつめてきたということだ。
ヘレンモの湖畔に繋がる山道は、鬱蒼としている。途中、ロボットに出くわす度、シェリーは移動基地の武装システムで対処した。
障害物が引いたところで、扉を叩く音がした。
操縦室から顔を出したシェリーを、華やかな苦味を連れた香りが包んだ。
目つきの悪い青年が、カップを乗せたトレイを持って立っていた。
「お疲れ、姉御。すげぇっすよ!こんな快適な旅、初めてっす。コーヒー、どうぞ」
「有り難う。お気に召して良かったわ。あの程度なら、降りるほどのものじゃないから」
病院跡地への道のりが、シェリーの中で重なる。あの時も、山道をうろつくロボット達を、今のように撃退していた。
「ですですぅ!」
モモカが、シェリーとショウの間に割り込んできた。
彼女がショウからトレイを受け取る。ふさふさとした両腕が、器用にそれをテーブルに運ぶ。
「いつ蓄えが底をつくか分からないです。よって、下手に消耗して食糧やマッサージ機に頼るより、武装システムに燃料を費やす方が、エコロジーなのです」
モモカの物言いに、ショウが心なしかたじろいだ。
シェリーは、聞き分けの良い子供の顔で頷く彼が気の毒になる。
「いつも節約しているわけじゃないから。二人とも、ここはあなた達の家と思って、楽にしていて」
「姉御ぉ……」
大仰に顔を歪めたショウの肩越しに、翡翠の顔がひょっこり覗いた。
「お疲れ様、シェリー。休んできたら?交替するよ」
シェリー達の脇をすり抜けて、翡翠が奥の操作パネルに進んでいった。彼女の視線が、外のカメラを中継しているモニターに移る。
ショウがリビングへ戻ると、シェリーは翡翠の厚意に甘えた。
腰を下ろして、あの強面の青年からは想像し難い、繊細な風味のコーヒーを味わう。途中、モモカに琥珀糖を持って来させて、真剣な顔で防衛に務める翡翠にそれを振る舞った。
ただし、サイドテーブルにはコンピューター。ディスプレイ画面には、設計図や古代言語のHTMLが並んでいる。
「それ、ロボット?」
翡翠が振り向いてきた。シェリーまでつられて頬がゆるみそうになる顔で、咀嚼音を鳴らしている。甘い物を好む彼女は、貯蔵庫の砂糖で作った菓子を気に入ったらしい。
作業を続けながら、シェリーは頷く。
「ショウ達に返さなければいけないでしょう。なるべく原型をとどめておきたいのだけれど、せっかくなら性能も強化しておこうとすると、元通りになるのが外装くらいで……」
いっそのこと本人達の意見も取り入れながら修理すれば、彼らの学びにもなるのではないか。
そんな考えがシェリーの頭をよぎった時、前方に、複数の人影が見えた。
カメラを動かして、モニターの中継範囲を広げる。
すると、彼らの多くが撮影機材を抱えていて、近くにはテントや折り畳み式テーブル、反射板、それに大型車が三台あった。
「あれって……!」
翡翠が興奮気味に声を上げた。
「インターネットテレビの撮影だ……!」
* * * * * *
ヘレンモ湖畔の一歩手前で会偶した団体は、有名なドキュメンタリー番組の取材班だった。
シェリー達は移動基地を降りて、彼らに接触を試みた。
都市伝説や不思議な話に特化している番組なら、そう簡単に目ぼしい情報は他人に共有しないだろう。シェリーの期待は薄かったのに、実際、話せば彼らは友好的だった。
「転生の記憶を持つご婦人に、お話を伺いに行きます」
今回の企画の目玉を明かしてくれたのは、メインキャストを務める一人で、志成という青年だ。そして隣にいる女性がトキ、彼以上のベテランだ。
トキが補足する。
「ご婦人は、我々にメールを下さいました。前回、番組がヘレンモの都市伝説を特集したあとです。彼女は村の住人です。ただし、今生に限らず、何度もヘレンモ湖畔の近くに生まれ落ちてきたのだとか。彼女曰く、先進的で裕福な故郷は、呪われている。復興は何度も妨害されて、自分はこの地に縛られ続けている──…と」
「復興が妨害されてきたのは、知っています。オレ達はその真相を暴こうと、村へ向かっていますから。でも、婦人のことは初耳です」
「ご婦人は、いつの記憶をお持ちですか?ご年齢は?」
レンツォに続いて、シェリーも一歩前に踏み出て問うた。
今度は、取材班リーダーを名乗る男性が口を開く。
「六十代と伺っています。記憶は、およそ千年間。十五回は転生していることになりますし、いたずらかと疑いましたが……」
「ビデオ通話で少しお話ししたところ、彼女の証言には正当性がありました。我々も知らなかったような各時代の政治事情、情勢、ちょっとした事件まで……専門家に確認して、全て事実と一致しました」
興奮気味に話すトキから、シェリーは翡翠に視線を移した。
彼女にも、疑り深い表情が浮かんでいる。
百歩譲って、転生という非科学的な現象があるとする。だが、同じ土地で、複数の人生を繰り返せるものか。しかも、およそ千年の記憶を持ち越して。