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千年の記憶を持つ婦人


 翡翠と輝真がたまにインターネット配信を観ているというドキュメンタリー番組の取材班は、山中での撮影を終えると、ロケバスに機材を積み込んだ。


 いよいよ目的地へ向かう三台を、シェリー達も移動基地で追う。


 道中、またぞろロボット達が行く手を阻んだ。村に近付くほど武装システムの攻撃も通りにくくなり、翡翠と輝真が降りて応戦している隙に、シェリー達は取材班を安全経路に誘導した。


 山道が途切れると、近代的な眺めが広がっていた。

 夕陽を受けて朱色にゆらめく湖は、西からの川に繋がっていて、辺りを低木が囲っている。人々は比較的不自由ない暮らしをしている風で、二、三建てや高層階の建物も目立つ。


 取材班から護衛の謝礼が送られてきた。番組の未公開映像だ。


 さっそく観たいという翡翠の希望で、シェリー達は食事を移動基地内でとることにした。



「植えたての木が多かったのは、そういうことか。SDGsで自然を増やしても、何者かに伐採される。ま、犯人はロボットだろうね。大型商業施設の建設頓挫は、近代史で習ったことある。恐ろしい事故が原因だったって」



 コンピューター画面の中のトキと志生に相槌を打つ翡翠は、生き生きしている。


 今とは髪型の違う彼ら。二人が以前も村を取材した時の映像が、次々と映し出されていく。


 豊かな村は、狙われやすい。


 そう、亡き友人も話していた。


 特に、ここはそれが顕著だ。



「村と自治体が一丸になって、復興に積極的だなんて……」


「前向きな村は、こんなんっすよ。戦前が人口インフレっしょ?今より四割多かったなんて聞いても、オレらには世界の危機って実感、湧かねぇ」



 豪快に笑って人工肉を頬張るショウの隣で、レンツォもフォークに山菜を絡めながら頷いている。



「平和を知らないオレ達は、今が、こんなものかと思う程度です。とあれば、最低限の衣食住さえ出来れば、人は夢や利便性に目を向けるもので……」



 結果、この村のように、前向きな施策を打ち出す土地も出てくる。


 おそらくレンツォが言いたいのは、そういうことだ。






 ロケバスのメンバーが休憩を終える時間、シェリー達は、彼らとの合流地へ向かった。


 取材の対象者である婦人──…ルネは、白髪頭の配偶者と暮らしていた。記者のキャリアが長い妻と同じで、彼も現役のエンジニアとして、村の復興に尽力している。


 一同は、居間に通された。


 テーブルには、ルネがこつこつ書き溜めてきた、彼女の記憶が広げてあった。膨大な書紀だ。



「伝えることが、私の使命だと思いました」



 静かな物言いで、ルネが目尻に皺を刻んだ。


 彼女を代弁するようにして、深い知性を感じさせる老齢の配偶者が口を開く。



「ルネは、過去の継承が、未来をいい方へ導くと考えています。過去を後ろ向きに思う人達もいますが、教訓や反省を伝えることで、変えられる明日もあると、わしも彼女を信じております」



 シェリーは、書紀のひと束を拾い上げた。そこには、つい懐かしくなる内容が記してあった。

 この国が武力を放棄していた頃、つまりシェリーが眠る前の時代だ。情勢、風潮、事件──…文面は、本当に彼女が見聞したのではないかと錯覚するほど鮮明に、当時の様子を伝えている。隣で翡翠が見ている五百年前の記録にしてもだ。その時分、戦争は苛烈を極めていた。外部に漏れたはずのない、軍事の機密事項まである。



「シェリーさんのご覧になっている頃は、今と比べたら極楽浄土でした。格差社会は変わりませんけれど、空爆やロボットに怯えることも、農作物が根こそぎ取られる心配もありませんでした」


「この村を荒らしているのは、ロボットですか?木が伐採されたり……」


「ええ、彼らは、私達の進歩を良く思っていませんから。千年前の大飢饉が再来しないよう、祈るばかりです」



 シェリーが翡翠と取材班を見ると、ルネを補足するようにして、志成が話を始めた。番組でMCを務めている時の口調だ。



「不作が発端でした。その年、農家の土が異常に痩せて、追い討ちをかけるようにして、海外の大手企業が、次々と経営難に陥りました。燃料不足が原因です。他国へ略奪に出たのは、元来、過激派だった国々です。不作、不況は彼らの国も例に漏れず、豊かな土地を侵略しようと乗り出しました」


「それが、第三次世界大戦の始まり……」



 翡翠が呟いた。


 それはシェリーも知っている。

 過去の事象をインターネットの検索にかければ、千年の戦争の発端として、第三次世界大戦は高確率でヒットする。


 戦争は、不況が引き起こしたのか。人々は何かに憑かれたように略奪に走って、千年近く、互いの血で血を洗った。


 だとすれば単純な話だ。だのに何故、そこに悪魔の関与が疑われているのか。…………



 トゥルルルルル──…



 夫婦の通信機が鳴った。


 来客らに断りを入れた紳士が応答する。


 彼は、それから何か話し始めた。大切な相手を案じるような物言いの彼を、ルネの温かな目が見守っている。


 次第に、彼の顔が曇っていった。穏やかな口調は動揺が目立ち、健康的な頬が徐々に血色を失くしていく。


 通信を切った時、彼は死人のような顔をしていた。



「アンリが、誘拐された……」



 孫娘の悪い知らせを口にして、紳士が急に咳き込んだ。


 彼を励まして、シェリー達は配偶者以上に震えているルネに、孫達の家の所在を訊ねた。


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