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明日を創る者、狩る者


 シェリー達は、ルネの娘らの暮らす家へ向かった。


 取材班のロケバスも、移動基地に続いて走行している。



「ルネさん達とモモカ、置いてきて平気なのか?」



 村に目を遣っていた輝真が呟いた。


 シェリーは、愛用の盾を脇に構えている彼に頷く。



「モモカには防衛システムを装備してきたわ。ルネさん達には、彼女と待機してもらった方が、安全なの」



 何より、ショウが紳士の同伴を拒んだ。彼の意図は分からないが、思うところがあったのだろう。



「見えてきたよ、あの家じゃない?……あっ!!」




 翡翠が声を上げた瞬間、一同に緊張が走った。


 ロボット達が集ってきたのだ。夕陽を浴びた鋳鉄色の障害物が、移動基地に急ブレーキをかけさせる。



 キーッ……キーーーー!!



 間一髪、車体同士の接触は免れた。


 シェリー達は外に出て、無数のロボットを迎撃する。



 バキューン!!バンバンッ!!



 ガシャン……ガシャン!!



 ロボット達の腕が破損していく。


 それでも尚、数を増やしていくそれらに照準を合わせている間にも、余力のある個体が起き上がって、シェリー達に接近してくる。



「輝真さん、取材班を保護して!」


「俺様の出番だな!」



 カラフルな上着の裾を翻して、輝真がロケバスへ走り出す。移動基地の後方を狙うロボット達が、彼の盾に弾かれていく。



「こいつら、何体いやがる……っ」


「とりゃっ!フンッ!しつこいですねぇ!」



 バババン!ズキューン!



 輝真の盾に吹き飛ばされたロボット達を、ショウとレンツォの銃が砕く。背中合わせで引き金を引く彼らの顔は、苛立たしげだ。二人に接近したロボットらの数体が、蹴りを食らって地面を滑る。



「せめて部品が手に入れば……」


「分解システムが起動出来る?」



 翡翠に、シェリーは頷く。頷きながら、彼女を狙った個体に発砲する。



 バキューン!!



「はぁ、……」


「発動まで隙が出来ない……」


「私が対処してる!シェリーは準備を!」


「姉御!」



 翡翠の声に被さって、ショウが何か投げてきた。


 シェリーが掴み取ったそれは、ずっしりと重い鉄の塊だ。



 ズキューン!!バンッ!バンッ!



 以前に増して見事な命中率で発砲を続ける翡翠。


 シェリーは、いざという時は逃げてくるよう念を押して、移動基地に駆け込んだ。






 分解システムの発動準備を進めながら、シェリーはルネの話を思い返していた。


 彼女が転生者である確証はないが、ルネという記者の人生は本物だ。そして、彼女の孫娘へのまごころも、シェリーに胸迫らせた。


 過去の過ち、とりわけ戦争の記憶を未来への戒めにする傾向は、昔もあった。

 悲劇は悲劇だ。教訓が未来を動かすというのは、過ちを正当化しようと仕向けているだけとも言えるが、永遠のように長い歴史の中で、多くの血、無数の涙が流れてきた。後世、それらの事実に向き合って、胸を痛める人間が一人でもいれば、彼らの追悼にはなる。彼らの生きた証になる。


 事実を伝えようとしているルネの意思は、アンリにも共通しているだろう。聞けば、彼女は報道関係者を志している。将来、祖母の書きしたためた千年を、自身が発信するという夢を語っていたらしい。



 …──書紀は、孫が小さかった頃、未完成でした。孫は字も読めないのに、おばあちゃんが書き物しているところを見るのが楽しいと言って、私の話もしょっちゅう聞きたがりました。


 わしらの経験は、戦争を経験してもいない子供の好奇心を刺激したのでしょう。若い頃に従軍したわしに、英雄でも見る目を向けていました。おじいちゃん、すごい。勇敢だ、と。



 孫娘との遠い日を、夫婦は目を細めて振り返っていた。


 リナ・ミーチェの事件を踏まえれば、アンリの夢は危険だ。いつかトヌンプェ族の魔の手が、彼女に迫る。


 それでも、彼女らの思い出まで消されてはいけない。






 まもなくして、シェリーはロボットの欠片と同質の鉱物を接続対象に設定して、分解システムを発動させた。


 翡翠は彼女の簡易バリア、輝真は盾で、どう吹き飛ぶか予測不能の鉄片から防御を図った甲斐あって、ショウ達や取材班も巻き添えにならず、ロボットらだけが全滅した。


 騒ぎを窓から覗いていたのは、シェリー達の訪問先の住人だ。彼女はルネに瓜二つで、ひと目で分かった。



 アンリの母親──…朱里は、シェリー達を出迎えた。彼女は立っているのもやっとの様子で、時々、混乱に陥りかけながら、娘が連れ去られてからの状況を開示した。



「母の話していることは……ほ、本当です。そのせいでアンリが狙われました!お願いします、母を説得して下さい、資料も記憶も差し出すように!」


「落ち着いて下さい、場所はこちらで間違いありませんか?必ず無事に、アンリさんを保護しますので──…」


「自衛隊みたいなこと言わないで!」



 感情的に叫ぶ朱里に、取材班が同情の目を向けた。翡翠とショウが、今に理性を失くしかねない彼女からシェリーを庇うようにして、心なしか前に出た。



「お母さん、お気持ちは分かるっす。有志の自衛隊は主に犯罪を取り締まる組織で、冤罪を防ぐためにも慎重っす。実害がなきゃ動かねぇケースも……ギルドと違って、手続きも面倒っす。が、まずは話を聞かせて下さい」



 それがアンリを救出する近道になる。


 ショウが言い聞かせると、朱里が深呼吸した。そして、今一度、辛い記憶を振り返る彼女。


 朱里が犯人グループから受けた通信でのやりとりによると、アンリは山道付近の廃工場に繋がれている。彼らの要求は、まずルネと、彼女の所蔵している資料を引き渡すこと。人質の解放は、そのあとだ。



「それじゃあ、アンリさんが助かっても、ルネさんが……!」


「母は、帰ってこられます。トヌンプェに関する記憶を切除されるだけですから」



 そんなことが可能なのか。


 刹那よぎった疑問を、シェリーはすぐに解消した。


 トヌンプェ族は、鬱やトラウマを克服している。おそらく、それらの治療法を応用して、ルネの記憶を消すつもりだ。


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