朱里を除く一同は、廃工場に潜入した。
囮役を引き受けたのは、トキと志成だ。取材班の面々を始め、彼らにミーハー心を働かせている翡翠や輝真も猛反対したが、番組の企画が面白みを増すだろうという当人達の主張が彼らを押しきった。
外を見張っていた犯人達は、トキ達の扮したみすぼらしい姉弟を憐れんだ。
お腹が空いて倒れそうだ。助けてくれたら、旅の途中に見た鉱山の在処を教えよう。
そうした彼らの甘い話に、犯人達は目がくらんだのか。耳の尖った異星人らは、ふてぶてしい顔を見せながら、飲み物とおむすびを提供した。
「あんな簡単に引っかかるなんて、気味が悪いわ」
「ヤツらも、バケモンじゃないからな。面倒ごとになるよりか、とっとと去らせたいんだろう」
輝真に頷いて、トキ達の熱演から目線を逸らすと、シェリーは屋内に入っていった。
工場跡は、肌寒いほどひんやりしている。足音にも気を遣う。どこかで息を潜めている立てこもり犯らは、ふとした拍子で、侵入者らに気付くかも知れない。
「それより、こっちの方が怖いよぉ……ひっ」
翡翠がシェリーに抱きついた。
五人の横をネズミが走り去っていく。
「翡翠、こういうとこ苦手よね……。待たせておけば良かったわ」
「ううん!平気!」
言葉と行動が一致していない。
シェリーがそう感じたのは、くっついたままの彼女が、ほどんど自身の脚で立っていないからだ。
「翡翠。怖けりゃ素直に言えよ。間違っても叫ぶんじゃ──…」
「キャァアアアああ……っ!!!」
絶叫が、ショウの懸念を現実にした。
眩しい光が辺りを照らす。
ウィーーーーーン……ピコーピコー……
「まずいっ」
サイレンに追い立てられるようにして、二匹のネズミが壁穴に走り込んでいった。彼らと入れ替わりに近付いてきたのは、複数の怒声と足音だ。
「くっ……」
「フンッ!」
シェリーと輝真の構えた盾に、無数の弾丸が衝突した。半数は静電気を放ちながら落下して、もう半数はUターンする。
「イテッ!貴様達、何者だ!どこから来た!」
「ショウ、レンツォ!」
シェリーの指示した青年達が、弾に当たって地団駄を踏むトヌンプェ族らの斜め死角へ立ち去った。
犯人らが追撃に出る。その行く手に立ちはだかって、シェリーは彼らに銃口を向ける。
見付かったのは想定内で、段取り通りだ。ショウ達とは、こうして二手に分かれるつもりでいた。
バキューーーン!!
「くそぅ!」
ズシュ!
「えぃやっ!!」
翡翠が簡易バリアを展開した。
銃弾がシェリーに触れる寸でのところで、二人を覆った蛍光色の壁が、全攻撃を排除した。
「ゥオリャァアアア!!」
輝真が突進していった。盾を後方に構えた彼は、銃を犯人グループに向けて、アンリの所在と目的を問う。
血相を変えたトヌンプェ族らも、輝真に銃口を向ける。
「武器を下ろせ」
「貴様らがしゃべればな」
「表のヤツらが、どうなってもいいのか」
「っ……!!」
シェリーは、翡翠と顔を見合わせた。
さっきの警報で、外のトヌンプェ族らに通達があるのは当然だった。
シェリーは、通信機でトキに呼びかける。
「無事ですか?!」
『は、い……あ、きゃ……いやぁぁあああっ……!!』
それきり通信が切れた。
嫌な予感が襲ったのは、シェリーだけではない。翡翠も、何より輝真が、悪夢にでも迷い込んだ顔を見せている。
ややあって、通信機が鳴った。ショウからだ。
* * * * * *
翡翠と輝真を外へ向かわせて、シェリーはショウ達の元へ急いだ。
トヌンプェ族らには電気ショックを与えただけで、急所は外した。彼らがロボットを所持していれば、どれだけの個体が制御の外れた獣になるか、予想つかない。
ショウ達は、繋がれた少女を見付けたらしい。
彼女に怪我は見られない。ただ、近くに時限爆弾がある。解除は出来るが、万が一の誤りを防ぐために確認を頼みたいということだった。
彼らがアンリに違和感を覚えていないなら、少なくとも彼女は人間だろう。
だが今日、シェリーは、自分達が何かしらの計画に踊らされている感覚が拭えない。
この誘拐事件自体、罠ではないか。
さっき朱里の肩越しに、居間のキャビネットが見えていた。そこには伏せられた写真立て。彼女がシェリー達を家に入れなかったのは、立ち話で説明を終えてしまいたいほど追いつめられていたのもあるだろうが、隠し事のためではないか。
輝真が、あの写真立てについて奇妙なことを口にしていた。
同じものがルネの家にもあった。彼が彼女の配偶者に家族写真かと問うと、あの紳士は目を泳がせて、遅れて頷いたという。
輝真はモモカに耳打ちして、彼女に写真を調べさせた。
すると、彼女は夫婦の目を盗んで覗いた写真の被写体を、人間が見ればぞっとするだろうと言ったという。
「姉さん!」
重い鉄の扉を開いたシェリーに、レンツォが振り返ってきた。
彼の足元で、ショウが爆弾装置を検分している。
十五になるかならないかの少女が、シェリーを見上げた。
さっきまで憔悴しきっていたらしい。見ず知らずの青年達に発見されて、彼らの耳の形を確かめてから、落ち着いてきたようだ。
「初めまして、シェリーさん……お兄ちゃん達から、お話は伺っています……有り難うございます……」
アンリを間近に見た途端、さっきの疑念も吹き去った。
ルネ達が何を隠していても、きっと彼女に罪はない。大人びた顔立ちのせいか、彼女は、翡翠と大して変わらない年端にさえ感じる。どちらにせよまだまだ守られていなければいけないような少女が、わけの分からない抗争に巻き込まれて良いわけない。
「ショウ、ナイフは持ってる?」
「これで切るんすか?」
「分解システムの電磁気を集めて、アンリさんの鎖を切るわ」
仮の媒体としていた通信機から、シェリーはショウのナイフに電磁気を流した。システムを直接繋ぐより威力は劣るが、アンリを解放する分には問題ない。造作なく、彼女の両足首の枷は外れた。
「あとは、爆弾を止めればいいだけね。…──翡翠」
通信機に呼びかけると、すぐ彼女から応答があった。
外のメンバーも無事らしい。トキ達も危険地のロケに慣れているだけあって、ロケバスから武器を下ろして、加勢してくれているという。
「有り難う、翡翠はロケバスと移動基地を守ってくれる?トヌンプェ族は、急所を狙って構わない」
『ロボット達が出てくるんじゃ……』
「放っておいても、いつか被害が出る。片付けておかせて」
『オーケー。立つ鳥跡を濁さず、旅は続けたいもんね』
通信機を切ると、シェリーはアンリの視線を感じた。
「おばあちゃんの記録は……それに、おばあちゃんは……」
シェリーが無事を伝えかけた時、レンツォが前に進み出てきた。
「アンリさん」
シェリー達の間に割って入ってきたレンツォ。顔色の悪さが定着したインテリジェンスな青年が、彼より七、八は歳下だろう少女に厳しい目を向けている。
「あなたは──…いや、ご母堂とおばあ様は、何者です?」
アンリの純粋な双眸に、明かな動揺が浮かび出た。