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パーソナリティマイクロチップ


 爆弾装置の作動を止めて、シェリー達は廃工場の外に出た。


 案の定、容赦なく攻撃された主人らの危機に、ロボットの群れが駆けつけていた。


 アンリは、まだふらついている。シェリーは彼女を取材班リーダーに預けて、匿うよう頼んだ。


 二人がロケバスに入るのを見届けたシェリーとショウ、レンツォの前に、トヌンプェ族が飛び出してきた。彼も腕を負傷している。同期しているロボットも、どこかで制御が外れているはずだ。



「くっ」



 バキューー──…



 ガキン!



 孔雀の羽根を想起する華やかな盾が、耳の尖った青年の一撃を弾いた。間一髪、駆け込んできた輝真の足先よりやや離れて、シェリー達を狙った弾丸が落ちた。



「貴様っ」



 負傷した青年が再び銃を構えた時、ガシャンガシャンと不気味な音を立てながら、ロボット達が近付いてきた。それらを追ってきたのは翡翠だ。



「いけ!お前達、そいつらをやれ!」



 青年が叫ぶや、ロボット達が速度を増す。その姿は、まるでよく躾けられた獣だ。



「そうはさせないっ!」



 バンバンバンッ!!



 負けじと引き金を引く翡翠の弾が、彼女の代わりにロボットらを追う。


 半円に連射した彼女に飛びかかった一体に、シェリーは電動式の弾丸を撃ち込む。



「それは、白亜の暗部の?!」


「仲間だったんですか??」



 トキと志生が目を瞠った。僅か一撃でロボットがもがき出すという威力が、彼らに心当たりを覚えさせたのか。


 シェリーは、かの有名なギルドとは友人だとだけ回答して、次のロボットを狙う。



「わっ、わたしの、ロボットが……!!」


 「どこ見てるんだー?!」



 輝真が青年に急接近した。彼に続いて翡翠が砂利を蹴って、精密機器の覗いた手首に銃で殴打する。


 盾の出番がないまま、青年の銃が地面に転げた。


 さっきので、この青年の所持する個体は全てだったのか。


 鋭い目つきで五人を見回す彼に向かって、シェリーは問う。



「何故、ルネさんの記憶が必要なの?彼女とトヌンプェは、どういう関係?」



 最も考えられるのは、過去にルネがトヌンプェと取引した可能性だ。彼女の所持する千年の記録は、彼らからの提供ではないか。彼女が何かしら彼らに協力して、得た報酬。ただし、今になって不都合が生じて、今回の騒動が起きた。


 次に、ルネも冷凍睡眠していた可能性だ。だがそれはないだろうと打ち消したのは、シェリーと違って、彼女がその間全て記憶していると主張しているからだ。



 バンバンバンっ!!



 輝真が新たな一群に向けて連射した。


 誘拐グループ全員、ロボットを所持していたのだろう。制御の外れた個体の数は、キリがない。



「シェリーさん、分解システムで片付かねぇ?!」



 盾と銃を駆使しながら振り返ってきた輝真に、シェリーは難色を示す。


 あまり頼ってばかりいると、どこで燃料が底を突くか分からない。それに、ひょっとするとアンリはトヌンプェと繋がっている。今のところ罪のない彼女に及ぶ危険を危惧すれば、気は進まない。



「輝真さんの話してくれた、写真のことも気になるし……アンリさん、レンツォが探りを入れたら、動揺してたわ」


「黒ってことか?」


「彼女は人間。だけど、彼らと無関係じゃないかも知れない」



 ガコンッ。バキッ、ドン!バキューーーン!!



 ショウ達が取材班に加勢していた。シェリー達のいる移動基地に比べて、ロケバスを狙うロボット達は、より数が多い。その向こうに、廃工場内から引きずり出してきた二人を含む、誘拐グループが捕らわれていた。シェリーは、ロボットの残骸を呆然と見つめる青年も縄にかけると、彼をそこに移らせた。



「末代まで呪ってやるぞ……!!」


「くたばるのはお前達だ!!」



 目を剥いて憤る耳の尖った民族達。


 翡翠がシェリーに囁いてきた。



「あいつら、どうするの?」


「自衛隊に引き渡すわ」


「手続きが面倒だって……。それに、拘置所に何かされたら……」



 そのリスクはシェリーも承知だ。だが、人間がトヌンプェ族を断罪した前例はなくても、この人数を放置しておくわけにもいかない。いっそ姿も魔物めいていればとどめも刺せたが、こうも人間寄りでは、撃つのにも抵抗を覚える。



「今はっ」



 ズキューーーン!!ダンッ!ダダッ……ダン!!



 輝真が発砲を続けながら、二人の会話に割り込んできた。



「あいつらをどうするかはあとだ!ロボットさえ何とかなりゃ、宇宙人らは弱っちいからな!!」



 ダダダダダ……!!



 輝真の連射が、近辺のロボットらを全滅させた。

 確かに彼の指摘は的を得ていて、ロボットという戦力を半数以上失くした誘拐グループは、いつしか威勢が落ちている。



 シェリー達が緊張の糸をゆるめた時、ロケバスから悲鳴がした。



「止めろ!止めてくれぇ!!」



 それは、さっきシェリーがアンリを匿うよう頼んだ、取材班リーダーの声だ。



「待て!!」



 ロケバスの一台が動き出していた。アンリ達の乗った一台だ。重要な撮影データが積んであると聞くそれを、トキや志成ら取材班も、上体を前に傾けて追っている。


 彼女達の制止もものともしないで、砂利道を滑るロケバスは、みるみる速度を上げていく。



「アンリさんが運転してるの?!……待って!」


「くそぅっ」



 輝真もロケバスを追いかけた。


 だが、既に人間の足では敵わなくなったそれは、あっと言う間に遠ざかった。


* * * * * *


 残りのロボットを片付けて、シェリー達は衰弱した誘拐グループを自衛隊に引き渡した。


 すると彼らは、複数のトヌンプェ族らを一度に捕獲した旅人達の功労を称えて、事後処理を引き受けてくれた。


 訓練所では、兵器運用のためのロボットの試運転が行われていた。ミーティング中の自衛隊員達の姿もあった。



「解体した警察の代わりと言っても、有志で、自衛隊はほとんど頼れないと聞いていたのに……」



 シェリーが朱里の言葉を思い出していると、翡翠の又隣にいたトキが口を開いた。



「地域によりますよ。ここも問題はあるようですが、彼らを引き取ってくれたのは、良心的です」


「自衛隊があるってだけで、平和な証拠だ」



 各地を見聞してきた輝真曰く、無法地帯でない時点で、良い方らしい。


 ただし、気が重いのは全員同じだ。

 アンリを連れ帰れなかった。しかも、運転席に彼女がいたというショウ達の目撃情報に誤りがなければ、彼女がロケバスを乗っ取ったということになる。



「パーソナリティマイクロチップ……」



 神妙に呟いた志生に、トキがはっと目を見開いた。


 時々、彼らの番組を観ていた翡翠も、何か思い当たったらしい顔を見せた。


 ショウとレンツォがシェリーに目を向けてきた。



「姉御、知ってる?」


「…………」



 脳に埋め込む精密機器の存在は、千年前も、学会では認知していた。


 ただし、トヌンプェ族らがそれを何に使っていたかは、当時のシェリー達の常識を基準に推測していた。通信手段や、インターネットのハンズフリー化。


 それは、誤りだったのか?



「彼らはこの短時間で、アンリさんの脳にマイクロチップを埋め込んで、彼女の意識を乗っ取った……」


「シェリー、あれ!」



 ミーティングを終えた自衛官らが、シェリー達に近付いてきた。


 シェリーは、硬い表情で盾を構えかけた輝真を制す。



「ようこそ、自衛隊基地に。ご用はお伺いしていますか?」


「まさか……そちらのお二人、トキ姉と志生くんですか」


「俺、ファンです。どうしよう、緊張してきた」



 肩を並べた制服姿の青年達は、人当たりの良い印象だ。敵意を感じないばかりか、友好的だ。中でも長身の青年は、本当にトキ達に関心を寄せている。例の番組を毎週楽しみに見ている、と熱心に訴えている。


 ただし、青年達は、帽子を深く被っている。


 シェリーは、手近の青年の手首に指を伸ばす。



「失礼」


「えっ」



 青年が素っ頓狂な声を上げた。耳まで赤くした彼を、隣にいた友人が冷やかす。



「…………」



 脈は、打っている。機器の手触りもない。


 彼らの生態を見極められないでいると、翡翠が背伸びして彼の帽子をずらした。



「シェリーってば。ゴミ、こっちだよ」



 ひょい、と彼の帽子を外した翡翠。


 トヌンプェ族の証が露出した。


 シェリーは、片手を下ろす。非礼を詫びて翡翠の嘘に便乗すると、彼が首を横に振った。



「取ってもらって、有り難うございます。お客さんを前に、お恥ずかしい……」


「あなた達はここの自衛官の人ですか?」



 それは愚問だ。だがトキが確認したがったのは、制服を着用していたところで、人間の見方をするトヌンプェ族など、従来はあり得ないからだ。


 ただし、彼らは人間に肩入れしているのではない。


 パーソナリティマイクロチップは、おそらくこの星でも応用が成功している。それを脳に埋め込まれたトヌンプェ族らが、意識操作を受けているのだ。


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