シェリーは、青年の一人に協力を得た。トキと志生に執心している彼は、二人のサインをもらえるならと言って、脳のX線検査を承諾した。
彼の脳には、やはり精密機器が見付かった。3Dプリンターでコピーを取って解析すると、そこには人間の人格が書き込まれていて、対象者の凶暴性を除去した形跡もあった。
「誘拐グループをあっさり引き取ってくれたのは、やつらもこうした使い道があったからか……」
シェリーは、ショウに頷いた。
手放しに感心出来ないが、異星人とは言え、処分するより感心出来る。
それから青年を自衛隊基地に帰すと、一同はルネ達の家に戻った。
「お帰りです!お孫さんは、無事だったです?!」
「皆さん、アンリは……孫は、見付かりましたか?!」
留守番していた二人と一匹を見回して、シェリーは気が重くなる。
足首にすり寄ってくるモモカの毛並みを感じながら、シェリーはルネに、まず千年分の記憶を自覚したきっかけはなかったかを訊ねた。
それが周りくどく感じたのか。輝真が前に進み出て、おろおろと目を泳がせる婦人を見下ろした。
「あんたの記憶、そこの書紀だけじゃねぇだろ?出してもらわねぇと、これ以上は協力出来ない」
確かに、ルネのしたためた記録は、客観的な歴史のみだ。彼女自身や、遠い宇宙から漂着してきた技術者達に関しては、存在の示唆だけだった。彼女が現実主義者なら、話は別だ。だが今更、それはない。
孫娘を想い、人々の未来を慮るルネの素顔は、どこにあるのか。
「ルネさん」
シェリーは、輝真に肩を並べた。
この世に絶対はない。九十九パーセントの確率も、時と場合とでは残り一パーセントが覆すのに、地球人とトヌンプェ族が相入れないという規則もない。
「ルネさんには、トヌンプェ族に、親しい間柄の人物がいる。それでお間違いありませんか?」
彼女達がどんなかたちで関わっていたか、知る由もない。だがその関係が、ルネに千年の神秘を与えて、彼らに目をつけられた。
アンリをさらった一味の狙いは、ルネの書紀ではない。彼女の脳に埋められた、パーソナリティマイクロチップだ。
* * * * * *
取材班とルネの配偶者を残して、シェリー達は移動基地に戻った。
複製したパーソナリティマイクロチップを探索機にかけると、村のあちこちで同類の機器が反応した。中でも、さっきの自衛隊基地の密度は高い。他にも、工業施設や農場などが、異星人らの居場所と分かる。
「トヌンプェ族に意識操作されたアンリさんは、こちら側に潜伏して、不都合な情報を消そうとするでしょう。ロケバスに積んだ取材データ……何より、孫娘ならルネさん達を油断させられる」
「取材データは、バックアップを消さなきゃ意味ない」
「そのための人質だろ。同乗してる取材班リーダー。あいつを脅せば、一発だ」
ショウの予想に追い立てられるようにして、一同は村を急いだ。
戦後の復興が進んでいる村の景観は、シェリーに昔を懐かしませる。川の水は澄みきっていて、大きな噴水のある公園では、子供達がゲーム機で遊んでいる。
「この村は、大気汚染も危険値を下回りました。植物の品種改良に携わったのも、マイクロチップを埋め込まれたトヌンプェ族です。それだけではありません……」
ゆるやかに走る移動基地から近代的な景観に目を遣りながら、ルネが続ける。
空気洗浄機に太陽光電池で走る車、低コストを実現した通信機、浄水機──…人々の生活を支えているものや施設は、トヌンプェ族が尽力してきた結果だという。一方で、村は狙われやすくもなった。どの施設も真新しいのは、何度も彼らの被害に遭って、再建されてきたからだ。
「だけど彼らはくじけません。諦めるより、快適な未来を選びました」
話を終えたルネに導かれるようにして、シェリーも村を眺める。
マイクロチップの反応が、また近い。
人間によるトヌンプェ族の意識操作は、やむを得ないのか。
脅威だった異星人らが、この星の未来に貢献している。自衛隊施設にいた青年達は、人間として暮らしていた。科学が未来を照らすという理想に、この村は向かっているのではないか。
「私達の共存に、必ずしも意識操作が必要とも言いきれなさそう……ですけれどもねぇ」
何か考え込んでいたルネが、眉尻を下げて微笑んだ。目尻に皺を刻んだ彼女の顔は、善良な人となりを絵に描いたようだ。
このルネが、何故、トヌンプェの女性と並んで写真に写っていたのだろう。
シェリーが頭を悩ませた時、ルネが続けた。
「少し、昔話をさせてもらえますか?皆さん」
それは、星を超えた女性と女性の深い絆の物語だ。
否、物語ではない。
ルネが書き残さなかった、彼女だけの真実。
それは彼女が、あるトヌンプェ出身の女性と出逢ったところに始まる。
* * * * * *
シェリーは、ルネの千年転生を繰り返したという彼女の虚言の真相を知った。
ルネの友人、つまりトヌンプェ族の女性は、彼女の大学在学中の同期だった。戦時中、そこまで進学出来たのは、逸材の若者達だけだ。優等生だけの箱庭で、終末への一途を辿る世界に悲観していたルネと女性は、いつも行動を共にしていた。
女性の両親は歴史家だ。先天的な天才だった彼女と勉強熱心なルネは、将来の夢もよく語らった。
…──私達の民族は、身勝手で凶暴だと知られているけれど、否定出来ない。私欲のために、地球をかき回したんだもの。その結果が、今の有り様。
ルネの耳の尖った親友は、ことあるごとに、トヌンプェのもたらす地上の不具合を憂いでいた。
資源を根こそぎ奪ったところで、トヌンプェ族は何を手に入れただろう。地球人と、やがて共倒れになるだけではないか。互いに血だけ啜り合って。
こんな末世に、自分達は何が出来るか。
そうした議論もよく交わした女性とルネとの友情は、十年続いた。女性は歴史研究家に、そしてルネは記者になった。
二人は、幸福だった。彼女が病を患うまでは。
肺を侵された彼女は日ごとにやつれて、科学の悪用の愚かさも、争いの無益も、人々に何も訴えられないまま、ついに自身の人生を諦めなければいけなくなった。
…──トヌンプェには、卓越した最新医療があるでしょう。この村の医療従事者の方が話していたわ。彼らには、今ある大半の病が治せると。
…──故郷に頼れない。私は彼らを裏切って、この星の人達の未来も望んでいる。こんな歴史研究家は、処罰を免れているだけで御の字なの。
つまり、ルネの親友は故郷に見捨てられたのだ。両者の平和を語ったばかりに、彼らに目の上の瘤と判断された彼女は、トヌンプェの医療にかかれなかった。
死を待つ他になくなったある日、彼女がルネに頼みごとを持ちかけてきた。それは、ルネに彼女を畏怖させた。と同時に、彼女を忘れ得ない存在にした。
昔話を終えたルネは、苦しげに顔を歪めていた。
ルネが自身のものと偽ろうとしていた記憶。それは、彼女の親友が実家に所蔵していたという、歴史記録だ。トヌンプェの女性はそれをマイクロチップに集録して、ルネの脳に埋め込んだ。そこには、トヌンプェの秘密も書き込まれていた。
「私が嘘を言ったのは、あの子のことを、明るみにしたくなかったからです。私は、トヌンプェ族にも不利益を招くつもりはありませんから」
ただ親友から受け継いだものを、無駄にしたくなかった。
それで、ルネはトキ達の番組を介して、かつて彼女と語った理想への一歩を踏み出そうとしたのだ。
「じゃあ、ルネさんは、西の悪魔のことも……!」
シェリーに対してルネが何か言いかけた、その時──……
銃声が鳴った。
シェリー達が中継モニターに飛びつくと、車体の凹んだロケバスから、取材班リーダーが這い出てきた。