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つまずいても、諦めなければ


 翌朝、シェリー達はアンリを連れて、薬剤研究施設へ向かった。


 取材班は、ルネ達の自宅にとどまった。番組制作に際して、彼らにいくつか確認したいことがあるという。



 ひときわ立派な高層ビルの脇に移動基地を停めた時、ショウの落ち着きなさはいよいよ目に見えて分かるようになっていた。


 日頃はあっけらかんとしている彼も、内心、やはり父親のことを気にかけていたのだろう。



 ビルの受付窓口には、シェリーと同世代くらいの女性がいた。研究所の見学手続きを始めた彼女は、人間だ。他の事務員達にも、トヌンプェ族の姿はなかった。



「やつらは、中枢にいるということね。ここの薬でおかしなことになった報告もないし、村での信頼は厚いみたい」


「宇宙人も、金儲けは大事だもんな。それに、将来この星を乗っ取るとなれば、基盤も必要だ」



 輝真のおどけた冗談も、数年後には、笑い飛ばせなくなっているかも知れない。


 最近、シェリーは、トヌンプェ族の故郷について洗い直している。

 すると、彼らの文明ばかりに着目していた千年前は見落としていた点が、浮かび上がってきた。

 彼らが何故、わざわざ地球に降り立ったか。それには、彼らの星が滅亡の危機に直面していたからだという可能性がある。地球の歴史は、ビッグバンで、一度白紙に戻っている。そして今、二度目の人類滅亡の危機に瀕していると囁かれているのは、科学の濫用に帰結する。トヌンプェ族の星でも、類似したことが起きていたとしたら?



 まもなくして、案内人が、シェリー達を迎えに来た。手術帽を深く被った青年は、間違いなく異星人だ。


 シェリー達は彼を人間と見ている振りを続けて、あとに従った。



 最新設備、先鋭的な製薬技術、優秀な研究者達──…。


 ガラス越しに各設備を披露していく案内人のガイダンスに、誇張はない。



 ひと通り施設を回ったところで、彼が質疑を受け付けた。


 まず挙手したのは、ショウだ。


 すると、彼の所望している薬は、申請して審査に通れば、十五ヶ月後には提供が可能と回答が付いた。



「原材料が非常に稀少です。本当に必要としている方の手に行き渡るよう努めておりますので、ご理解下さい」


「二人分、必要だと言ったら?」


「更に期間を要します。昔、複数ご入手ののち、転売された方がいるので……」



 ショウに僅かな苛立ちが覗く。それでも彼は、薬を二つ申請したいと結論した。


 幸い、父親は安定しているらしい。仕送りして、病体に鞭打つなと念を押しているのも功を奏しているという。


 ショウの話に、アンリが目を潤ませた。

 自分は親孝行どころか、父親との会話がほとんどない。昼夜を問わず村の復興に貢献している彼は、娘のことも忘れているのではないか、とも彼女は付け足す。


 シェリーには、耳の痛い話だ。


 かつて自分も、両親とは大きな溝を作った。彼らを顧みないで研究に没頭して、失くした時には遅かった。



「皆さん、他にご質問は──…」


「はい!」



 アンリが挙手した。


 発言を認められた彼女が、口を開く。



「さっき、案内人さんは、薬が必要な人の手に渡らせたいとおっしゃいました。例外はあるんですか?」


「例外、と言いますと?」


「必要としているのに、患者さんを見捨てる例外です」



 案内人が顔をしかめた。


 見ず知らずの少女の指摘は、彼にとって心外だったかも知れない。若い彼には、四十年以上も前の不正など、伝えられてもいないだろう。



 その時だ──…。



 ドゴォォオオオン!!



 窓を黒い煙が覆った。



「爆撃だ!」



 近くでカートを転がしていた従業員が、慌てて通信機に非常事態を叫んだ。


 シェリー達は外を覗く。


 すると、ロボット達が何か球体を投げていた。それは、物質に触れると爆発する。セキュリティシステムが発動して、電気バリアを巡らせていた移動基地の付近を除いて、穴だらけだ。


* * * * * *


 薬剤研究施設を破壊していくロボット達の勢いに、シェリー達は追いつかない。


 手術帽を深く被った研究員達も、混乱に陥っていた。彼らは始め落ち着いていたが、制御不能と判断すると、真っ青になって逃げ惑った。


 ロボットは、施設内のあらゆるものを吸い上げて、回収している。彼らには、敵味方を見分けるプログラムが書き込まれていないのだ。



「皆さん、こちらへ!お嬢ちゃん、そっちは危険です!」


「きゃぁああっ!」


「くっ……フン!」



 翡翠が簡易バリアで瓦礫を弾いて、近くにいた少女をレンツォが抱き上げた。


 保護された小さな少女の母親が、今まさにシェリーとアンリが避難させようとしていた女性だろう。彼女は十にも満たない娘を見つめて、泣き笑いした。



「良かった、はぐれてごめんね、お母さん、行くからね……」



 バキバキ、ズドォォォン……



 母親の安堵を嘲笑うようなタイミングで、また一つ、柱が折れた。


 シェリーは、彼女を庇いながら死角に走る。アンリに渡していた銃が、至近距離のロボットを撃った。



「はぁ、はぁ、……」


「翡翠、彼女を外へ!お母さんはこっちから逃す!」


「分かった!」



 翡翠が頷くと、シェリーは母親に断った。


 今の道を戻ると危険だ。外で娘と合流させる。


 シェリーが女性の同意を得ると、エスカレーターの一歩手前で、いきなりアンリが足を止めた。



「っ……!!」



 彼女の澄んだ目の先に、スーツ姿の男性がいる。白髪や肌のシミが目立つ彼は、若いトヌンプェ族らをひっ捕まえて、横降りの破片や砂埃から、自身を庇わせている。両者、尖った耳の持ち主だ。


 シェリーは、アンリが眷属を盾とする彼に、嫌悪をいだいたのかと思った。彼女らしからぬ激しい目つきは、昨日のロケバス乗っ取り事件を思い出させる。



「おばあちゃん……」



 アンリがそう呟かなければ、この騒動で、シェリーは彼女の目的を失念したままだったろう。



「くっ……」



「フン!」



 アンリが男性に銃口を向けると、彼はやはり部下の青年の肩を掴んで、自身を庇った。その隙に逃げ出しかける女性達。だが、彼女らも髪を掴まれて、盾役の放棄を免れなかった。



「そうしてあんたみたいな人が、同族を見殺しにするの!」


「何の話だ、わしはお前など知らん!」



 銃を構えたアンリの手は、震えている。


 シェリーは思う。彼女は引き金を引けない。それは、無実のトヌンプェ族達が盾役をさせられているからではない。彼らが、どうあっても人間の姿形だからだ。


 目前の男性ほどの年長者なら、四十年前に見殺しにされた歴史研究家を知っているだろう。祖母の無念をアンリが晴らす、絶好のチャンスだ。



 しかし──…



 ガラガラガラ……



 ヴォンン!



 モモカが簡易バリアを展開した。



「逃げるのです!」



 シェリーは頷く。まだ復讐を果たせていない。そう叫んで首を横に振るアンリの腕を引っ張って、外で娘が待っているだろう女性を促す。



「行きましょう、アンリさん。あなたの帰りを待つご家族を、悲しませないためにも……」



 女性がアンリに言って聞かせた。憎しみの支配していた少女の目に、大粒の涙が浮かぶ。


 ややあって、翡翠が駆け上がってきた。






 シェリーは、翡翠にアンリ達を保護させた。


 彼女に続いて引き返してきたショウ達も、避難誘導を再開する。


 輝真にも施設内を任せて、シェリーは爆弾をかわしながら、モモカと移動基地へ急ぐ。



「シェリー!そこです!」



 バキューン!!



 また一体、爆弾を握ったロボットの手を関節から撃ち落として、モモカのバリアで瓦礫をよけた。


 やっとの思いでシェリーがエントランスを出ると、無事に逃げきれた人々が、半数近く残っていた。他の客や従業員らも、救助を呼びに向かったと聞く。さっきの母娘も再会していた一方で、あの老いたトヌンプェ族らの姿はなかった。



 シェリーは、分解システムの準備を進めた。


 移動基地で作業を始めて数分──…


 全てのロボットが停止した時、薬剤研究施設の半分以上が倒壊していた。


 設備はほぼ全滅で、容器の割れた薬品は、どれも使える状態ではない。多くの人間、トヌンプェ族らが、救急隊に運ばれていく。



「もっと上手く立ち回れていたら……」


「姉御が気に病まないで下さい!」



 後始末を手伝っていたショウが、シェリーに振り向いてきた。


 彼の気休めを素直に受け取れない。


 倒壊を止められなかったために、薬も、五年以上待つことになった。あの病気は、若いほど進行が早いという。彼の父親がどの世代か分からないが、頼みの綱がまた途絶えた。



「悪いのは、ロボットなのです。悪魔なのです」



 アンリに背中を預けていたモモカが叫んだ。ふさふさとした毛並みに腕を回して、穏やかな顔を見せていた彼女も頷く。



「おばあちゃんのお友達の仇は、直接、討てませんでした。でも、私はこういう光景が見たかったんだと思います。ショウさんやおじいちゃんには悪いし、不謹慎だけど……」



 安全圏にふんぞり返って、仲間を見捨てた。その彼らが青くなって逃げ惑い、築き上げてきたものを失くした。


 それは、祖母の無念を知るアンリにとって、気持ちの晴れる光景でもあったという。



「おばあちゃんのお友達は、帰ってきません。この施設がなくなって、多くの人が、辛い思いをするはずです。だけど……」


「そうでも考えなくちゃ、正気を保てない。……でしょ?」



 翡翠にアンリが頷いた。


 シェリーは、そこで気が付く。モモカを抱き締めた彼女の腕が、震えている。初めて見た時からまっすぐで純粋な印象だった目は、涙でいっぱいだ。



「オレ達は、諦めた時点で負けだ。ショウ、……だから、旅を続けましょう」


「レンツォ……」


「第一、病院跡地に行った時も。盗みが成功していたとして、本当にオレらが褒賞を与えられていたかも、今となっちゃ疑わしいじゃないですか」



 それでも、諦めなかったでしょう?



 レンツォが笑うと、ショウもつられた様子で口許をゆるめた。無理に笑っているようにも見える。だが末世に生きてしまった以上、彼らには、諦めるという自由もないのだ。否、諦めないという自由があるのか。



「今度こそ、あなたのお父様を助ける」


「姉御……」


「だってあなた達に逢えて、私はあの時、諦めずに済んだの」



 シェリー自身も、やむを得ず生きることを選んだ一人だ。この時代の人間ではないと自覚しながら、諦めることを諦めて、彼らとの未来を望んだ。


 今日まで村を支えてきた薬剤研究所施設も、やがてまた再建するのだろう。


 この村は、打たれ強い。木々が伐採されれば若木を植えて、豊かになるために外交もする。どれだけ壊されても、きっと彼らは、再生を選ぶ。


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