ロボット達は、各地を爆撃しているという。
ニュース番組を点けると、緊急事態を報じていた。東部にいるデュースやヒロタ達からも、シェリーの通信機に連絡があった。彼らは友人を案じながら、いくつかの対処を提案してきた。
「有り難う。近距離射撃は、避けるわ。武力を持たない住人達の避難は、私達も優先しようと話し合っていたところ」
「こっちもものすごい数。シェリーの開発した敵を一掃出来るシステムなら、あの爆弾も、昨日は無効化出来たけど……そっちは、手、足りてる?」
翡翠の懸念に、彼らの沈痛な声が返ってきた。
昨日まで澄み渡っていた空は、雨雲のかかったようにどす黒い。爆音が、一分置きにはシェリー達の心臓を跳ね上がらせて、村のどこかで火煙が上がる。自衛隊が出動したのだろう、サイレンが鳴って砲撃が続く。人々の悲鳴、どよめきは、この世の終わりという魔物から、逃げくるっているようだ。
ルネら夫婦が孫娘の眠る二階へ向かった直後、軒先から扉の叩く音がした。
シェリーが出ると、男性が上がり込んできた。血相を変えた彼は、勝手知ったる様子でリビングや風呂場を覗く。そして、アンリ、と呼び続けている。
「お父様ですか?」
「そうです。娘はどこです?昨夜、遊び疲れて、泊まっていると……」
落ち着きなく足踏みする男性に、シェリーは彼女の無事を伝えた。そして、武器の有無を問う。
「役員ですから、一応、銃くらいは」
「でしたら、お願いします。至急、バリアをコピーしますので、設置をお手伝い下さい。研究施設の件があったので、昨夜中に、人の集まりやすい地点に張っておいたのですが……」
「バリアって?……えっ?!」
窓を覗いた男性が、大きな目を見開いた。どことなくアンリに面影の重なる彼は、ここまでの道中、娘で頭がいっぱいだったのだろう。居住区や集会所を覆っている蛍光色の電気の壁は、今まで目に入らなかったらしい。
「徹夜してシェリーの仕込んだ電気バリアが、無駄にならなかったのです」
「うわっ」
「モモカはロボットではないです、人工知能の容れ物なのです。アンリさんのお父さん、今なら村の被害は抑えられるです、お願いするです!」
テーブルによじ登るなり言葉を話し始めたぬいぐるみを、警戒した目が凝視している。
ただし、シェリー達が味方であるのは、村の光景が証明している。
昨夜、アンリ達が花火を楽しんでいる最中、シェリーは湖畔を離れた。移動基地のセキュリティシステムを支えている電気バリアを3Dコピー機で複製して、予想し得る非常事態を発動条件と設定したシェリーは、村の随所にそれらを撒いた。結果、その内側にいさえすれば、村人達は安全にロボットが過ぎ去るのを待てる。あれだけの爆撃に見舞われた今も、村の要所要所は無事だ。
「だけど、モモカ。徹夜は大袈裟だわ。ショウ達が手伝ってくれて、一時間で済んだもの」
男性の肩越しにいたガラの悪い青年達が、ニッと笑った。
* * * * * *
モモカがアンリの父親に付き添って、シェリーも防御の甘い地点にバリアを仕掛け直している間に、翡翠が分解システムの準備を進めた。輝真達が村人達の避難誘導に徹せたのは、自衛隊がロボットらを迎撃していたからだ。
やがて爆撃が鎮まると、大量の鉄屑が村に残った。役員達が消火作業を始めると、救急隊員らが負傷者達を回収した。彼らが驚いたのは、死者が出なかったことだ。ただし、よそは悲惨だ。日頃から備えのあった村はともかく、ギルドも武力も持たない地域は、血の海だという。ニュース番組をつけたアンリが、口を押さえてうずくまった。
「西に進むか、救助へ向かうか……」
「全国は無謀だよ。西へ行って、悪魔を止めよう!」
翡翠の意見は、最もだ。
それでもシェリーが迷うのは、多くの村が、この瞬間にも滅びに向かわされているからだ。
ロボットは、目的の妨げにさえならなければ、人間に害を与えない。だのに昨日、今日に出現したあれらは、明らかに人命をおびやかしている。
「3Dプリンターでのバリアの散布。シェリーさんのさっきの技術は、拡散出来ませんか?」
無事、愛娘との再会を果たした男性が、そのアンリの側で、シェリーに顔を向けてきた。
村の復興に尽力している役員として、あのバリアを見た時から、活用すべきと考えたらしい。彼は、物質の複製技術なら既に村で実現しているという。ただしあれだけ精巧にコピー出来た試しはなく、視覚情報は再現出来ても、性能など細部は怪しいというのが、今後の課題だ。
「金儲けのために村に戸籍を登録しているトヌンプェ族に、協力を仰げればいいのですが……」
「難しいと思います。彼らにとって、おそらくそれは不利益ですから」
シェリーは頭を抱えたくなった。3Dプリンターそのものを複製する手も浮かんだが、試運転している猶予もない。もとよりそれだけのエネルギー資源を集めれば、輪をかけて狙われやすくなる。
「分解システムの対象を、広範囲に設定しては?」
さっきまで聞き手に徹していたトキが、シェリー達を見回した。
それも理屈としては可能だ。ただし問題点はある。
「極めて効率的ですが、分解システムは、設定した条件に該当した全てを対象物とします。広範囲であるほど、不本意のものまで巻き込むリスクが上がります」
結果的に、シェリー達は旅の続行を決めた。
ロボットが爆撃を始めたのは、相応の事情が出来たからだ。根源が西なら、直接、阻止するしかない。
取材班の数人が、シェリー達に連絡先を書いて寄越した。彼らとはルネの家で別れた。
シェリー達が西を目指し続けたのには、もう一つ理由がある。
例の爆弾を、一つ原型のまま回収することが出来た。製造社の刻印を確かめた途端、翡翠が顔色を変えたからだ。
彼女には、心当たりがある。そして、工場は西部に隣接した村にあるという。
かくて今、シェリー達はゆるやかに流れる川の逆流を進んでいる。
「気に病むことはありません、姉さん」
移動基地から森林の眺めに目を向けていると、レンツォがシェリーに話しかけてきた。
結局、あの村で何が出来ただろう。かつて研究したトヌンプェ族のおぞましさを目の当たりにしただけで、シェリーには誰も救えず、止められなかった。各地では、今も、想像を絶する苦痛に喘いでいる人々が絶えないのに。
そんなシェリーの胸の内を読んだように、レンツォが続けた。
「戦時中は、もっと酷かったそうです。強制労働や従軍も普通にありました。拒否すれば、社会的に抹消されます。それでも、人類は六割も残ったんですよ」
「レンツォ……」
「窮地に立たされて、人は、強くなるかも知れませんね。平和な時代も見てみたかったけれど、それじゃ、姉さん達にも出逢えてなかったかも」
今を受け入れるしかない。なるようにしかならないこともある。
レンツォは、割り切れているのか。
そうとでも考えていなければ、どうにかなってしまうのか。
全員を救おうなどという大志は、初めから、シェリーも抱いていなかった。翡翠と一緒にいたくて、両親との最後の繋がりに縋って、西を目指した。その西も、もうすぐそこだ。