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没落の過去から、独裁者の肉親へ


 目的地までの道中、シェリー達は通りすがりの村々で、ロボット達を撃破して、複製した電気バリアをいくつか仕込んだ。


 結局、シェリーはルネに、重要なことを聞きそびれた。トヌンプェ族らの目的だ。


 だが、今、直面している現状がそれを暗示しているのではないか。


 千年前、大飢饉が発端で、長い戦争が幕を開けた。飢饉も彼らの仕業だろう。ひょっとすると彼らは、人間同士を共倒れさせて、この星を乗っ取るつもりか。



「姉御!」



 バキュン!!



 砂利道を踏みかけたシェリーの目先で、ロボットが転倒した。



 ズキュン!!バンバン!!



 二発、三発、と銃弾を受けた鋳鉄色の塊が、崩れ落ちる。


 先に降車していたショウが、額を拭って銃を仕舞った。



 シェリーは、今度こそ移動基地を降りる。モモカもあとに続いた。



「有り難う」


「お安い御用っすよ。あいつらうじゃうじゃしやがって、ノイローゼになるぜ」


「同感。いい加減、見飽きてきたわ」



 そうした会話を初めは交わしていたシェリー達も、村に入ると、ロボット一体も見かけなくなった。


 まず訪ねたのは、工場だ。


 そこは、表向き機械部品を製造している。市場を見下ろせる立地にあって、村人の多くが従事していると聞く。


 門番に声をかけると、見学には手続きが必要だと説明された。



「書類の提出後、村長の許可が下りれば、翌日から見学が認められます」



 ぶっきらぼうに言い放った門番に、全員が不服を示した。


 もし本当にここが爆弾の出どころなら、一分、一秒でも早く止めたい。だがギルドでさえないシェリー達には、視察で立ち入る権限もない。



「せめて今日中は難しいですか?大切な確認なんです」



 再度、シェリーは食い下がった。


 だが、門番にも義務がある。例外は認められないと言い張った。



「時々、いるんですよ。遠方の旅行者で、滞在中に見学したいだけの迷惑客が」


「誰がこんな廃れた工場、見たがるか──…」


「輝真さん、失礼よ」



 シェリーは輝真を制して、全員に、ひとまず引き下がらないかと提案する。


 誰もが異論を唱えられなかった。


 一同が移動基地まで戻ると、翡翠が苦虫を噛み潰したような顔を見せていた。


* * * * * *


 翡翠の提案で、行き先を村役場に変えてから、シェリー達は大収穫した。工場で物騒なものを製造している確認がとれたばかりか、村長自らの言葉で村の現状まで知った。


 高い天井、姿見になるほどよく磨かれた回廊が続く美しい役場の応接室。


 そこで、一同は上等な衣類を着込んだ豪族と向かい合っていた。


 濃い髭を生やした村長は、特に翡翠に向けて、愛想良く目を細めていた。



「翡翠、心配していたのだぞ。今はどこに住んでいる?友達の世話になっているなら、おじさんからお礼を言いたい。呼んできなさい」


「有り難う、今は、旅の途中なの。お世話になってるのは、みんな。友達なんて、他には幼馴染のカケルくらいだよ」


「何を言う。いたじゃないか。丘の上のご令嬢は、元気かね。東の村長のご子息にも、よくままごとに付き合ってもらっていただろう」



 翡翠の叔父は、彼女の交友関係にも詳しいようだ。彼女の受け答えから、確かに昔は、同格かそれ以上の家柄の子女達と親しかったのだろう。その印象が、彼の中では今も根強い。


 屋敷を追われた孤独な少女は、全ての親族らに爪弾きにされたのではなかったようだ。彼女が叔父を訪ねたのは、例の工場の不正を暴くためだ。ただし、これは最終手段だったという。つまりこの男性の場合、おそらく彼女の方が避けていたのだ。



「おじさん、有り難う。とにかくあの工場は、爆弾を製造しているので間違いないよね」



 翡翠が爆弾を確かめた時、彼女の顔色を変えた刻印。それは、彼の苗字だったのだ。



「間違いないよ、翡翠。だからお前は、ここで暮らしなさい。トヌンプェ族の皆さんとは、取引したのだ。我が村の資源と労力で、兵器の製造に協力する。代わりに、ここは襲撃の対象外とするよう」


「つまり、この村はロボットに襲われないということですか?」



 シェリーが問うと、煩わしげな溜め息が聞こえた。村長に、心なしか腹に一物抱えたような顔が浮かぶ。



「お前さんは、うちの翡翠とどこで知り合ったんです」


「地元です。彼女をロボットから匿って、それ以来、お世話になって……」


「なるほどなぁ。今後も翡翠の世話になると」


「おっさん!」



 輝真が声を荒げた。


 彼に視線を移した翡翠の叔父が、また溜め息をつく。



「どいつもこいつも……。翡翠、ご両親が悲しまれるぞ。お前には、ご家庭もしっかりしたお友達が大勢いたのに、どうして」


「…………」



 翡翠が絶句した。


 彼女が叔父を避けた理由、それは、彼が姪の成長を喜ばない類の人間だったからだ。


 そのあとも、彼はシェリー達に経歴や職業を問い質しては、冷笑した。


 姪とどこで話が合うのだ。彼女の恩恵を受けたいがために、ご機嫌取りもしてきたのか。


 翡翠の友人達を存分に貶して、男性は、彼女に養子縁組を提案した。両親の財産が底をついても、娘に罪はない。ドブネズミのような暮らしから、この村で一流の人生に戻してやる。



 ダンッ!!



 テーブルを叩いた翡翠が、叔父に話を打ち切らせた。


 泣き腫らしたあとにも見える赤い目が、彼を睨む。



「あんたとだけは暮らしたくない!!爆弾の製造をすぐにやめて。ううん、今やめれば、このことはマスコミに公表しない」


「なら、訊き方を変える」



 横柄に脚を組み直した男性が、翡翠を見上げた。どこか勝ち誇った彼の顔は、不気味だ。



「仮にも血縁者のわしらに恥をかかせるな。養女になって、真っ当な生き方をしろ。そうすれば、工場のことは考えてやる」


「……っ」



 レンツォが何か言いかけた。だが彼は、おそらく喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。


 最終的に、翡翠の判断に委ねるしかない。



 彼女の叔父は、そのあとも誇らしげに話を続けた。この村が活発に機能しているのは、納税の間に合わない村人達を、働き手として駆り出しているからだという。彼らには最低限の睡眠時間と賃金を与えて、一日の大多数を労働させる。逃走の動きがあれば、拷問して見せしめにする。



「まるで奴隷じゃねぇか……」



 不快げに顔をしかめたのは、輝真に限らない。おそらく全員だ。



 一旦、頭を休ませたいという翡翠を連れて、シェリー達は移動基地に戻った。


 コンピューターのモニターに、相変わらず凄惨なニュースが流れていた。


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