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日常という当たり前が奪われる異常


 村役場を出たシェリー達は、村長を止めるか西へ向かうかを議論した。


 あの男は話にならない。早々に西へ行くべきだと輝真とショウ達が主張した一方で、シェリーは、翡翠に考える時間を与えないかと提案した。



「翡翠を欠くのは賢明な判断ではない。銃撃はこれまで通りにいかなくなるし、人を避難させるにも、彼女だから安心感を与えてきたこともある」


「だったら、考えるだけ無駄だ。あのおっさんに翡翠はやらん」



 まるで兄気取りのショウに、シェリーは難色を示す。


 翡翠がシェリーの側にいたがったのは、信頼出来る肉親がいなかったからだ。だが実際、彼女に親身な叔父はいた。あの村長は、上に立つ人間としてはともかく、保護者として申し分ないのではないか。


 全員が最適解を出せず、移動基地内がしんとした時、また、ネットニュースが緊急速報を伝えてきた。



『…──お知らせします。たった今、◯◯村で大規模の火災が発生しました。本日、各地で相次いでいるロボットによるテロが原因と見られ、付近の村は消防隊を派遣していますが、その村々も、爆撃を受けている模様です。一部の自治体では、至急、有志の消防員を募っています。ご協力いただける方は、以下の連絡先まで──』



 画面下に、番組公式通信機のQRコードの表示が出た。そのすぐ近くのモニターには、村の外の様子が映っている。遠くの空が、どんより暗い。



「隣村じゃねぇか……」



 ドゴォォオオオン!!



 輝真の呟きに被さって、遠くで雷鳴にも似た音が聞こえた。



「くそっ……行くぞ、姉御には悪りぃが、三対一だ。西へ出ましょう!」



 シェリーは、ショウに頷く。


 翡翠を見ると、彼女も異論はないといったような顔を見せていた。


* * * * * *


 ヘレンモの湖畔に続く川沿いに、移動基地を走らせていると、交通制限がシェリー達の行く手を阻んだ。原因は例の爆撃だ。


 やむなく迂回した一同は、さっきのニュースの村に出た。避けて通れなかった西への経路は、なるほど悲惨だ。うっかり、トヌンプェと取引していたあの村長の判断が、賢明だったのではと評価しそうになるくらいには。



「あなた達、旅行者の人ですか?」



 移動基地を降りたシェリー達に、若い男女が声をかけてきた。



「助けて下さい!家を失くして、避難所も受け入れてくれません!このままじゃ……」



 彼らに出くわさなかったとしても、シェリーはここを素通り出来なかっただろう。


 建物は壊れて焼け焦げて、人々は逃げ場を失っている。輝真達に言わせれば、こんな事態も明日は我が身と覚悟してきたというが、シェリーには、兵器が日常をおびやかすという現実に、全くと言って良いほど耐性がない。



「翡翠。彼らを移動基地に移して。モモカは分解システムの発動準備を。輝真さん達は、一緒に来て」


「悪いが、俺らも早く逃げた方がいい。手遅れだ」


「まだ救える人達がいる!」



 十か、五十億か。


 救うべき命は後者の数でも、その重みは変わらない。差分があると考えるようにはなりたくない。


 たとえ一人でも、その一人がいなくなれば、どれだけの悲しみを招くか。その悲しみを見過ごして、多くの命を救おうなどと考えても許されるのは、神だけだ。


 この時代に不相応なシェリーの意見に先に折れたのは、ショウとレンツォだ。



「そんな姉さんだから、安心して付いてきたんです。オレは、賛成します」


「だな。百人千人見捨てるような人間なら、オレだって信じてこなかった。姉御、やってやりましょう。あいつらの思い通りにはさせねぇ」



 シェリーは、翡翠が若い二人を移動基地に乗り込ませるのを見届けて、拾得した鉄片をモモカに渡した。それから、一同が話し合っていた内に彼女に取りに行かせていた、彼女ほどの背丈のロボットからケーブルを引き出して、残りの鉄片にそれを繋ぐ。


 見慣れないロボットを怪訝に見る輝真の隣で、目を見開いたのはショウとレンツォだ。



 ピピー……ピキピーーー……



 同じロボットでも、愛嬌を感じる。それは、この個体が今後シェリー達の味方になり得るからか、ひたむきな彼らの手から生まれたものだからか。


 しばらく機械音を発していたロボットは、やがておとなしいだけの機体になった。



「姉さん、それは……」


「返すのが遅れてしまったわね。あなた達の連れてきた子」


「…………」


「攻撃機能は、備わっていないわ。あまり手を加えると、あなた達のものじゃなくなってしまうから。西に着くまでに、完成させて」



 シェリーは、今しがたのケーブルを自身の通信機に繋いだ。


 ショウが言葉を詰まらせた顔で、そのロボットを抱きしめた。



「やる!完成させる……オレは、こいつを救世主の仲間にするっす!」


「有り難うございます、姉さん。ところで、今のは……」



 レンツォの問いに、シェリーは答える。


 今のは、解析システムだ。対象にケーブルを繋いで、ロボットがその用途を読み取る。まだ精密性に課題は残るが、対象がロボットなどの機械なら、書き込まれたプログラムも瞬時に拾う。つまり、目的を憶測する手間が省ける。


 シェリーは、爆弾の破片から、試しに爆撃の意図を読もうと試みたのだ。



「この爆弾に、ロボット本来の収集のプログラムはない。つまり、ただの攻撃目的ね」


「何のために……」


「ロボットを生け捕れば分かることだ!」



 ショウが気合いを拳に込めた。


 その通りだ。爆撃を繰り返している個体に今のケーブルを繋げば、この事態の真相が浮き彫りになる。あれこれ憶測を立てるより近道なのはもちろん、あわよくば弱点まで読み取れるはずだ。



 その時──…



「私も行く!」



 そこにいたのは、翡翠だ。


 聞けば、彼女はニュースを聞いていて、いても立ってもいられなくなったという。さっきの二人は移動基地内にいれば安全だ。それよりモモカの準備が整うまで、戦力は一人でも増えるべきだろうというのが彼女の主張で、実際、その通りである。



「そうと決まれば……!」



 ダダダッ。



 ロボットの群れがシェリー達を包囲した。むしろ今まで話し込んでいられたのが、奇跡に等しい。


 輝真は盾を、あとの四人は銃を構える。


 シェリーは、何となしに翡翠に目を遣る。


 唇を結んで照準を合わせる彼女の横顔は、いつも通りだ。だが、何かとてつもない覚悟の炎が彼女の胸でゆらめくのを察知した。



 バキューーーン……!!



 レンツォの放った銃弾が、両者の衝突の狼煙を上げた。


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