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最悪というかたちの満たされた日々


 五人を囲ったロボット達は、胴部に爆弾を格納している。手首には銃口が覗いていた。それらが無数の弾丸を放つ。


 横降りの雨のような銃撃を、シェリーと輝真の盾が防ぐ。その隙間から、翡翠達が発砲する。



 バババンッ!バキュン!!



 翡翠とショウ、レンツォが、ロボット達の腕を撃ち落としていく。あれらは肩より先さえ失くせば、爆弾や銃が使えなくなる。


 滑走してきた一体を、今また翡翠が肩口から撃ち抜いた。



「お前達、盾は使えるか?!」



 銃弾を風圧ごと弾きながら、輝真がショウとレンツォに叫んだ。


 ロボットの腕をまた一本、撃ち落としたレンツォが、口を開く。



「兄貴のを見たことが……っこのォ!」



 レンツォのキックをまともに食らったロボットが、砂利を滑る。


 彼に、輝真が盾を投げて寄越した。


 孔雀の羽根を連想する派手なそれは、特殊な鉱物から出来ている。慣れない人間が見よう見まねに使っても、防御力は十分に出る。


 輝真が高くジャンプした。身軽になった単身で、直近のロボットに飛び乗る。そうして、石を足場に川でも渡る要領で、ロボットらの群れを越えた。



 バンバンバンバン!!



「あとは頼む!」



 至近の個体を射撃しながら着地して、輝真が四人に振り向いた。



「輝真さんは?!」



 目を丸くしたショウの後方から、シェリーは声を張り上げる。



「住民の皆さんの避難ね……輝真さん、お願い!」



 輝真が得意げに頷いて、遠ざかっていく。


 おそらく彼は、この村でも土地勘がある。避難誘導には適任だ。



「っ、はぁ……」



 輝真を追撃に出たロボットを制した翡翠が、前屈みになって手を膝についた。

 一秒、一秒を噛み締めるようにして、彼女が息を整える。消耗しているのは明白だ。


 彼女の一歩前に出て、シェリーはロボット達に銃口を向けた。


 だが肩を並べてきた彼女が、真っ先に指先に力を込めた。



「まだまだ……私だって、新参のショウ達に負けてられないっ!」



 バキューン!!バキュッ!バン!!



 確実にロボット達を仕留めていく翡翠は、みちがえるように頼もしくなった。


 一人で外を歩くのが怖い。


 彼女の事情もまだ何も知らなかった頃、シェリーはそんな言葉に同情して、行動を共にするようになったのではなかったか──…。


 今にして思えば、彼女のか弱い胸の内は、シェリーが汲み取り損ねていた強い本意を深淵にくるんでもいたが、あれから成長したのは間違いない。それはシェリー自身にも言えることで、彼女やモモカという守るべき相手がなければ、とっくに気力も尽きていただろう。



「翡翠っ!」



 接近したロボットから、彼女を庇って腕に抱く。


 その個体を撃破して、シェリーは彼女の腕を引いて、死角に滑り込んだ。



「有り難う……」



 僅かに震えた翡翠を抱き締めたまま、今までいた現場を覗く。


 ショウ達も疲労が顔に出ていた。


 輝真がレンツォに預けた盾が、銃弾を補充する時間くらいは稼いでいるが、ロボットらはそれ以上に湧いて出る。



 ややあって、シェリーははっとする。


 苦しかった?ごめんね、と言って抱擁を解くと、翡翠に心なしか寂しげな顔が浮かんだ。



「全然。なごんでた」


「逞しくなったなって感心していたところなのに、甘えたさんは翡翠のままね」



 翡翠が遠慮がちに笑う。そして、不謹慎だけど……と前置きする彼女。



「楽しいかも、って、思うんだ。こういうの。怖くて辛いはずなのに、……みんなと。……シェリーと一緒に、難関な旅を続けてること」



 翡翠の声が、尻すぼみになっていく。と同時に、照れくさげな感じも色濃くなった。



 平穏時代に彼女と巡り逢っていれば、今より幸福だっただろう。だが、こうも彼女を必要として、必要とされて、側にいるだけで満たされる、かけがえなさまで感じなかったも知れない。塩気が甘みを引き立てる。それと同じで、何も失わなくて良い穏やかなだけの日々では、幸福にも気付きにくいのではないか。



「私も……」



 シェリーは、翡翠の乱れた髪をとかす。


 末世は、異常だ。異常ながら、かけがえなくも思っている。幸福で怖いくらいだと言えるほどには。



「翡翠」


「ん?」


「いなくなったり、しないよね?」



 大切なものほど、幻のようにこぼれ落ちていく。


 いやと言うくらいそれを痛感してきたシェリーには、彼女との日々も、永遠だと信じる方が難しい。



「それ、は……」



 笑って首を横に振る彼女の無邪気な反応を、期待していた。だのに一瞬より長い沈黙。


 たまらなくなった時、ショウ達のロボットが駆け込んできた。


 自身から引っ張り出したケーブルを握って、シェリー達の足元を忙しなく動く。



「どうしたんだろ?」



 何事もなかった顔で離れていった翡翠が、腰を下ろして、ロボットに目線を合わせた。



 これが長年飼ってきたペットなら、何を伝えようとしているのか読み取れるだろうか。だが、修理を通して多少の愛着は湧いたと言っても、言語を搭載していないロボットは、しかるべき方法を取る以外にない。


 ロボットからケーブルの端を取り上げて、シェリーは自身の通信機に繋ぐ。


 すると、トヌンプェ族のコンピューター言語が液晶画面に表れた。



「移、民……」


「シェリー!!」


「っ……!!」



 バキューン!!



 シェリーの前に滑り込んだ翡翠が引き金を引いた。彼女の銃口のすぐ先に、ロボット達が転がっている。



「翡翠、お願い!」



 シェリーは、彼女に盾を預けて駆け出した。


 今しがた通信機に出たプログラムが間違いなければ、移動基地へ行ったきり、モモカが未だ分解システムを発動させられないでいたのも納得がいく。


* * * * * * *


 シェリーが移動基地に戻ると、大慌てでモモカが飛び出てきた。



「燃料を盗まれたです!」



 この先、彼女が何を報告してくるか、続きを聞かなくても分かる。



 シェリーは、最悪の事態を確信した。


 ショウ達のロボットが伝えてきたのは、さっき翡翠に匿わせた、若い男女が内蔵していた精密機械に書き込まれていたプログラムだ。


 彼らはトヌンプェ族だった。人間だと判断したのは、耳の形を基準にしただけ。だが異星では、出自を誤魔化すための整形施術も行われているとしたら?



 案の定、貯蔵庫の燃料は根こそぎなくなっていた。


 燃料は、移動基地を動かす以外にも欠かせない。例えば今稼働するはずだった、分解システム。村全域のロボット達に作用させるためには、安定した電力が必要だ。万事に備えた電気バリアも、充電なしで無限に使えるものではない。


 何を優先すべきか。


 シェリーが頭で整理していると、モモカが顔を上げてきた。



「今ある燃料をかき集めて、分解システムを発動するです。躊躇っていても、やつらに消耗させられるだけです」



 シェリーは、中継モニターから状況を見る。


 翡翠とショウ、レンツォが、一向に減らないロボット達と、両者一歩も引かない攻防を続けていた。


 村人らに紛れているトヌンプェ族は、さっきの二人に限らないだろう。倒されても倒されてもどこからか湧き出るロボット達が、所有者らの存在も示唆している。


 何故、彼らは人間を装ってまで、ここに暮らしてきたのか。


 シェリーは引っかかっていた。さっき見た精密機器のプログラムには、初めて見る言語の組み合わせもあった。



 あれが、文字通りの意味だとしたら──……



「モモカ、移民プログラ……っ、……」



 ドゴオォォンッッ!!



 シェリーは、窓に飛びかかってきたロボット達を撃破した。


 バラバラになった機体が地面に散らばって、爆弾が転がる。


 だが、胸を撫で下ろしていられない。

 すぐ向こうにいる数体が、仲間の残骸の真後ろに位置する移動基地に顔を向けていた。



「猶予はないわね……モモカ!」


「はいです!」



 シェリーが研究室に足を向けた、その時──…



「行かせるか!!」


「っ……!!」



 間髪入れず、モモカが簡易バリアを展開した。


 蛍光色の壁越しに、さっきの若い男女が銃を構えて、シェリー達を狙っていた。


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