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死臭漂う村役場の地下


 腕の自由はきかなくても、膝を上げて、シェリーは警備員のみぞおちを蹴った。顔を歪めた彼の腕を振りほどいて、もう一方の敵の顔面を肘打ちする。



「おぇっ」



 ダンダンッ!!



 放たれてきた銃弾に、うずくまった警備員の身体を向けて、シェリーは彼から銃を奪う。別の敵の腹部に銃口を押しつけた時、今しがた盾に使った警備員が唸りながら、シェリーの首に拳を下ろした。



「くっ……ァッ」



 新たに向かってきた警備員が、またぞろシェリーを押さえつけた。銃がシェリーの手を離れて、床を滑る。膝をついたシェリーを蹴って、警備員が馬乗りになる。地面に叩きつけられたまま、後方に腕をねじ上げられたシェリーは、同じ制服姿の異星人らに顔を上げる。


 翡翠の表情は読めない。さっき彼女がモモカを庇ったのは、本当に、彼らに情報を回収させるためか。



「諦めて、シェリー。あなたに怪我して欲しくない」


「だったら、何故……」


「この人達には未来があるから。私は家族にもう会えない。私達の未来のために、この人達まで悲しい思いをすることないって、気付いたんだ」



 悪魔の土地は、平凡な村だった。陽気で、笑顔に溢れていた。


 どこがおかしいのだろう。翡翠が続ける。家族や恋人、友人達と、ぬるま湯のような日々に浸かっているだけの村人達は、本当に常軌を逸しているのか。違和感を覚える人間こそ、正常と呼べないのではないか。外部から訪ねてくる人間は、自分を含めて、壊れていく世界を悲観して、抗いながら、どこかで末世を受け入れる準備を整えていた。



「ここにいる全員が、私から大切な人を奪った本人じゃない。仇は、時代そのものだったんだ。もし誰かの責任だったとしても、明日は、自分自身が誰かの悪者になっているかも知れない」



 運命は、些細なボタンのかけ違いで変わる。善悪は、紙一重だ。例えば行動ひとつにしても、風の方角次第で、結果は変わる。移民プログラムという悪魔を生んだのは、トヌンプェ族らだ。だが、それによって資源の枯渇した星で、手を取り合うか争うか、人々には選択の余地があった。後者を選んできたのは、シェリー達だ。


 トヌンプェ族らの多くが、人間など構っていない。地球を滅びに向かわせてまで彼らが得ようとしているのは、未来だけだ。



「…………」


「……来い」



 脱力したシェリーの身体を、警備員が抱え起こした。彼らに引きずられるようにして、シェリーは奥の扉へ向かう。


* * * * * *


 トヌンプェ族らに連れられて、シェリーは地下への階段を降りた。強烈な腐臭が濃度を増す。


 乾いた血の匂いを連れて、シェリーの視界に飛び込んだのは、口に出すのもおぞましくなる拷問具だ。人間の歴史を振り返っても、都度、凄惨な責め苦が行われてきたが、あれらに用いられていたのに似ているのもある。


 突然、一人の警備員から電子音が鳴った。


 通信に応答したらしい彼が、ぶつぶつ呟く。



「ああ。……ああ。……。──……。くそっ、…………。分かった、……。ん、はいはーい」



 会話を終えた警備員は、ひどく煩わしげな顔つきだ。彼の耳打ちを受けた別の警備員も、同じよな目つきになる。



「チッ……面倒なことになりやがって」



 それからシェリーは、陰惨な広間を抜けた先の通路に出た。鉄扉が規則正しく並んでいる。傍らにいた警備員が、それらの内一つを開けて、シェリーを中に突き飛ばす。その弾みに、シェリーの片手が、どろりとした何かを潰した。


 警備員が口を開く。



「やつらが逃げた。場合によっては事情を聴く。おとなしくしていろ」



 無事、モモカがショウ達を避難させたということか。


 シェリーが安堵した時、扉が閉まった。その音が、さびれた暗闇に反響を残す。


 息のつまるような密室を、シェリーは見回す。


 ここは、独房か。却って気が遠くなるほど何もない。

 さっきの拷問具からして、過去に勾引されてきた人間は、それなりの数に上るだろう。彼らにとっての不穏分子が、ここで肉体をなぶられて、血を搾られたのだ。


 シェリーは鉄扉に近付いて、錠前の鍵穴を覗く。


 通信機は取り上げられた。自力で脱出するしかない。


 翡翠はどうしているだろう。

 彼女は、こんな地下の存在を、きっと想像もしていない。彼らに無害と見なされたまま西を離れてくれれば良いが、情報だけ搾り取られてここに連れてこられでもすれば、シェリーは悔いても悔い足りない。



「翡翠……」



 心の向かう先が変わっても、シェリーは彼女を尊重したい。ただ、一言、相談して欲しかった。嘆いても、戻らない。そんなことが、シェリーが彼女をどうでも良くなる理由にならない。



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